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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
15/70

火線

「一進一退だな」

 森の外に作られた本陣で、近隣の地図を前に戦況報告を受けたアーデが呟く。

 その傍らには真紅の皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラスと、紅竜騎士団の紋章で飾られた大盾を構えるワイバーン級の竜騎兵フランベルジュが二体、主の命を待つ家臣のように静かに佇んでいた。


 当初の予測では数の上でこちらが有利。山狩りの要領で徐々に包囲を狭めて殲滅していくという流れの作戦であったものの、いざ(ふた)を開けてみれば、敵の伏兵による奇襲を受けて前線が混乱。戦況は泥沼の様相を呈してきたというところだ。


「数年前に羽虫が大発生した時のことを思い出す。どこからどれだけ沸いてきているのか、見当もつかん。一旦仕切り直しだ、後退させる」

 アーデの言葉を受けて、左右に控える二人の副長が地図上の駒を動かし、各四騎の竜騎兵で構成された十隊の位置を示す。


 紅竜騎士団では四騎の竜騎兵を一分隊とし、三つの分隊、十二騎で小隊を形勢している。

 今回の作戦に投入された兵力は後方で控える副隊長騎フランベルジュと、旗騎である皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラスの三騎を除けば、二人の副長が指揮する小隊が二つと、騎士団長であるアーデが指揮する小隊が一つ。加えて各小隊に随伴し、伝令や救護などを行う支援分隊が一つずつの計四十八騎になる。

 その四十八の駒が、副長の手により一気に森の外側へと移動させられた。

 同時に、傍で控えていた近衛騎士が数名、伝令を走らせるために駆けていく。


「こう乱戦になると、我が騎士団の弱みが露呈しますからな。賢明な判断でしょう」

 そう言った右側の男は第一副長、アルベンスタン卿。

 皇族であるエーデンブルグ家に代々仕える老齢の騎士で、先代の紅竜騎士団においても副長を務めた歴戦の指揮官である。

 岩山のごとき強面の堅物で、長い付き合いのアーデでさえも笑った顔をほとんど見たことがないほどだ。


 さらに左側の青年、第二副長カルナカンが付け加える。

「最強の騎士団などと謳われても、その実態は皇国内の警備を主とする防衛部隊。武家の血筋は年々少なくなり、代わりに貴族の息子などが箔付けのために多数入り込んでおりますからね。騎士団の弱体化は団長である貴女の責任ですよ、アーデレード姫」

 彼は皇都から派遣されてきた中央議会付きの軍略家であり、騎士団の監査役でもあることから、アーデに対する物言いもどこか慇懃無礼なところがある。

 こちらはこちらで女人と間違えるほどの相貌に狡猾そうな笑みを常に浮かべており、取り乱した姿など誰も見たことがない。


 眉目秀麗を絵に描いたような男だが、城内の評判はあまり良くない。特にクロミアなどは、まるで害虫のように彼のことを毛嫌いしている。

 実際、カルナカンはアーデを飼い馴らすために議会が送り込んだ刺客だと言う者もいるが、当のアーデはしかし、そんな彼に対して敵愾心(てきがいしん)を覗かせるでもなく、警戒するでもなく、他の誰とも変わらぬ態度で接していた。


「そう言われては身も蓋もないが、まったくその通りだよ。それもこれも、私が団を預かる長として至らぬのが原因だ。はっきり言ってくれるのは有難い」

 その反応に、カルナカンもまた一段と皮肉っぽい笑いを浮かべ、光栄の極みと言わんばかりに大げさな動きでお辞儀をしてみせた。

「ま、どうせあの傭兵たちを雇ったのも、その辺りに理由があるのでしょう。なにせ四六時中、竜と戦って暮らしているような連中です。修羅場においては、そこいらの騎士など相手にならんほどの働きを見せるでしょうから」

「そうだな、彼らには騎士たちよりも遥かに強い闘争心がある。これは頼りになるぞ」

 そう言ったアーデの言葉に、カルナカンが喉を鳴らして笑う。


「しかしあのジークとかいう長、我々に何か隠し事をしているようですね」

「隠し事ですと? カルナカン殿、何か知っておいでか」

「いいえ、ただの勘ですよ」

 なおも食い下がろうとするアルベンスタンを片手で制し、カルナカンは鋭い目つきでアーデを見ながら続ける。

「まぁ他国の間者でもなければ、たかが傭兵風情が何を隠していようがどうでもよいですが、しかし歯に物が挟まったような感じがして不快なのも事実。アーデレード姫、もし許可を頂けるなら少し探りを入れてみますが、いかがでしょうか?」

 先ほどまでと変わらない笑みを浮かべてはいるものの、彼の目には奸智の光がうっすらと宿っているようにアーデは感じた。

 が、彼女もまた薄く笑い、首を横に振る。

「いや、その必要ない。何を隠しているのか大体は見当がついているしな。彼らにはこちらから依頼した仕事をきっちりこなしてもらえれば良いさ。それで何か問題が?」

「いいえ、問題はありませんよ。今のところは、ですが」

 含みのある言い方だが、カルナカンも一応は納得した様子で肩をすくめる。


「さて、お喋りはここまでだ。我々も行くぞ」

 アーデは真紅の外套を肩にかけ、意気揚々と歩き始める。

「お待ちくださいアーデ様、どちらへ?」

 その行く手に、重甲冑を着込んだアルベンスタンの巨体が立ち塞がった。

「決まってるだろう、クラウソラスで撤退の援護に出る」

「なりません」

「問題外です、雑兵ですか貴女は」

 二人の副長が同時に言い放つ。


 はぁ、とひとつ小さな溜息を吐き、アーデは肩を落として地図の前へと戻って行った。


 *****


 アーベルの放った大型バリスタの鉄杭は石鱗竜(バジリスク)の背に取り付いた寄生竜(パラサイト)を正確に捉えており、稲妻のごとき速さでその身を貫こうとする。

 だが、それも呆気なく失敗に終わる。

 鉄杭に貫かれるかと思われた瞬間、寄生竜(パラサイト)はその長い尻尾を一閃、飛来する鉄杭を横合いから弾き軌道を反らせたのだ。


『そのまま撃ちまくれ! そいつを一歩も動かすんじゃないよ!』

 じりじりと後退するオーダン隊へサイラス騎と共に駆け寄りながら、カーラが叫ぶ。

 数日前の森での一戦で寄生竜(パラサイト)に対して正面からバリスタで攻めても通用しないことはわかっていたが、今は倒すことが目的ではない。寄生竜(パラサイト)が操る石鱗竜(バジリスク)をオーダン隊へと近寄らせないためには、十分な足止めになる。


 アーベル騎は大型バリスタが弾かれることなど予想済みと言わんばかりに、まったく動じることもなく硝煙を上げる巨大な砲身を足元に放り捨て、腰から下げていた予備の連装式小型バリスタを構え直した。

 再び狙いを定めたアーベルがバリスタのトリガーを引くと、断続的な炸裂音と共に人間が使う槍ほどもある鉄矢が無数に撃ち出される。

 その全てが正確無比な軌道で寄生竜(パラサイト)へと迫り、そして同じく全てが、視認できないほどの速さで振り回される尻尾によって叩き落とされた。

『弾切れだ! 時間を稼いでくれユーリ!』

 言いながら、アーベルは弾倉の交換を開始。続けざまにユーリのカノンが火を噴く。

 その音に反応した寄生竜(パラサイト)は、ユーリ騎の方を一瞥することもなく、白熱し光の尾を引きながら飛来する砲弾を叩き落とそうと尻尾を振る。


 一瞬の風切り音。

 続いて先ほどのバリスタと同じく、甲高い金属音が響く――はずだった。


 代わりにユーリの耳に届いたのは、硬質の物体が砕け散る音と、悲鳴のような鳴き声。

 ユーリ騎が撃ち出したカノンの砲弾は、寄生竜(パラサイト)の尻尾による一撃を擦り抜け、その赤い外殻に包まれた体を直撃していたのだった。


 これは――

 瞬間、ユーリの脳裏にある可能性が浮かんだ。

 考える間もなく無意識のうちに腕が動き、カノンのレバーを引いて次弾を装填する。


 やれる。

 殺せる。


 そして放たれる第二射。

 今度は先ほどのような援護射撃とは違う

 トリガーを引く指にこもる明確な殺気。


 砲口から炎が噴き出し、瞬間的に加熱され赤い光を発する鋼鉄の塊が吐き出される。

 砲弾の描く火線は身悶えする寄生竜(パラサイト)に向かって一直線に伸び、鞭のごとく振るわれる尻尾に掠りもせず、その歪な体を貫いた。


 やはりそうだ。

 ユーリの口元に自然と笑みが浮かぶ。


 予想は正しかった。

 カノンの砲弾は弾体が小さいだけに、バリスタよりも威力で劣り、弾速で勝る。

 そして寄生竜(パラサイト)は、その高速で飛来する小さな砲弾を防ぐことができない。

 始めの一匹は不意を突いたのが幸いしたと考えていたが、真正面からの攻撃も有効となると疑いようもない。


 強烈な一撃を受けた寄生竜(パラサイト)の生理的嫌悪感を呼び起こすような鳴き声が、木々の間に響き渡る。

 それでも、まだ死んではいない。

 砕けた外殻の隙間からぬらぬらとした臓物を覗かせながらも、寄生竜(パラサイト)は宿主である石鱗竜(バジリスク)を操り、体内に残った神経毒を全て吐きださんと、その大口を限界まで開く。


 その瞬間。

 カーラとサイラスの乗る竜騎兵が石鱗竜(バジリスク)の正面に駆け込み、開かれた口にそれぞれが持つバンカーを突き込んだ。

『点火!』

 カーラが叫ぶと同時に、二騎の竜騎兵が手元のトリガーを引き絞る。

 直後、凄まじい爆音と共に打ち出された穂先が石鱗竜(バジリスク)の喉深くまで(えぐ)り込み、続いて噴き出した爆炎が岩石の外殻に覆われた体内を焼き尽くす。

 沸騰した血液はすぐさま気化を始め、膨張して行き場を失った高熱の蒸気は血管を破裂させながら体中を駆け巡り、ついには皮膚を内側から破って外殻の隙間という隙間から勢いよく噴き出した。


 寄生されていた石鱗竜(バジリスク)が生きていたのかは定かではないが、ここまでの損傷を受けてまともに動ける竜はいない。

 六本の脚で立っていた石鱗竜(バジリスク)は地響きと共にその巨体を地面に伏せ、細かく痙攣(けいれん)を続けるだけの物体に成り果てたのだった。

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