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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
13/70

疑念

 体が燃えるように熱い。

 心臓のあたりに真っ赤に焼けた石が埋まっているような、そんな感覚。

 憶えているのはそれだけだった。


 ユーリが目を覚ますと、そこは見覚えのない兵舎のような部屋にある寝台の上だった。

 開かれた窓の向こうに見える景色はもうすっかり夜の闇に覆われていて、部屋の中は小さな蝋燭の明かりでぼんやりと照らされているのみだ。


 ユーリは体を起こそうとする。

 が、上手く力が入らない。

 腕も足も、体力を根こそぎ使い果たしたように言うことを聞かない。

「目が覚めたか、ユーリ」

 不意にかけられた声に振り向くと、寝台の横に置かれた椅子にアーデが座っていた。

「あれ……俺なんで……」

 ユーリはここに至るまでのことを思い出そうとしたが、どうしてだか真っ直ぐに記憶の糸を辿ることができないでいた。

 パルチザンタイプの竜騎兵に乗ってアーデと模擬戦を行ったのは憶えている。

 しかし、その模擬選で自分が何をし、そしてどうなったのか。肝心の部分は頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

「パルチザンから引っ張り出した時はもう駄目かと思ったぞ。なにせお前の体、湯気が上がるほど熱かったんだからな」

 冗談。ユーリは始めアーデがふざけているだけだと思ったが、彼女の表情は自分をからかっているようには見えなかった。それに、体が異常な発熱をしていたという話は、自分の中にかすかに残っている焼けるような熱の感覚と符合する。

 彼女がその感覚を知っているはずはない。

 ならば恐らくアーデの話は本当のことなのだろうと、ユーリはとりあえずそう思うことにした。


「ま、無事だったのなら何よりだ。とにかく今はゆっくり体を――」

 と、アーデがそこまで言いかけた時、ちょうど誰かがドアを叩く音が聞こえた。

「姫様、ご歓談中のところ失礼いたします」

 それは、アーデ配下の筆頭文官、クロミアの声だった。

「あぁ、クロミアか。入っていいぞ」

 主の許可を得たクロミアは「失礼します」と律儀に一言添えてから、静かにドアを開いた。

「ゴウト技師長からの報告が上がってきました。演習に使用したサーペント級竜騎兵パルチザンですが、二体とも異常は見られなかったそうです」

「そうか、ありがとう」

 淡々と説明を終えたクロミアだったが、その後も彼女は一向に部屋を出ようとせず、寝台に横たわるユーリをまじまじと見つめていた。

「彼が噂のユーリ君ですか。ちょっと目つきは悪いですが、見た感じ普通の男の子ですね」

 そんな風に単刀直入な感想を口にする。

「初めまして、私はここで筆頭文官をやっておりますクロミアという者です。少しお話してもいいですか?」

 そう言いながら、クロミアは寝台のそば、アーデのすぐ隣まで歩み寄ってくる。

 ユーリは正直言ってそんな気分ではなかったが、先日から城の設備を貸してもらっている上に、今はこうして介抱されている身。さすがに嫌とも言えずに軽く頷いた。


「さて、聞きたいことは山ほどあるのですが、まずは状況の説明をしなければいけませんね。ユーリ君、貴方は今日の模擬戦のこと、どこまで憶えていますか?」

「用水路に叩き落とされて……アーデ姫の竜騎兵がとどめを刺そうとしていた……」

「それから?」

「それから……急に視界がはっきりして……だめだ、その先はもう正確に憶えていない」

「なるほど、そうですか。では報告書で確認させて頂きましたが、その先のことをいま一度、姫様からご説明お願いします」

 ユーリの記憶が定かでないと分かると、クロミアはアーデに解説を求めた。

「わかった。私はその時、ユーリのパルチザンが上体を起こせないよう、その胸元を足で踏みつけていたんだ。そうしておけばユーリはろくな反撃もできず、さらに私は倒れた竜騎兵の頭を狙ってとどめを刺しやすいからな。だが、私の剣はユーリ騎の手で止められてしまった。水底から見れば視界が歪んで大まかな動きしか分からないはずなのに」

「その辺りは先ほどユーリ君が言ったように、視界が鮮明になったから可能だった、と考えるのが妥当でしょうね。見えさえすれば剣を受け止めることも不可能ではないでしょう」

 その通りだなと、アーデが答える。

「なぜそのような現象が起こったのか、というのはその先をまとめてからにしましょう。では姫様、その次に何が起こりましたか」

 そう、問題はその先だ。視界だけならここまで皆が困惑することもなかっただろう。

「剣を止められた私は、驚いて踏みつけていた足の力を少し抜いてしまった。そうしたら、いきなり目の前に水柱が立ち上って……」

 まだ少し朦朧とする頭でアーデの話を聞いていたユーリだが、やはりその辺りの記憶は全く思い出すことができない。

「水柱の中に、ユーリのパルチザンがいたんだ。背中から水を噴射して、その勢いで水面から跳び上がったように見えた」

「なんだって? 背中から水?」

 思わずそんな言葉がユーリの口から洩れた。

 だが、そんなユーリにクロミアが冷静かつ淡々とした口調で問いかける。

「ユーリ君、それは貴方が意図的にやったことですか? 例えばもう一度、同じことができますか?」

 できるわけがない。ユーリは少し語気を荒げてそう答えた。

「竜騎兵は人間と同じようにしか動かない。アーデ姫もわかっているだろう。もしそんなことができるとしたら、そいつはもう――」

 人間じゃない。

 そう言いかけて、ユーリは言葉を飲み込む。

 その一言の矛先は、他の誰でもない、自分に向けられているのだ。


「そうだな、ユーリ。それは竜の力そのものだ。我々人間には使うことはできない」

 ユーリが飲み込んだ言葉を察したのか、アーデがそんな風に続ける。

「クロミア、彼が竜の力を使ったというのは論理が飛躍しているように思う。他の可能性はないのか? 例えば、何らかの理由で素体が暴走したとか」

 アーデに問われたクロミアは、手元に持った書類を何枚かめくり、そこに書かれた文面を見ながら説明を始める。

「そうですね、私もそう思ってゴウト技師長に騎体の調査を依頼しました。その結果、異常なしとの報告が上がってきています。可能性として技師長が騎体に何かしらの細工をした、というのも考えられますが」

「騎士団の兵器を勝手にいじれば罪に問われる。親方はそんな馬鹿な真似はしない」

 少し根拠としては曖昧だが、疑いだせばきりがない。

「ではやはり、原因はユーリ君にあると見るのが妥当でしょう。異常な発熱についてもまだ説明が――」


 と、そこへ。

 再び誰かがドアをノックする音が響いた。

「失礼します。ジークですが、入ってもよいですかな」

 続いて聞こえてきたのは、ユーリの育ての親であるジークの声だった。

「やっと現れたかジーク。入ってきてくれ、お前にも話を聞きたい」

 アーデがそう言うと、ジークはドアを開けて室内へと足を踏み入れた。


 *****


「やれやれ。お前は本当に面倒ごとが好きな奴だな、ユーリ」

 ことの詳細をひとしきり聞いた後、ジークはユーリに向かってそんな皮肉を飛ばした。

「好きでやってるわけじゃない」

 ユーリは叱られた子供のように、ばつの悪そうな不貞腐れた顔で答える。

「ジーク、ユーリは前にもこんなことを起こしたのか?」

 アーデが問いかけると、ジークはまさかといった顔で否定した。

「いいや、今までこんなことは一度もありませんでした。ですがアーデ姫、話には聞いたことがあります。ごく稀に竜騎兵の素体が暴走し、竜の力を発現すると」

「前例があるのですか?」

 クロミアが怪訝そうな顔で聞く。

 可能性としては考えていたものの、ジークの話は眉唾ものの域を出ない。

 だが、ジークは平然とした顔で答える。

「あくまでそういう話を聞いたことがあるというだけ、ただの噂に過ぎません。私も長いこと竜騎兵と付き合っていますが、実際この目で見たことはないのですから。ですが、竜の力とはいまだもって謎の多いもの。それは他ならぬ竜騎兵乗りや技師たちが一番わかっているはずです。たまたま素体となった竜がそのような力を持った突然変異種であったとしても、なんら不思議はないと、私はそう思いますがね」

 白くなった口髭を悠然と撫でながら、無茶な結論を語ってみせた。

「詭弁ですね。その話に具体的な根拠は何もないでしょう」

「その通り。しかしそれはお互い様ではないですかな」

 クロミアの反論にもジークは飄々(ひょうひょう)と言葉を返す。


 そんな二人のやり取りに、アーデは美しい金髪に覆われた自分の頭を両手で抱えてひとしきり唸った後、諦めたように息をひとつ吐きだした。

「結局、憶測ばかりで何の結論も出ないというわけか。しかしそうなるとジーク、このままユーリをパルチザンに乗せるわけにもいかないぞ」

 それはその通りだとジークも思う。

 状況としてユーリがパルチザンに乗った時に、その現象は起こったのだ。

 仮に戦場で同じことが起こる可能性がまったく無いと言い切れないのであれば、そんな不確定要素を抱えた部隊編成などできるわけがない。

 かと言って、貴重な戦力であるユーリを遊ばせておくわけにもいかない。

 そこでジークは、ある提案を口にする。

「であれば、こいうのはいかがですかな。我が竜騎兵団に割り当てて頂いたパルチザンは、カーラかサイラスに乗ってもらうことにします。ユーリは空いたグラディウスを調整しなおして、それに乗せるということで。それから、ユーリには前衛ではなく、アーベルと共に後方からの射撃支援を担当してもらいましょう。ユーリ、できるか?」

 ジークの提案に、ユーリはほんの僅か逡巡(しゅんじゅん)したものの、やがて首を縦に振り、承認の意思を示した。

「アーベルほどは働けないと思うが、それでいいなら俺は構わない。それから、さっき借りたカノンを一丁用意してほしい。大型のバリスタよりはましに扱えると思う」

「なるほど。クロミアはどうだ、それで異論ないか?」

 ユーリの答えを聞いたアーデは、硬い表情のクロミアに話を振る。

「個人的に申し上げれば危険だと思います。ですが、文官である私に軍備の割り当てや人員の配置へ口出しする権限はありません。姫様がそれでよいと仰るのであれば、私もこれ以上は反対はいたしません」

 聞くだに不満がにじみ出るような物言いではあるが、これで一応は彼女も認めたということになる。

「よし、決まりだ。もうじき各地へ派遣した部隊も帰還するだろう。正式な通達は追って知らせる。それまでゆっくり体を休めてくれ。今日は私も休む。さすがに疲れたよ」

 そう言って、アーデはクロミアを伴って部屋を出ていった。


 *****


「なぁ、ジーク」

「なんだ」

 ユーリは部屋に残ったジークに問いかける。

「もし俺の竜騎兵が今日みたいに暴走して、誰かを危険な目に遭わせようとしたら――」

 それは目覚めてからずっと、ユーリの中に巣食っていた不安だ。

 もし、本当は自分が暴走の原因だったとしたなら。

 もしあのまま倒れずに勝負を続けていたなら。

 きっと。

「その時は、迷わずに俺を止めてくれ」

 きっと取り返しのつかないことをしていたに違いない。

「……わかった。その時は俺がきっちり始末をつけよう」

 ジークもまた、心情はどうあれ、ユーリが原因でないと頭から信じているわけではない。

 そして竜の力が発現するという危険性についても、十分に理解しているつもりだ。


「だがなユーリ、これだけは覚えておいてくれ」

 ジークはユーリの目を真っ直ぐに見据え、言葉を続ける。

「お前は俺の……俺たちの家族だ。何があっても、お前が何をしても、それだけは絶対に変わらない」

「……すまない、感謝してるよ、ジーク」

 そう小さく呟くと、ユーリは再び気を失ったように眠りについた。

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