7 ダンゴムシ
イオはいくつもの衛星に同時に侵入する。
発射されたミサイルとつながっているのは?
膨大な情報がやり取りされている衛星通信の中から、ミサイルとつながっている衛星を、その電波を見つけるのにはどれくらいの時間がかかるのだろう。
ミサイルは発射されてから5分もせずに着弾するはず。
間に合うのか?
「イオ! 通信衛星じゃない。ただの位置情報衛星だ。衛星自身の位置を発信しているだけだ。ミサイルの軌道に近い衛星の電波を探るだけでいい。」
ソーニャからのアドバイスがきた。
ミサイルの軌道予測データもソーニャがハッキングして、送ってきた。自国や同盟国の軍事情報らしい。お構いなしだ。
そうか!
それなら数個をサーチするだけで済む。
イオは瞬時にミサイルが受信している衛星の電波を特定した。
その電波にサーチプログラムを紛れ込ませてミサイルの心臓部に送り込む。
遅い。
衛星の発するデータ量が少ないので、プログラムを全部送り込むのに何十秒もかかってしまう。
しかも問題は、ミサイル側に結果返信のための発信装置がないらしいことだった。
何のレスポンスもない。
サーチプログラムは送り込んだが、サーチの結果がわからない。
しまった!
ミサイルだもの。そんな機能、必要ないよね。
どうする?
座標を記録している電子システムを破壊するウイルスを送り込む?
でもそれでは‥‥、行き先を失ったただの爆弾。
どこに落ちるかわからない。
このままでは——!
そして、追い詰められたイオは思いついた。
衛星側の位置データを書き換えて、ミサイルを海の方に誘導してしまえば——。
ミサイルは着弾前に大きく軌道を変え、14発のうち7発をL国の防空システムが破壊し、6発が海に着弾した。
1発だけが海辺の町に着弾し、学校の建物に被害が出た。
いや、被害は建物だけではない。
子どもたちに被害が出た。
‥‥‥‥
各国政府は、この軌道変更をS国のギリギリの戦争回避だと読んだ。
‥‥が、真実は違った。
それを、イオとソーニャだけが知っている。
知っているだけでは済まなかった。
イオはスマホで撮られ、SNSで拡散する画像を見て、この被害の実態を知った。
子どもたちの惨状を見てしまった。
「ああ! あああああああああああ!!」
空間から凝縮するようにして頭部が現れたイオが、その頭を抱えて叫び始めた。
「イオ! イオ! 大丈夫。あなたはよくやった!」
ソーニャがイオを抱きかかえるようにして話しかけるが、イオは全く聞いていない。
「あああああああ! わた、わたしがっ‥‥!」
「イオ! あなたじゃない! ミサイルを発射したのは、S国のイーダ首相よ! あなたはそのほとんどを防いだだけ!」
「わたしがっ‥‥! わたしが座標をずらしたりしたからっ‥‥! この子たちはっ!」
イオには、スマホで撮影される子どもたちの惨状が直接見えている。
その場に立っているかのごとく‥‥。
電子世界に意識ごと来ているイオにとっては、スマホで撮影される映像はただの映像ではなく、自分の目で見ているのと同じだった。
血だらけで動かない少年。
足がちぎれて、泣くことさえ忘れたように目を見開いている少女。
瓦礫の下からはみ出た足‥‥。
懸命に救出しようとする大人たち。
「イオ! イオ! しっかりして! あなたは悪くない!」
しかしソーニャの言葉も虚しく、イオは頭を抱えたまましゃがみ込む。
そのままさらに体を丸めて‥‥。
とうとう、ダンゴムシのように丸まって、手も足もない銀色の球体になってしまった。
もう、叫んですらいない。
* * *
突然頭を抱えて叫び出したイオを見て、ウイルは仰天した。
「イオ。どうしたんだ? 何があった?」
「わたしがあっ‥‥! 殺してしまっ‥‥!」
イオはそれだけを言い、両手で頭をつかんだまま、あとはただ泣き叫ぶだけになってしまった。
涙は出ない。
そんな機能はついていないから。
しかしイオは、身も世もないほどの表情で泣き続けていた。
ウイルのパソコンにソーニャからメッセージが入る。
その簡潔な文章を見て、ウイルは何が起こったかを悟った。
『イオを、電子世界から連れ出してください。』
『心配しなくていい。すでにNETからは切り離した。そこにあるのはイオの意識の一部だが、イオの本体はここにある。ここには私がいる。それは置いておいて、一旦きみも逃げてくれ。』
ウイルは顔を覆って泣いているイオのそばに行き、その頭をそっと撫でた。
この子は、知識やスキルを持っていても、その心はまだ生まれて年もいかない子どもなのだ。
「イオ。」
ウイルは小さく体を丸めて泣いているイオの隣に座った。
「イオは今できる最大のことをしたんだ。誰だって、万能じゃない。」