彼(Prologue-第十二楽章)
ふ、と。
彼はまどろむように閉じていた瞳を開いた。しかし、目に映るのは相変わらずの闇。そんな中で彼は小さく体を震わせ、その場に全くそぐわない、陰りのない笑みを浮かべた。
背後の硬い壁に体を預け、外の世界へと思いをはせる。
「……ウィル」
彼の耳に届くのは、流れるようなピアノの音色。何もないこの場所にいつも響く、優しくて、懐かしい、親友の音。
「……お前の音は、子守唄みたいだな」
否。
みたい、などではない。
彼がここで笑みを保っていられるのは、しっかりと立っていられるのは、その音が支えてくれるから。――――それは、今に限ったことではない。
ともに旅をしていた時から、その音は変わらなかった。
ふう、と一つ息を吐く。
その息が白むのを見て、彼は周りの温度が下がっていることに気付いた。だが、寒くはない。
まだ聞こえ続ける音に合わせて、彼だけが知っている歌をつぶやく。その旋律は、闇の奥へと流れていった。
*****
現世界のどこにあるかも分からない、彼の場所。
しかし、物語はそこから始まり、またその場所に戻ってくる。
Nocturne 《夜想曲》
あなたにはどのように聞こえるだろう――――。