捜査会議
四件目の報告が入ったのは、翌朝だった。
霧島から内線が来たのは八時過ぎで、律はちょうど特殊捜査室に入ったところだった。男はすでにいた。いつからいるのかわからない。目を閉じて椅子に沈み込んでいる姿は、昨日と何も変わらなかった。
内線を取った。霧島の声は落ち着いていたが、少しだけ早口だった。昨夜の深夜二時ごろ、四件目の放火が発生した。場所は新宿区の廃倉庫。死傷者なし、建物への被害は軽微、異能使用の痕跡あり。会議室に来てほしい、と言った。
「会議です」
律は受話器を置いて、男の方を見た。男は目を閉じたままだった。
「喰島さん、四件目が出ました。霧島さんが会議室に来るよう」
男がゆっくりと目を開けた。天井を一度見て、それから律を見た。何も言わずに立ち上がって、ジャケットを羽織った。ボタンには手をかけなかった。
会議室は小さかった。霧島と、鑑識の担当者が一人と、律と男の四人だけが集まった。大きなテーブルの片側に霧島と鑑識担当者が座り、向かいに律と男が座った。男は椅子に深く腰かけて、テーブルの上に両腕を置いた。
霧島が口を開いた。
「四件目の概要はすでに伝えた通りです。昨夜の深夜二時十五分ごろ、新宿区内の廃倉庫で火災が発生。近隣住民の通報で発覚しました。死傷者はなし、建物への被害は外壁の一部と窓二枚。現場には異能使用の痕跡が確認されています」
律は手帳を開いてメモを取った。男は目を細めて霧島を見ていた。
鑑識の担当者が続けた。
「残滓の成分を分析した結果、今回の現場のものは一件目から三件目と同一の異能反応を示しています。四件すべてが同一犯と見て間違いありません。また、各現場の残滓の量と分布を改めて比較したところ、発動パターンにも一貫性が見られます。いずれも中央から外壁に向かって、段階的に発動している」
「発動回数は」
律が聞いた。
「三件目と同じく、三回です。一件目と二件目は二回でした。回数が増えている」
律は手帳に書き込んだ。一件目二回、二件目二回、三件目三回、四件目三回。回数が増えている。なぜ増えたのか。慣れてきたのか。あるいは、目的が変わってきたのか。
「場所の変遷も整理しました」
霧島がタブレットを操作して、地図を会議室のモニターに映した。四つの現場にピンが立っていた。渋谷、渋谷、港、新宿。律はそれを見ながら、頭の中で線を引いた。
「一件目と二件目は渋谷区内で近接しています。三件目で港区に移動して、今回の四件目は新宿区です。移動距離が広がっています」
「愉快犯で間違いないと思います」
律は言った。会議室の全員が律を見た。律は手帳から顔を上げて、続けた。
「四件すべてで死傷者を出していない。深夜の無人建物を選んでいる。被害を最小限にとどめながら、確実に異能を使っている。目立ちたいが、深刻な結果は望んでいない。加えて、活動範囲が広がっている。これは愉快犯が行動をエスカレートさせていく典型的なパターンと一致します。早急に異能使用者のデータベースと照合して、容疑者を絞るべきかと」
霧島が頷いた。「そうですね、その方向で」と言いかけたとき、男が口を開いた。
「愉快犯ってのは、楽しくてやるやつだろ」
静かな声だった。会議室の空気が、少しだけ変わった。霧島が男を見た。一瞬だけ、何かを測るような目で。
「そうですね」
律は答えた。
「楽しそうに見えたか、あの残滓」
男が言った。律に向けているのか、部屋全体に向けているのか、わからない言い方だった。目は細いまま、どこか遠くを見ているような顔をしていた。
律は言葉に詰まった。
残滓を食べたときに見えるのは、犯行の瞬間の光景だけだ。感情は見えない。だから、楽しそうかどうかなど、わかるはずがない。でも、男はそれを聞いた。楽しそうに見えたか、と。
「感情は見えないんじゃないですか」
「そうだ」
「では、楽しそうかどうかも、わからないということになります」
「そうだな」
「なら、愉快犯ではないとも言えないはずです」
「そうかもな」
また同じだった。そうかもな、という言葉。同意でも否定でもない、保留の言葉。律は息を吐いた。
「では、先輩はどう見ているんですか」
「……わからん」
それだけだった。男はまた目を細めて、モニターの地図を見ていた。四つのピンを、順番に目で追うように。律にはその目が何を考えているのか、まだわからなかった。
霧島が「引き続き情報収集を進めましょう」と言って、会議を締めた。担当者が資料をまとめ始めた。律は手帳を閉じながら、男を見た。
男はモニターの地図をまだ見ていた。会議が終わったことに気づいているのか、いないのか。四つのピンを、また最初から目で追うように。渋谷、渋谷、港、新宿。
律には見えなかった。
男の目が、ピンとピンの間を見ていることに。場所ではなく、場所と場所の間にある何かを、探していることに。




