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プロローグ

 其は大地を貪り

 其は天空を飲み込み

 其は遍く全てを糧とする


 其は逆巻く炎

 其は慈悲なき濁流

 其は猛り狂う嵐

 其は森羅万象の長


 其の名は竜なり


 *****


 豊かな水と森に(おお)われた第三大陸ラムセスカの北部、山間部にほど近い林に、木々の枝葉を揺らすほどの轟音が何度も響き渡る。

 寒冷期が終わり草花が芽吹く季節になったとはいえ、まだ雪が残る程度には肌寒いはずの空気は、大量の火薬が生み出す爆炎によって異様な熱気を(はら)んでいた。

 周囲一帯には薄い霧のようなものが立ち込め、呼吸のたびに感じるひどい焦げ臭さで、それがすべて硝煙なのだとわかる。


 ここは鉄と炎が飛び交い、命を奪い合う、戦場。

 しかし繰り広げられているのは、人間同士による程度の低い殺し合いなどではない。


 “それ”は巨大な体を震わせ、重々しい咆哮(ほうこう)を上げる。

 大型の爬虫類を十倍以上も大きくしたようなその生物は、全身に絡み付けられた鋼鉄製の鎖を振りほどこうと激しく身をよじる。

 大きく裂けた口を開き、怒りに満ちた声を上げ、鋼のごとき外殻に覆われた四肢と長い尾を振り回して暴れるその生物は、無論ただの獣などではない。


 あらゆる環境に適応し、急速に進化し続ける最強の生物。

 あるものは鋼の鱗を(まと)い、あるものは炎を吐き、あるものは風の速さで空を駆ける。

 その種類は数千とも数万とも言われ、世界各地のあらゆる場所で生態系の頂点に立つ、すべての生物の天敵。


 それらは総じて、“竜”と呼ばれている。


 そして、その竜を(しば)り付ける鎖を手にするのは、やはり人間よりも遥かに大きい、全身甲冑のような鋼鉄の装甲で武装した巨人たちである。


 竜騎兵。


 竜の死骸から創り出され、人によって操られる最強の対竜兵器。

 それがこの巨人たちの名だ。

 二腕と二脚の立ち姿は人間のそれに近いが、装甲板の下の体表面には鱗が生えており、脚部は獣のように逆向きの関節で、さらに腰部背面には尻尾が付いている。

 まるで巨大な竜を立たせて、骨格をむりやり人間に似せて組み替えたような姿だ。


 その竜騎兵たちが十騎ほどで竜を取り囲み、それぞれ手にした武器を向ける。

 剣、槍、斧、(いしゆみ)、そして火砲。

 強固な体を持つ竜を殺すため、これらはすべて炸薬式の機構を持ち、城壁を軽々と破壊できるほどの威力を生み出す兵器として設計されている。

 こんなものは、もはや生身の人間では到底扱うことなどできない。

 だが、現状において竜を倒すのであれば、これほどの破壊力ですら必須とされる。

 即ち、竜と人間の戦いは、必然的に竜と竜騎兵の戦いとなる。


 竜騎兵の一団、その一騎の合図と共に、あらゆる兵器が一斉に火を噴く。

 鋼鉄並みの硬度を持つ竜の外殻はこれらの攻撃を何度も弾き返してきたが、ついに強度も限界に達したのか、一部が砕け散ってしまった。

 さらにその内側へと、炸薬で威力を増した金属製の矢が何本も撃ち込まれる。

 傷口からは大量の血液が噴き出し、竜はもう一度大きく()えた。

 先ほどまでのような威嚇(いかく)ではなく、明らかな苦悶の鳴き声だ。


 しかし、竜の恐るべき力は、それでも竜騎兵の一団を寄せ付けない。

 撒き散らされた大量の血液、それに触れた周囲の草木が、激しく燃え上がる。

 後に鉄血竜(タラスク)と呼ばれるようになるこの竜の体内には、鋳溶(いと)かした鉄のような超高温の血液が流れていたのだった。


 溶岩のごとき血液を浴び、鎖を固定していた前衛の数騎が拘束の手を緩める。

 まずい、とその場にいた誰もが感じた時には、もう手遅れだった。

 鎖を振りほどき、再び自由を得た鉄血竜(タラスク)は、あっという間に周囲の竜騎兵をなぎ倒す。

 こうなればもはや距離を取って戦う他ないが、それを知ってか知らずか、鉄血竜(タラスク)はやや離れた位置で砲撃を行っていた集団へと狙いを定めると、凄まじい勢いで突進を始めた。


 完全な戦線の瓦解(がかい)

 この後に待つのは、竜の圧倒的な身体能力と闘争本能による、一方的な殺戮(さつりく)だ。

 竜騎兵の集団は口々に撤退を叫び、じりじりと後退していく。


 その中を、他のものとは違う竜騎兵が一騎、鉄血竜(タラスク)に向かって駆け抜けていく。

 矢のような速度で走るその騎体は防塵(ぼうじん)用の外套(がいとう)ですっぽりと(おお)われており、姿形は外側からでは判別することができない。

 ただ時折、外套(がいとう)の隙間から純白の装甲板が見えるだけだ。

 しかもその竜騎兵は武器らしい武器も構えず、ただ両腕に捕縛用の鎖を持つのみだった。


 正体不明の竜騎兵は強く大地を蹴りつけると、鉄血竜(タラスク)の体を一足で飛び越えんばかりの勢いで跳躍(ちょうやく)する。

 同時に、手にした鎖を投げつけるようにして伸ばして、鉄血竜(タラスク)の体に何本も突き刺さったままの鉄矢に絡め付けた。

 だが、それでこの巨大な竜を止められるわけがない。

 体格差があり過ぎて、逆に引きずり回されてしまうだろう。


 だが、その竜騎兵が不意に騎体から青白い光を放つと同時に、鉄血竜(タラスク)の巨体は激しく痙攣(けいれん)を起こして前のめりに倒れ伏した。

 白い竜騎兵の放つ光はさらに強さを増し、それに応じて鉄血竜(タラスク)の体、その穴という穴から白煙が上がり始める。


 やがて、何か結晶が砕けるような音が周囲に響き渡り、鋼の外殻と灼熱の血を持つ竜は、まったく動かなくなった。


 *****


 まだ鉄血竜(タラスク)の血が燃えている中、膝をついた白い竜騎兵の胸部装甲が開く。

 中から身を乗り出したのは、燃えるような赤毛と黄金の瞳を持つ少年だった。

 見たところ年齢は十六、七といったところだが、その立ち振る舞いはどこか歴戦の戦士を思わせるような落ち着きを感じさせる。


「久しいな、もう何十年ぶりか」

 少年が身に着けた軽甲冑を外し、火照った体を外気で冷やしていると、不意にそんな風に声をかけられた。

 見ると、竜騎兵の脚元に一人の女性が立っている。

 見たところ歳は六十を超えているだろうか。高級そうな毛皮のコートに身を包み、腰に剣を携えた老女は、青年を見るなり優しそうな目を細めて、皺だらけの顔に笑みを浮かべた。

「お前は何年経っても変らないな。少しうらやましいよ」

 少年はそんな老女の言葉に「馬鹿言え」と笑い、竜騎兵から飛び降りて彼女の前に立った。


「で、いまので通算何匹目だ? もう千は超えたのか」

 老女の問いかけに、青年は軽く首を振る。

「いいや、まだ九百と八十二だ。これからもっと増える」

 さしてつまらなさそうな声で、少年は答えた。

 それを聞いた老女はくくっと笑いを漏らす。

「あぁ、頼りにしているぞ。それとほら、差し入れだ」

 言いながら、老女は手にした軍用の戦闘糧食を少年に渡す。


 しばらく沈黙が続き、周囲には風の音、そして枝葉が燃えて弾ける音だけが響いていた。


「なぁ、辛くはないか?」

 先ほどよりも少し小さな声で、老女が呟く。

 少年は肯定も否定もせず、ただ「わからない」とだけ答えた。


「皆いなくなってしまった。あんたも、いずれいなくなる」

「そうだな、私もそう長くはないだろう。十年や二十年なんてあっという間さ」

「それが自然だ」

 言葉少なに語る少年の口調は、相変わらず落ち着いている。

 しかし、その目はどこか遠くを見ているようだった。


「お前のそういうところも、相変わらずなんだな」

 老女はそう言うと、一つ小さなため息をこぼした。

「寂しいなら寂しい、悲しいなら悲しいと、そう言えばいいんだ」

 言われて少年は何か言葉を返そうとしたが、やはり思い直したのか、そのまま口を閉じる。


「さて、私はもう行くよ。あまり長く留守にすると護衛たちが騒ぎだす。まったく、こんな身分になってもまだ散歩ひとつ自由にできんとはな」

 ふざけたような口調で言いながら、老女は立ち上がり、もと来た方向へを歩きだした。

「なぁ」

 立ち去ろうとする老女を、少年が呼びとめる。

「あんただってそう変わらないさ。いつまで経っても、あの頃のお姫様のままだ」

 少年の言葉に、老女はしばし呆然とした表情のまま青年を見つめていたが、不意におかしくなったのか、大声で笑い出した。

「ははっ、懐かしいな。今じゃそれを覚えているのもお前くらいのものだ。褒め言葉として受け取っておくよ」

 ひとしきり笑った後、老女は(きびす)を返してまた歩き出す。

「じゃあな、後はよろしく頼むぞ、竜殺し」

 それだけ言って、老女は今度こそどこかへと去って行った。


 後に残された赤毛の少年は、ふと何の気なしに自分の竜騎兵を見上げる。

「竜殺し、か」

 その名で呼ばれるたび、自分が何者なのかと考える。

 なぜ竜を狩り続け、どこへ向かっているのか。

 どこへ辿り着くのだろうか。

 結局まだ見つからないままだよと、誰にともなく呟くと、竜騎兵の装甲に足をかけて再び操縦席へと戻っていく。


 次の戦いも、もうすぐそこまで迫っている。

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