4 見えない者たち
言葉と、画像と、データが飛び交うその空間に、少女はいた。
栗色の巻毛に青い理知的な瞳。
天使の衣のようにも見える白い緩やかな服のスカートを、色とりどりのデータの風になびかせて微笑んでいる。
「あなたがイオね? 初めまして。」
「あなたは‥‥ソーニャ?」
「さすが!」
栗色の髪の少女は嬉しそうに笑う。
「力を貸してほしいの。」
「もちろんです!」
「わたしは侵攻を遅らせるためのハッキングに専念するから、イオはミアを探してくれる?」
「はい。わかりました。」
その一言だけを聞くと、栗色の髪の少女は染み透るような微笑を残してデータの海の中に消えていった。
銀色の、少年か少女かわからないその人影もまた、拡散するみたいにデータの風の中に消えてゆく。
* * *
「うひゃ! あああっ! あっ!」
少女は栗色の巻毛をふり乱してベッドをバンバン叩いてから、またすぐにパソコンのキーボードに向かった。
背中を丸め、口角を上げ、青い目を爛々と輝かせながら、巻毛がキーボードに覆い被さるのも構わずにものすごいスピードでキーを打つ。
「何かいいことがあったのか、ソーニャ?」
ジェフが傍らで問いかけると、ソーニャのパソコンが合成音声を返してきた。
「電子世界でイオに会った。」
そういう会話の間も、ソーニャはハッキングの手を緩めてはいない。
会話音声などは、彼女にとってはハッキングの片手間なのだ。
「素敵な子だね。あのボディの姿に凝縮したかと思えば、次の瞬間には拡散して遍在していくの。あれが、人工意識なんだね。」
声は合成音声だが、ソーニャの言葉は弾んでいる。
ジェフは少し安心した。
共同作戦は今回が初めてだが、ソーニャがイオに嫉妬するのではないかと少し心配していたのだ。
電子世界での感じ方というものがどういうものなのかジェフにはよくわからないが、どうやら2人はいい友達になれそうだった。
* * *
イオは収斂と拡散を繰り返している。
時に人の形に収斂するかと思えば、無数の蛇のように電子世界に遍在し、泳ぎ回り、情報の断片を収集してコピーして組み立てては、消滅させる。
トテ、トテ、トテ‥‥
ぷよ、ぷよ、ぷよ‥‥
ごあああぁぁあん‥‥
空間を流れてゆく一見無意味な情報の断片や、取り残された情報の破片‥‥。
色とりどりのそれらを銀色の触手が絡め取り、複製を作って呑み込んで、その場には何事もなかったように痕跡を消してどこかへ去ってゆく。
イオの活動はナノセカンドの世界で行われている。
通常の人間の意識では、とうてい捉まえられないスピードだ。
だから、ソーニャがイオを捕捉したというのは驚くべきことと言っていい。
物質世界のウイルから見れば、イオの身体はウイルと同じ部屋の中にいる。
椅子に座ってやや視線を宙に彷徨わせているだけだ。
ウイルはベッドの端に腰かけて、サーバーと有線でつないだパソコンを膝に乗せてそんなイオを見守っている。
イオに何か問題が起きた時に、イオの意識をサーバーに避難させるためだ。
部屋の外は夜。
人通りも少なくなった街は、街灯の光だけが古い石畳をてらてらと光らせている。
そんな静かな夜に、見えない者たちによる極めて静かな戦いが電子の海で始まっていた。