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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
11/70

演習

 晴れ渡る空の中央に太陽が位置する頃。

 ベルカイン城塞内に、重砲による砲撃のごとき轟音が突如として響き渡る。


「なんだ! 敵襲か!」

 執務室の机で熟睡していたアーデは、その尋常ではない音で完全に目を覚まし、扉を蹴破らんが勢いで開け放つ。

 そこではちょうど朝の会議を終えて戻ってきたクロミアが、唖然とした顔で立っていた。

「ど、どうしました姫様、そんなに慌てて」

「砲撃の音がしてるだろう! 状況確認を急げ! 各隊は防御態勢で配備!」

 事態が把握できていないアーデは完全に頭が戦闘状態に切り替わっているらしい。

「落ち着いてください、姫様。演習です、演習」

「何言ってるクロミア、これは演習じゃないぞ! しっかりしろ!」

「いや、だから演習なんですって。昨夜、許可申請にサインしたでしょう」

「あぁもう! だから―― え?」

 完全に落ち着き払ったクロミアの様子にようやく違和感を感じたのか、アーデは執務室へと駆け戻り、窓から外の様子を眺めてみる。

 眼下にはいつもと変わらぬ平和な城内の光景が広がっていた。

「状況確認は終わりましたでしょうか?」

「なんだ…… 脅かさないでくれ、まったく」

 アーデは安心したのか、そのまますぐ後ろにある自分の椅子に、へなへなと腰を下ろす。

「脅かすもなにも、ちゃんと事前申請はされていますし、姫様もそれを許可なされました。まさかとは思いますが、何の書類かちゃんと確認せずにサインされたのですか?」

 そう聞いたクロミアの目は、完全に据わっていた。

「あー、いやほら、あれだ。寝起きでちょっと混乱してただけだ。あはは……」

「それでは演習内容について説明してください。確認したなら説明できますよね?」

 なおも迫るクロミア。このままでは間違いなく説教に突入してしまう。

「そ、そうだその演習、城を預かる身として監督しないとな。悪いなクロミア少し外すぞ」

 それだけ早口で言ってしまうと、アーデは脱兎のごとき素早さで机を飛び越え、執務室から駆け出して行った。

「ちょっと姫様! お待ちください! あぁもう……」

 また逃げられた。

 残されたクロミアは大きな溜息をひとつ吐くと、ずれた眼鏡の位置を正し、自分の机で事務仕事を片付け始めるのだった。


 *****


『思ったより威力がある』

 弾倉が空になるまでカノンを撃ち尽くしたユーリは、そんな感想を口にする。

 オスタリカ城内の射撃演習場。

 昨夜ゴウトが勧めてくれた通り、ユーリとカーラは揃えられた兵器の試用を行っていた。

 標的は廃棄処分になる予定だった、損傷した竜騎兵用の重装甲板だ。

 もとからぼろぼろではあったものの、カノンの砲撃を受けた装甲板は竜に噛み砕かれたような有様で、もはや原形がわからない鉄屑と化していた。

『それに反動が小さい。重砲射撃は得意な方じゃないが、これなら多少は扱える』

「まぁ貫通力はバリスタの方が上だがよ、飛ばす物体が小さいから反動も小さい。反動が小さければ命中率も高くなるって寸法よ」

 確かに。ゴウトが得意顔をするだけのことはある。


 威力はバリスタの方が勝るのだが、それはあくまで当たればという前提のもとに成り立つ話だ。バリスタは矢が重く、それを飛ばすための炸薬量は必然的に多くなる。となればそれに比例して反動も大きくなり、結果として命中率は下がる。

 竜の外殻を一撃で粉砕するほどの大型バリスタは、アーベルのような腕の良い射撃手でもなければ、そうそう上手く命中させることはできないのが現実だ。

 さらに実戦では標的が回避行動を取るのだから、なおさらである。

 そこでユーリが使うような小型のバリスタが登場するわけだが、こちらはこちらで威力が低い点に加えて、射程が短いという欠点がある。

 つまるところ、現状存在するバリスタを用いた長距離からの射撃は、一部の人間にしか不可能ということだ。


 そういった観点から見れば、カノンはバリスタの欠点を上手く補っている。

 あえて多少の威力を犠牲にすることで、より扱いやすく進化させた武器というわけだ。

 それなりの命中率でそれなりの威力を出すというのは、ともすれば威力偏重主義に偏りがちな裏方の発想ではなく、むしろ実際に戦地に赴く兵たちの意見に寄った発想と言える。

 ゴウトは竜騎兵乗りだったのかもしれない。ユーリはなんとなくそんな風に感じた。


「ところで坊主、パルチザンの具合はどうだ。扱えそうか?」

 言われてユーリはこの演習の本旨を思い出す。

 カノンの試用はあくまでついでのこと。本題はこのパルチザンの慣らしだ。

『少し動作が軽いが、グラディウスと大差ない。視界が少し広いのと、焦点がぼんやりして距離を測りづらいのが気持ちが悪いな』

 ユーリは伝声管を通してそう答える。

 グラディウスよりもやや細身ながら、鋼鉄の装甲に包まれたその騎体は見かけによらず強靭で、水棲種を素体としたサーペント級特有の柔軟な関節が、リザード級のグラディウスとは比較にならないほどのしなやかな動きを生みだしていた。


 だが、一つ大きな問題がある。

 どういうわけか、やたらと視界がぶれるのだ。

「そりゃ仕方ない。そいつの素体は水棲種だからな、人間や陸棲種よりも目の位置が横に広がっているからそんな風に感じるんだ。しばらく乗ってりゃ慣れる」

 ゴウトは軽くそう言うが、乗っているユーリにとってこの違和感は死活問題だ。

 慣れるなら早く慣れてしまわないと、このまま竜と戦うわけにもいかない。


 ユーリは幼い頃からジークのもとで竜騎兵の扱い方を学び、実際に大人に混ざって竜狩りに出るようになってから数年は経つものの、実戦で扱ったことのある竜騎兵はこれまでリザード級のグラディウスだけだった。


 ジークの竜騎兵団はグラディウス以外にもう一騎の竜騎兵を保有しているが、それにはユーリはおろか、カーラたちですら触ることができない。

 そして、その竜騎兵が動くところを、ユーリはまだ一度も見たことがない。

 誰かからの大切な預かり物で、今は壊れて使い物にならないと、ジークからはそう聞いていた。


 ユーリが使っていたグラディウスは、元々はジークが使っていたものだ。

 彼はユーリが戦場に出るようになってから、一度も戦ってはいない。

 歳を食うと体がもたん、というのが理由らしい。

 正確な年齢はユーリもよくは知らないが、普通の竜騎兵乗りであればもうとっくに引退していてもおかしくはない年齢だろう。

 竜騎兵による戦闘は、神経系統を始めとする肉体的な負担も大きい。

 どんな熟達の戦士でも、年齢には勝てないということだ。


 自分はあと何年戦えるのだろうかと、ユーリはふと考える。

 竜に対する殺意。

 いつか戦えなくなった時、それはまだ自分の中に残っているのだろうか。

 残っていたとしたら、その感情を一体どうすればいいのだろうか。

 あのゆっくりと焦げつくような殺意を抱えたまま老いて衰えた自分を想像して、ユーリは言いようのない悪寒を感じる。

 それはなんだか、生きながら砂漠で干乾びていくような、緩慢とした死を連想させた。


「ま、実際に戦って勘を掴むしかないだろう」

 と、少女の声。

 ゴウトが後ろへ向き直ると、そこにはいつの間にかアーデが立っていた。

 半袖のチュニックと膝丈パンツという相変わらずの質素な格好で、絹のドレスにきらびやかな装飾品といった一国の姫というイメージからは程遠い。

 しかもなぜか目の下にはくっきりとクマが浮かんでおり、姫どころか住み込みで下働きをする奉公人といった姿である。

「よう姫様、朝っぱらからひでぇ顔色だな」

 ゴウトはそんな臣下とも思えない口ぶりで挨拶をするが、アーデは全く意に介する様子がない。

「おはよう親方。ちょっとクロミアに捕まってな、徹夜で書類を片付けてたんだ」

 そう言って、アーデは少し疲れた顔で笑った。

 あの嬢ちゃんも相変わらず容赦ねぇな、とゴウトも笑う。


「それはそうと、新しい竜騎兵に慣れるなら模擬戦でもやればいいだろう。丁度いい相手もいることだしな。ユーリもそれで構わんだろう?」

『そうだな、相手してくるなら誰でも構わない。できれば強いほどいい』

 パルチザンの伝声管からユーリの声が響く。

「強さは私のお墨付きだ。なにせここいらでは抜きん出て強い、連戦連勝の凄腕竜騎兵乗りだからな」

『へぇ、それは楽しみだ。どんな奴なんだ?』

「私だ」

『は?』

 思わずユーリが素っ頓狂な声を上げる。

 こいつは本当にこの国の姫君なのだろうかと、本気で疑い始めていた。

「なんだ不満か? 心配しなくてもクラウソラスは使わない。私もパルチザンで戦おう。条件は対等だぞ。その代わり、手加減もしてやらんがな」

 アーデはどうやら本気らしい。

 彼女はユーリの乗るパルチザンを見上げて挑発的な笑みを向けている。

 まるで自分が負けるなど微塵も感じてない、自信に満ちた表情だ。


 なるほど、面白い。

 ユーリは自分が高揚しているのを感じた。口元に、自然と笑みがこぼれる。

 間違いなくあの姫様は強い。恐らくは、そこいらの竜よりも遥かに。

 組み手の相手としては申し分ない。

『いいさ、手加減なんかいらない。本気でやろう』

「いい返事だ。親方、私のパルチザンを用意してくれ」

 あいよ任せとけ、とゴウトは小気味よく答えてパルチザンが格納されている倉庫へと走り出した。

 おいてめぇら! 姫様と傭兵の一騎打ちが見られるぞ!

 倉庫の方からそんな大声が響いてきたが、ユーリもアーデも、もはやそんな言葉は耳に入らない。

 ただお互いを真っ直ぐに見据え、不敵な笑みを浮かべ合うだけだった。

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