6 潜入
イオとソーニャを包んだ薄膜のような球体は、いったん下降してそれから上昇した。
少なくともソーニャには、そのように感じられた。
この子は‥‥
わたしとは異質なスキルを持ってる。
いや、それはわかってはいたけれど‥‥。
やがて球体は床のようなところを突き抜けて、ふわりとそこに着地した。
「すごいね、イオ。」
「へへ‥‥。」
空間の中は、何かの機械のようなものとパイプのようなものが、複雑に絡み合っていた。
あたりには浮遊している情報の断片のようなものがほとんどない。
よく管理された空間のようだった。
「何だかわかる? ソーニャ。」
「わかるよ。任せて。」
そう言ってソーニャが両手を広げると、その腕が何本にも分かれて絡みあった機械のようなものの中に伸びてゆく。
まるでゴーゴンの蛇のようだ。
この人、ほんとに人間なの?
とイオは目を丸くした。
「よおっし、よし。いいぞぉぉ。」
ソーニャは口角を上げ、目は快感に輝いている。
そこにイオがいることを忘れてしまっているようだ。
「うふふふ‥‥うふ、うふふ。全部指令が内部で回転するようにしてやった。これでもう‥‥」
それからすぐ、ソーニャの顔が驚きと絶望に歪む。
「発射されてしまってる! 14発も! もう‥‥。間に合わなかったんだ‥‥!」
「ソーニャ!」
イオの腕が伸びてソーニャの体を抱きかかえた。
「捕捉された! 腕を縮めて! 逃げるから。」
「え? アラームは何も‥‥」
「まだアラームが鳴る0.3秒前。サーチプログラムが検証中!」
マシン語を見ているイオでなければ気づかない異変。
ソーニャはすぐに理解して、伸ばしていた腕を縮める。
ここは軍事機密の中枢部分。
捕まれば、そこから確実に今のアジトを突き止められるだろう。
それどころか「意識」を載せて来ているイオの場合、捕まることは即その場で消去されることすら意味するかもしれない。
この子はそのリスクを負って、ここに来ているのだ。
ソーニャがもたついて逃げそびれることだけは避けねばならない。
イオはそのソーニャの体を一瞬でイオの球体の中に取り込むと、侵入してきた穴に飛び込んだ。
2人の天才的ハッカーでなければできない、コンマ数秒のアクション。
イオは侵入した穴の痕跡を閉じながら、ソーニャを抱えて大急ぎで入り口へと向かう。
後ろから追跡プログラムが、消しきれなかったわずかな痕跡をたどって新たな穴を開けている気配。
だめだ。
向こうの方がパワーがある。
修復していては、外に出る前に追いつかれるかもしれない。
イオは穴の修復を諦めて、スピードを重視した。
情報の断片が無数に漂う外に出ると、イオはすかさずソーニャがやったように空間に穴を開け、別空間へとワープした。
空間に開けた穴を修復しながら何回ものワープを繰り返して、ようやくひと息つく。
「あの技、イオも使えるの?」
「ソーニャがやったのを真似してみたんです。」
そうか。
この子はマシン語レベルでモノが見えてるんだった。
「ミサイル、間に合わなかった‥‥。ジェフに大口叩いたのに‥‥。」
ソーニャが情報の断片だらけで何も見えない空を見上げてつぶやいた。
発射されてしまったミサイルは、NETのどこにもつながっていない。
解き放たれた殺意は、指定された座標へ飛んでいくだけだ。
「まだ。諦めないで。衛星から侵入してみるから。」
そう言うが早いか、イオの頭部が槍のような形になると勢いよく空へ向かって飛び上がった。頭のなくなったイオの身体だけがソーニャの前に立っている。
ここが電子空間のイメージに過ぎないとわかっていても、ソーニャは驚いてしまう。
「ミサイルだって座標を知るためには衛星からの電波を受けているはず。そこから侵入して軌道をずらしてみます。」
頭のないイオの体がソーニャに向かって作戦を話す。
「イオ。頼んだわよ。」
言いながら、ソーニャの胸のどこかに奇妙なしこりが湧き上がった。
それは‥‥
嫉妬?
あるいは小さな恐怖?
この子はどんどん腕を、スキルを上げてゆく。
いずれ‥‥ JB にとって、わたしは要らなくなるのでは‥‥?