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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
12/70

現れる兆候

「で、こいつは一体なんの騒ぎだい」

 倉庫で武具のメンテナンスを行っていたカーラが、呆れた表情で演習場に現れる。

 そこには模擬戦用の武器を構えたパルチザンが二体。乗っているのはユーリとアーデだ。

 見たところ穂先を潰したバンカー状の長柄武器を持ったのがユーリ、そして両手に刃引きした剣を構えているのがアーデだろう。


 そして少し離れた兵舎の辺りから、二人の竜騎兵乗りへと割れんばかりの声援を送る一団は、この城の住人たちだ。

 職人のような格好をした者から、炊事係と思しき夫人、挙句の果てには鎧を着込んだ兵士や騎士までもが集まって、口々に何かを叫んでいた。


「まったく、この城はどうなってんだい。まるで柄の悪い傭兵団みたいじゃないか」

「ちげぇねぇや。ところで姉さんはどっちに賭けるんだい?」

 カーラのすぐ隣に座りこんでいたゴウトが、にやりと笑いながらそう問いかける。

 どうやら彼らの盛り上がりは、戦いの内容もさることながら、その結果に起因するところが大きいらしい。

「で、倍率はどうなってんだい」

「今のところ姫様が一割増し、傭兵側は十倍ってとこさ。賭け金は最大で銅貨十枚までだ」

 ひどい賭けもあったものだとカーラは苦笑する。

 一割増しとはつまり、勝って当然と言われているに等しい。

「それじゃ胴元が損するだけだろう。賭けになってないんじゃないのか」

「いやいや、倍率ぶんは姫様が払うんだとさ」

 やれやれ、と嘆息しつつ、それでカーラも納得がいった。

 つまりこれはアーデ姫主催の余興なのだ。

 聞こえてくる声はアーデへの声援が九割、残りの一割はユーリに対する野次だ。

 察するに、ユーリに賭けている者は一人もいないのだろう。


 お前もとんだ道化をやらされてるな。

 言いつつカーラは付近にいた胴元と思しき男に賭け金を手渡した。

「アーデ姫に銅貨十枚」


 *****


 実際に相対してみると、アーデの乗る竜騎兵からは言葉にできない凄みを感じる。

 右手は中段、そして左手は上段に一対の片刃剣を構える姿は、即座に飛びかかってくるような雰囲気も感じさせるし、それでいて攻め込む隙を与えない鉄壁の防御姿勢にも見える。

 捉えどころのない攻防一体の姿勢、見たことのない戦闘術だった。

 だが、リーチはバンカーを持つユーリ騎の方が遥かに長い。

 わざわざ危険を冒して接近戦に付き合う必要もないだろう。

 ユーリはそう判断し、バンカーの石突きぎりぎりまで手をずらし、長いリーチを最大限まで生かせるよう中段に構え、アーデ騎に対しその穂先を真っ直ぐに向けた。


 要は近付かれなければそれでいい。

 騎体の性能はどちらも同じ。ならば踏み込んできたぶんだけ下がれば済む話だ。

 ユーリは彼女の性格上、正面から突っ込んでくる可能性が高いと予想し、いつでも後方に下がれるよう自騎の重心をやや後ろに傾ける。

 後方には城壁、その前には浅い水路。

 あまり大きく後退はできないが、距離を取って反撃に出るには十分だ。


 が、しかし。

 次の瞬間アーデが取った行動は、ユーリの予想を超えたものだった。


 アーデはユーリの操るパルチザンが後ろに重心を傾けるや否や左手を大きく振り下ろし、その手に持った剣をユーリに向かって投げつけた。

『なに!』

 高速で回転しながら飛来する剣を回避できないと判断したユーリは、不意の攻撃に驚きつつもバンカーの柄でこれを防ごうと穂先を上げる。

 縦に回転する剣は、長柄のバンカーを横にしなければ防げない。

 それはまずい。

 そう思いながらも他に有効な防御手段を取ることができないユーリは、やむなくバンカーを横に構え、右手と左手の間にある鋼鉄製の柄で剣を防いだ。

 甲高い金属音。

 アーデの手を離れた剣は空中へと舞い上がり、まったく研がれていない黒みがかった刀身が太陽の光を鈍く反射する。

 だが、それに気を取られている場合ではない。

 ユーリの視線が投げられた剣に向かっている隙に、アーデ騎は既に残る一刀を構えて突撃を開始していた。

 速い。

 ユーリが視線を合わせた時には、アーデ騎は既に剣の間合いまであと数歩というところまで迫っていた。

 この距離では穂先を向ける前に内側へと潜り込まれてしまう。

 それならば。

 ユーリは石突きの辺りを握っていた右手を離し、左手首を捻ってバンカーの柄を風車のごとく半回転させる。

 空いた右手で柄の中央付近を握り直したユーリ騎は、そのままあえて前方へと踏み込み、穂先ではなく石突き側の柄で突進してくるアーデ騎の右足を払いにかかる。

 竜騎兵ほどの巨体が全力で突進しているのだ。危険を察知したところでそう簡単に止まれるものではない。このまま足を払われて転倒するならそれでよし。よしんば止まって回避したとしても、バランスを崩して攻撃に転じることはできないはずだ。その瞬間こそ、ユーリが反撃に転じる絶好のチャンスとなるはず。


 アーデはアーデで、ユーリの咄嗟の反応に驚きを覚えていた。

 剣を投げるなどという奇策が通用するとは思っていなかったものの、防御してそのまま後方に飛び退くかと思いきや、逆に踏み込んで出足を払いにきた。

 戦い慣れている、と言ってしまえばそれまでだが、歴戦の騎士ならともかく、まさか自分とそう変わらない歳の少年がその判断を下したことに驚愕していた。

 私ならそうする。アーデはそう考えるが、それは逆に、私以外の人間なら大抵はそうしないだろうということを、アーデは経験上感じていた。

 やはりこいつは面白い。

 そう感じたアーデは、あくまで攻めの姿勢を見せたユーリのさらに上を行くため、突進の勢いを殺すことなく竜騎兵の左足で思い切り地面を蹴る。

 では、これならどうだ。

 脚を止めるかと思われたアーデ騎は、そのまま石突きによる足払いを跳躍してかわす。

 と、同時に、ユーリ騎に対して全体重を乗せた跳び蹴りを繰り出した。

『……!』

 これにはさしものユーリも成す術がない。突き出された右脚はユーリ騎の胸元を捉え、鋼鉄製の胸部装甲を砲弾のごとき一撃が打ち抜く。

 その衝撃たるや、中にいるユーリが脳震盪(のうしんとう)を起こしかけるほどの強烈さで、ユーリ騎はそのまま後方へと派手に吹っ飛び、付近の川の水を引き入れるための用水路へと背中から叩き落とされた。


 一瞬の内に繰り広げられた高度な攻防に、観衆がどっと沸き立つ。

 しかし、まだ終わってはいない。

 アーデは先ほど投げた剣を拾い上げると、用水路に倒れたユーリ騎へとゆっくり近づいていった。


 冷たい水の感覚が竜核を通じてユーリに伝わる。

 おかげでなんとか気を失わずに済んだユーリだったが、頭が完全に水に沈んでいるのか、ただでさえぼんやりとした視界が大きく歪んで上手く状況を把握できない。

 どうにかして上体を起こそうとするが、どういうわけか微動だにしない。

 何か重いものが胸元に圧し掛かっているいるような、そんな感触があった。

『降参か、ユーリ』

 水のせいでくぐもったように聞こえるアーデの声が、ユーリの耳に辛うじて届いた。

 そんなわけあるか。

 そう答えたつもりだったが、伝声管に水が入り込んで上手く声が出てくれない。

 ならば行動で示せばいいとばかりに、ユーリ騎は水中からバンカーを振り上げて、おそらく胸元を踏みつけているであろうアーデ騎の足に向かって振り回す。

 ごん、と大鐘を叩いたような音がする。

 バンカーは確かにアーデ騎の左足を叩いたのだが、もちろんそんな不自然な姿勢から繰り出した攻撃が有効な打撃を与えられるわけもない。そんなことはアーデも承知で、だからこそ避けもせずにその攻撃を受けたのだ。

 だが、それはまだ戦うつもりだと言うユーリの意思を的確に伝えるものだった。

『諦めが悪いのは結構だが……』

 アーデは自身に満ちた声でそう告げると、ユーリ騎にとどめの一撃を加えんと両手に持った二振りの剣を構える。

『私の勝ちだな』

 アーデがそう言うや否や、右手の剣がユーリ騎の頭を狙って振り下ろされる。

 やられる。

 直感的にそう感じたユーリは、水中からではぼんやりとしか見えないその剣の動きを無意識に追いかけ、なんとか受け止めようと左手を上げる。


 その瞬間。

 突如としてユーリの視界が鮮明に開けた。


 それは慣れない竜騎兵の視界がやっと正確に像を結んだ、というだけのものではない。

 水中にいるにも関わらず、水面の向こうにあるアーデ騎の動きを、まるで地上で見る時のようにはっきりと視認することができたのだ。

 なんだこれは。

 ユーリは自分の感覚に驚きつつも、相変わらずぼんやりとする意識の中、振り下ろされたアーデ騎の右腕をほぼ反射神経だけで受け止める。


 驚いたのはアーデも同じだ。

 水中で視界を封じられ、こちらの正確な動きを把握できないはずのユーリ騎が、手加減したわけでもない自分の斬撃を受け止めたのだ。

 偶然そうなっただけにすぎない。そう思ったアーデは間髪入れずに左手の剣を振る。

 しかし、これもまた右手と同様にユーリ騎の手によって受け止められた。

『馬鹿な……』

 思わずそう呟いたアーデの耳に、怪しげな音が飛び込んでくる。

 虫の羽音のようにも聞こえるその音は、自騎のすぐ近く、正確にはユーリ騎の両腕から発せられているように聞こえた。

 見ればユーリが操るパルチザンの両腕にある水棲竜のヒレが細かく振動し、奇怪な音を立てている。それは、パルチザンの素体となった水棲竜が縄張りを荒らされた時に出す威嚇音そのものだった。

『おいユーリ、お前どうやって……』

 アーデが狼狽するのも無理はない。

 その器官は本来、竜騎兵を操るのが人間である以上、動かせないはずのものだ。

 人間にはヒレなど存在しない。故にその動かし方などわかるはずもない。

 なのに今、確かにユーリの操るパルチザンはそれを細かく振動させて音を立てている。

 言い表しようのない危険を感じたアーデは、思わずユーリ騎の胸元を押さえつける左足の力を、ほんの少しだけ緩めた。

 それが痛恨の不覚だったとアーデは次の瞬間に思い知る。


 まるで大岩に激流がぶつかったかのような激しい水音。

 アーデ騎の足元、ユーリの乗ったパルチザンが倒れている辺りに、突如として巨大な水柱が立ち上がった。

 アーデは一瞬、爆薬か何かと思ったが、そんなはずはない。これはあくまで演習であるため、爆発物や炸薬といった威力の高い武器は竜騎兵に装備されてはいないのだから。

 では一体何が?

 その答えは、徐々に砕けていく水柱の中に見つけることができた。


 水柱の中から現れたのは、用水路に沈んだ状態から一瞬にしてその身を起こし、空中へと跳び上がったユーリ騎だ。

 信じられないことに、ユーリ騎の背中から大量の水が凄まじい勢いで噴き出している。

 その水の圧力が重い騎体を持ち上げ、空中へと一気に跳ね上げたのだ。

 周囲の水を吸い上げて体の各所から噴き出させ、高速で移動する。これもまた、パルチザンの素体となった水棲竜の特性だった。


 呆気にとられるアーデをよそに、ユーリ騎はそのまま再び用水路へと着地する。

 相変わらず全身のヒレを細かく震わせて威嚇音を発しながら、目の前の敵に躍りかからんと構えるその姿は、もはや竜騎兵などではなく、野生の本能そのままに獲物を狙う竜そのものに見えた。


 だが、次の瞬間。

 ユーリ騎から絶え間なく鳴り響いていた威嚇音が、ぱったりと途切れて消える。

 そのまま徐々に構えを緩め、ついには片膝をつくまでに脱力したユーリ騎は、轟音を響かせながら前のめりに硬い地面へと倒れ伏した。


『お、おい、ユーリ』

 アーデは警戒しながらもそんな風に呼び掛けるが、うつ伏せに倒れたユーリ騎からは一切なんの反応も返ってこない。恐る恐るユーリ騎に近付いて触れてみると、その騎体は完全に硬直し、微動だにしなくなっていた。

 待機状態における硬直。それは操縦者がなんらかの理由で竜騎兵を操ることができなくなった証拠だった。

『おい! 誰か来てくれ!』

 アーデそんな叫びが、静まりかえった演習場に響き渡る。

 その後、操縦席から助け出されたユーリが医務室で目を覚ましたのは、完全に日が沈み、夜になってからのことだった。

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