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竜騎兵物語 ~ドラグーンクロニクル~  作者: AK
統一歴465年 オスタリカ
10/70

夜話

 オスタリカ領内。

 北東の守護の要、ベルカイン城塞にて、夜半。


 *****


『こいつで最後だ。搬入口は閉じてくれ』

 ユーリの乗るグラディウスが倉庫内へと荷物を運び込み、雑然と並べていく。

 アーデの依頼を受けたジークたちは、彼女の居城であるベルカイン城塞へと移動していた。


 彼らは民間人であり、その上オスタリカの国民でもないため、てっきり広場かどこかで野営をすることになると思っていたのだが、アーデはそんな彼らに城塞内の客間をあてがい、空いていた倉庫に竜騎兵を格納することも許した。


 さすがは城主といったところだろうか、アーデの命を受けた城の兵たちは、どこの馬の骨とも知れない民間の竜騎兵乗りがいきなり押しかけて設備を使用することにも嫌な顔ひとつ見せず、あまつさえ搬入の手伝いまで買って出る始末。

 どうやら彼らもジークたちを単なる傭兵ではなく、客人として扱うつもりの様子だった。


「ま、尻の座りが悪いのはともかく、あまり遠慮するのも失礼な話だ。手伝ってくれるというならご厚意に甘えさせてもらおうじゃないか」

 というのはジークの言である。

 彼はそれだけ言い残すと、取りに行く物があると言い残して、アーベルとサイラスを連れて、アテの村へと戻っていった。

 それが何なのかユーリもカーラも察しがついていたので、二人でベルカイン城へと残り荷物の搬入をしているというわけだった。


「しかも武器まで揃えてくれるとは、気前がいいにも程があるね」

 カーラもまた、倉庫内の荷物を見渡して言う。

 彼女の目の前には、おびただしい数の竜騎兵用装備が所狭しと並んでいた。

 バリスタやバンカーといった定番の武器はそれぞれ大小様々なものが揃えられており、しかもそれらはカーラたちが使っているものより高性能な新型だった。


『問題は、俺らがちゃんと扱えるかってとこだろう。こんなでかい剣とか見たこともないぞ』

 そう言ってユーリは竜騎兵の手で、巨大な剣を指差す。

 竜騎兵の背丈とほぼ同じという凄まじい大きさの片刃剣は、柄の部分にバンカーのようなトリガーが付けられている。

 おそらくはバンカーと同じく炸薬によって何らかの動作をするのだろうが、こんな武器はカーラも見たことはなかった。


「そいつはここの工房で作った“キャリバー”って武器だ」

 倉庫の入り口あたりから、野太い声が響く。

 見るとそこには、浅黒い肌をした筋骨隆々の大男が立っていた。


「俺はこのベルカインで技師をやってる、ゴウトってもんだ。あんたら姫様が連れてきた傭兵だろう。どうだ、そいつ使ってみないか?」

 ゴウトと名乗った男は、髭だらけの口元を歪めてにやりと笑う。

「姫様のアイデアで作ったもんなんだがな、どうにも使いこなせる奴がいねぇ。あんたら腕は立つって聞いてるからな、売り込みに来たってわけだ」

 ゴウトは人懐っこい笑顔でそう言うが、カーラは呆れたように反論する。

「こんな馬鹿でかいもんグラディウス程度の腕力で使ったら反動で腕が折れちまうよ。何を仕込んでんのか知らないけど、実戦で使えるとは思えないね」

「破壊力だけは保障するぜ」

『だけって……』

 ゴウトの適当な物言いにユーリも呆気にとられるしかなかった。


「というか、こいつはどういう代物なんだい」

「おう、よくぞ聞いてくれた。こいつはバンカーと同じく炸薬シリンダーが内蔵されててな、トリガーを引くと炸薬の威力で刃が飛び出す」

「刃が飛び出す? 突き刺すならバンカーでいいだろう」

「いやいや、切っ先に向かってじゃない。刃全体が斬った方向に押し出されるって感じだな。この重い刃が当たった瞬間にトリガーを引けば、威力が倍増するって寸法よ。使った後は背の部分にあるコッキングレバーを引けば、刃が戻って柄の中にある次弾が装填される」

 なるほど、それは使えない。カーラは説明を聞いただけでそう感じた。

 確かに理論的には凄まじい威力を叩き出せそうな武器だが、いかんせん使い手に求める技量が半端ではない。それこそアーデのような、稀なるセンスを持つ者でなければ、ただの重い大剣でしかないだろう。


「いかにもあのお姫様の発想って感じだね。要は、彼女みたいな一種の天才にしか扱えないわけだろう、これは」

 率直な感想だが、カーラのその意見にはユーリも同意するしかない。

 まともに使うには、よほどの訓練が必要となるだろう。

「もしかしてとは思ったが、やっぱり無理か」

 そう言いながらもゴウトは、さして落胆する様子もなく別の武器を指差した。

「ならこっちのはどうだ。こいつは割と扱いやすいはずだぞ」

 まだあるのかと若干うんざりしつつ、カーラとユーリはゴウトの指が示す武器に目をやる。

『なんだこりゃ、バリスタじゃないのか?』

 ユーリが言うように、それは外見はバリスタと同じような射撃武器に見えた。


「こいつが飛ばすのは鉄矢じゃなくて砲弾だ。俺たちは“カノン”って呼んでる」

 言われてみれば砲身がバリスタよりも太く長い気がする。

『それで、バリスタとどう違うんだ?』

 ユーリの質問に、ゴウトは待ってましたと言わんばかりの得意顔で答える。

「バリスタってのは炸薬詰めてから矢を装填するだろう。あれがどうにも手間がかかる。そこでこいつの砲弾は、炸薬シリンダーと砲弾をひとまとめにしたわけだ」

 彼の説明によれば、それによって装填にかかる時間が大幅に短縮でき、特に大型のバリスタで顕著に表れる装填時の隙を減らすのが最大の利点なのだそうだ。


 アーベルが森での戦闘時に使ったチェーンバリスタなどもそうだ。

 彼は腕の良いバリスタ使いで、さらに砲身ごと分離して予め矢が装填された砲身に換装できるものを使用していたが、それでも次弾の装填には時間がかかる。

 後方からの射撃支援が受けられない状況は、前衛にとって数瞬でも短い方がいいという実戦レベルの悩みは、ユーリやカーラだけでなく全ての竜騎兵乗りが感じているものだ。


「話を聞くだにこいつはまともそうだが、欠点はないのかい?」

 カーラは鋭い目線でゴウトを見やる。

 何かを売り込む場合、人は良い部分を強調して説明したがるものだが、大抵の場合で重要なのはその問題点が何であるか、である。


「バリスタよりは威力が落ちる点だな」

 ゴウトはあっさりとその欠点について答える。

「飛ばす物の重さはそのまま威力に直結する。こいつの砲弾よりもバリスタの矢の方がだいぶ重いからな」

 とはいえ、武器としてはそれなりに威力がありそうだ。

 そうなると威力を取るか、取り回しの利便性を取るかの問題である。

『さっきのデカブツに比べれば、まだ出る幕はありそうだな』

 あくまで比べれば、という程度の話だが。

「おう、お前さん話がわかるな。まぁ結局は説明だけじゃ判断しようがないだろう。明日にでも試しに使ってみるといい」


 ゴウトはそう言うと、今後ともよろしくと言って倉庫を出た。


 *****


 一方のアーデはというと。


「なぁクロミア、この書類の山はなんだ?」

 ベルカイン城塞に帰還するなり、彼女は複数の男女に囲まれ、そのまま城の奥へと強制的に連れ去られてしまったのだった。


 着いた先はこの執務室。

 そこでは山のような書類と、固い表情の女性が一人、アーデを待ちかまえていた。


「勝手に城を飛び出した姫様が不在の間に溜まった事務処理全般。そして今回クラウソラスを無断で使用したことに対する中央議会からの抗議文。最後に、その件についての始末書です」

 クロミアと呼ばれた女性は、眼鏡の位置を直しながらアーデの質問に淡々と答える。


 彼女は二十代半ばという若さながら、優れた才覚でこのベルカイン城に筆頭文官として仕える才媛である。

 長く真っ直ぐな黒髪は綺麗に切り揃えられており、文官用の制服をきっちりと着こなした姿からは、几帳面な性格が(うかが)える。

 実際に彼女は生真面目で、文官としては理想的な人物だった。

 ただ、この城に配属されたことは彼女にとって不幸以外の何ものでもない。

 なにせ城主が執務を放り出して戦場に行くような人物である。

 その後始末やアーデ不在の場合の事務は彼女の仕事になるのであるからして、アーデが暴走するたびに城内から同情の目を向けられるのは、彼女にとってはもはや恒例と言ってもいい。


「そう怒るなクロミア。竜が出たならそれを退治するのが私たちの役目じゃないか」

 アーデの言葉に、クロミアの眉根にはいっそう深い(しわ)が刻まれる。

「それは兵の仕事であって、城主が執務を放り出してやることではありません。ましてや皇竜騎(アークドラグーン)クラウソラスを無断で使うなど論外です」

 理路整然とした完膚なきまでの正論に、アーデは苦笑いで答える。

「それでもお前は、出る時じゃなくて帰ってから文句を言ってくれる。お前のそういう所が私は好きだよ」

 言われてクロミアは少し驚いたような表情になったが、咳払いをひとつして、すぐに冷静さを取り戻す。

「馬鹿なこと言ってないで、早く書類を片付けてしまってください。明日の朝には必要なものもあります。私も手伝いますので」


 *****


「なぁクロミア。今日な、面白い奴と出会ったんだ」

 蝋燭(ろうそく)の明かりが揺らめく夜更けの執務室で、アーデは書類にサインをしながら言う。

「私と同じくらいの歳の奴なんだが、竜騎兵に乗って傭兵をやってる」

「それがあの客人たちですか。この辺りでは竜騎兵に乗るのは大人ばかりですから珍しいですね。例外は姫様くらいのものです」

 クロミアもまた書き終わった書類のチェックや、その他の雑務をこなしがら答える。

「それにな、強いんだ。旧式のリザード級であれだけ戦えるなんて、もしかしたら私より強いかもしれない。一度でいいから、あいつをクラウソラスに乗せてみたいな」

「無茶言わないでください。それこそ始末書では済みませんよ」

 それもそうだな、と言って、アーデは笑った。


 さらに暫く経って。


「なぁクロミア」

 今度は少し静かなトーンで、アーデが呟く。

「なんですか? 口より手を動かしてほしいのですが」

「あいつと、友達になれるかな」

 予想外に弱々しいアーデの口調に、クロミアは少し戸惑いながらも、思わず笑いをこぼす。


「何がおかしいんだ。せっかく同じ年頃の竜騎兵乗りがいるんだ。もっと色々と聞いてみたいことがあるんだ、私は」

「ごめんなさい姫様、なんだかおかしくって。姫様にもそういうところ、あるんですね」

 なおも笑うクロミアに、アーデは不機嫌そうなふくれ面になる。

 その表情がなんだか幼い少女のようだと、クロミアはそう感じた。


 本来であれば王侯貴族が流浪の傭兵と懇意(こんい)にするなどもってのほかだが、クラウソラスを受け継いだ竜騎兵乗りということで皇族の中でも浮いてるアーデは、純粋に友と呼べるような人間など作れなかったのだろう。

 それこそ権力的なしがらみなど何もない外部の人間でもなければ、本当の意味での友達になどなれるはずもない。


「私はその方とはお会いしたことはありませんが、姫様がそうなりたいと思っていれば、きっと大丈夫ですよ」

 筆頭文官としては止めるべきなのだが、どうしてだかクロミアは、アーデを応援したい気持ちになっていた。

 王侯貴族にだって、こんな普通の女の子っぽい感情があっていいのかもしれない。


「そうか、そうだな。ありがとうクロミア、やっぱりお前に相談してよかった」

 アーデが嬉しそうに答えるのを聞くと、クロミアはペンを握り直して机に向かう。

「さ、姫様。まだまだ書類は沢山あります。今夜中に全て片付けますよ」

「ぜ、全部か? 朝までに終わるのかこれは……」


 結局のところ全ての書類が片付いたのは、夜が明けて炊事場の煙突から煙が上がる頃になってからだった。

 仕事が終わるや否や机に突っ伏し、呼びかけにもまったく反応しなくなったアーデの背中にシーツをかけると、クロミアは執務室の扉を静かに閉め、“緊急時以外は立ち入り禁止”の札をかけてから自室へと戻っていった。

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