第7話:紳士E:自称総務省官僚
五番手に現れたのは、グレーのスーツに銀縁眼鏡をかけた細身の男だった。
姿勢だけはやたらと良く、胸ポケットには黒い手帳が覗いている。
手にはハイボールのグラス。だが、なぜか一歩一歩が妙に重苦しい。
「こんばんは。私は霞が関――総務省に勤めておりまして……」
――来た。
“自称官僚”である。
私はバーテンダーとして心の中で小さく舌打ちした。こういうタイプは大体、肩書きで全てを語った気になっている。
亜紀が顔を上げ、わざとらしく眉を上げた。
「へぇ、MICの官僚さん。すごいですね」
男の口元がにやりと緩む。
「ええ、やはり霞が関は国家の中枢ですから。……もしよければ、後日ゆっくりお食事でも――」
亜紀は赤いリップの端を吊り上げ、グラスを軽く回した。
「“Ministry of Internal Affairs and Communications”ですよね?」
「は、はい」
「――電波オークション後進国から、一体いつ頃脱却できそうですか?」
男の顔が一瞬で固まった。
「え……ええと、それは、その……」
亜紀はにこりと微笑み、声を潜める。
「周波数再配分で、各キャリアの利害調整が難航してるのは分かります。……でも、OECD加盟38ケ国中、日本を除く37ケ国で既に導入されている仕組みが、これからやっと実施できるという政策調整レベルで“お食事でも”って誘うなら、せめてその前に“電波と放送の政策ロードマップ”くらい語ってほしいもですね」
グラスの中の氷が、カランと音を立てた。
男は口を開いたが、結局は何も言えず、苦笑いだけを残して退散していった。
玲奈が横で肩を震わせ、マティーニを口に含む。
「……“Spectrum auction”直撃は、さすがにエグかったですよ」
亜紀は肩を竦め、ネグローニを一口。
「だって、“Bureaucrat”って言われたら、一番突かれたくないとこを突くのが礼儀でしょう?」
私はバーテンダーとして、心の中で小さく笑った。
――この二人、霞が関相手でも“忖度”の文字は持ち合わせていないらしい。