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8 少年兵

 どん!


 という大きな音とともに、コンクリートの部屋が揺れた。

 ミアは思わず隣にいた少女と身を寄せ合う。


 部屋でいちばん最後に意識を取り戻したこの少女は、アキと名乗った。それ以上のことは話そうとしない。

 もっとも、ミアも自分の素性については一切漏らさないようにしていた。

 もしも自分がミア・イーダ=首相の娘だと知られたら、どんな扱いをされるかわからない。

 場合によっては、ここにいる人質でさえ敵にまわるかもしれない。


 イーダ政権の国民からの支持は決して高いとはいえない。

 見ようによっては、この事件ですらイーダ政権の強硬路線が引き起こしたとも言えなくはないのだ。

 それくらいのことが分かる程度には、ミアは賢い少女だった。


 部屋の外が騒がしくなる。

 ドタドタと走り回る靴音がして、上官らしい髭面の男が見張りの少年兵に何かを命じてまたドタドタと走り去っていった。

 命令は外国語でミアには何を言っているかわからなかったが、その男がちらと小窓からこちらの方に目をやった時の言葉だけは、ミアにはっきりと聞き取れた。

「‥‥ミア‥‥」


 知っている! とミアは悟った。

 彼らはミアをS国首相アクド・イーダの娘と知っていて人質にとったんだ。


 ならば‥‥

 とミアはさらに考える。


 簡単には殺せないはず。

 圧倒的に軍事力の違うS国と戦うL国の民兵組織にとって、ミアは最後の切り札になるはず。

 それをうまく使えば、ここにいる人質たちを守ることさえできるかもしれない。


 この場面でそんなふうに考えることのできるこの少女も、並の胆力や知力の持ち主ではない。

 やはり、父の血を引くということだろうか。


 カチリ、と鍵を開ける音がして、それから重い鉄の扉が少し軋みながら開いた。


「出ろ。」

 少年兵の1人が小銃の先を招くように振って、はっきりわかる英語で人質たちに指示を出した。

 もう1人は無言で人質の方に銃口を向けている。


 2人とも鼻と口を覆うように布を巻きつけていて、頭にも巻き付けているから2つの目しか見えない。

 それでも指示を出した少年兵の目には戸惑いと不安のようなものが現れていて、先ほど鉄格子の窓からのぞいていた少年だとわかった。


「出ろ。ここは危険だから、安全な場所に移動する。」

 人質たちは怯えたが、指示に従わない選択肢はなかった。


 人質たちが無抵抗だとわかると、銃口を向けていた少年兵は銃口を逸らし、人質を先導するように部屋の外に出た。


「続け。」

 英語を話す少年兵が、部屋の中央で銃口を振って人質を追い立てる。

 人質たちは、ぞろぞろと扉へと向かった。

 その人質の群れの中のやや後ろ寄りにミアはいたが、その少年兵はやはりミアのいるあたりを目で追っている。


 少年兵とミアの距離が近づいた時、少年兵は戦闘服のズボンのポケットにスッと手を入れた。

 ミアは心の中だけで身構える。

 ‥‥が、少年兵がポケットから取り出したのはタオルのような布だった。


「これを。」

 と少年兵がそのタオルのようなものを差し出した。

 が、その相手はミアではなく、その隣にいたアキに対してだった。


 アキが一瞬、不審な顔をする。


「外は埃がすごいです。鼻と口に当ててください。喉を守れると思います。」

 少年兵は押し殺した声で言う。

 今にも泣き出しそうな目をしていた。


「汚くてすみませんが。」


 アキがそのタオルを受け取ると、少年の目には一瞬だけ嬉しそうな色が浮かんだ。

 それからすぐ目を逸らし、何事もなかったように声を張り上げた。

「かたまって進め! 離れるな。」


 通路へ出ると、右側の奥にもうもうとした砂塵が立ちこめていた。

 アキは顔をしかめながらも、さっき受け取ったタオルを鼻と口を覆うように当てる。

 ミアも息を詰めた。


 砂塵の先は瓦礫になっていて、通れなくなっている。

 ミアたちは左に誘導され、狭い地下通路を進んだ。

 いちばん後ろを、先ほどアキにタオルを渡した少年兵がついてくる。


 地下通路は30メートル以上進んだ先でも砂埃が舞っていて、ミアは口の中がジャリジャリした。


「もう少しで外の空気が吸えるところに出る。」

 後ろをついてくる少年兵がやはり小声で言う。


 アキに話しているのか?

 なぜ?

 この2人は知り合いなんだろうか?


 ミアは思考をめぐらせて、やがて1つの可能性に思い至った。


 もしかして、こいつらはアキとわたしを取り違えているのでは?

 アキを首相の娘だと思っているのではないか——。



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