22 Online Angel
それから数分後、大きな爆音と共に1機のドクターヘリが広場に着陸した。
ドクターヘリだ。
え?
と誰もが呆気にとられた。
「ミア・イーダさんですね? 撃たれた少年はこちらですか?」
ヘリから降りて駆け寄ってきた医師が、ミアに聞いた。
「は‥‥はい。‥‥‥?」
「N市の中央病院に手術の体制を整えて外科医が待っています。最初は撃たれたのがあなただと聞いて驚きましたが、途中で少年があなたを庇って撃たれたのだと情報が入りました。」
誰がそんな情報を‥‥?
「いや、撃たれたのがあなただったら我が国とS国は間違いなく戦争になるところでしたからね。あ‥‥いや、人の命の価値は誰も同じです。我々医者にとってはね。」
「アクバル。歌が途切れちゃったけど、あなたは助かるから! これからもわたしは歌うから! 絶対、新曲も聞いてね!」
アキがアクバルに呼びかけたが、アクバルはすでに意識を失っている。
アキが不安な目で医師を見た。
「大丈夫です。バイタルは安定しています。」
付き添いに1人だけは乗れるというので、アキに断ってミアが乗って行くことにした。
「私の体が、いろんな意味で抑止力になるから。」
ヘリに乗り込む前に、ミアはちらとJB の方を見た。
JB は壁に背をもたせかけて、余裕の表情を見せていた。
あいつか——。
妙な情報を操ってドクターヘリを手配したのは——。
JB ‥‥‥か。
何者だろう?
ジェフはヘリを見送りながら、腕時計型通信機でイオと会話していた。
「やるね、イオ——。いい手際だよ。L国大統領府を騙ってドクターヘリを手配するなんて。これで完全に戦争は回避できるだろう。」
瞬時にこんな情報操作ができるのは、イオをおいて他にいない。
「もう誰も死なせたくなかっただけです。」
今のイオの意識では難しい政治状況などはわからない。それが限界だ。
しかし、その混じり気のない思いが事態を好転させる。
「イオ、きみはまるで電子世界に棲む天使のようだな。時に人の運命をさえ変えてしまう‥‥」
ジェフの言葉に、遠く離れた地で戦っていたイオは、ようやくはにかんだような笑顔を見せた。
そのイオの頭をウイルが大事そうに抱える。
誰にも見えない、もう1人の天使。
もっとも、それを目撃したただ1人のエージェントは、イオたちが電子空間で戦っている間にいつの間にか姿を消してしまっていた。
「今からデータ改竄しても、手遅れかもしれないな‥‥。」
ウイルは次の手を考えなければ、と思ったが、イオの答えは違った。
「わたしも、逃げ隠れするだけの生活は卒業しようと思います。ミアやアキやアクバルがそうしたように——。ソーニャたちがそうしているように——。誰かを守るために、わたしにできることがあるなら‥‥。」
ジェフはわずかに微笑みながらヘリを見送った。
あの少年も、これなら大丈夫だろう。
私たちだけなら、これまでのJBチームのままだったなら‥‥。あの少年は見殺しだったかもしれない‥‥。
ソーニャがイオを大好きになっちゃうわけだな——。
「さて——。みなさん、帰りましょうか。アキさんは病院に寄るのなら、付き添いますよ?」
= エピローグ =
アクバルが意識を取り戻した時、まず見えたのは白い天井だった。どうやら病院らしい。
ああ、俺は助かったのか‥‥。
とぼんやりと思ってから、意識を失う前の至福の時を思い出す。
あれは、夢だったんだろうか?
死の瀬戸際で見た幻‥‥?
しかしそれが幻でなかった証拠が、ベッドサイドにあった。
1枚の、ケースに入ったCD。
そのケースには、マーカーで「AJU☆」という手書きのサインが書かれていた。
そしてサインの他に、何かアクバルにはわからない丸っこい文字が——。
看護士さんが、その文字は日本語で「あ り が と う」と読むんだと、その意味は「thank you」だと教えてくれた。
ミアの前払いのおかげで回復するまで入院させてもらえることになったアクバルは、それからずっとそのCDケースを胸の上に抱えている。
いつか——。
とアクバルは今、思っている。
体が治ったら、まともな仕事で働いて‥‥。お金を貯めて‥‥‥。
いつか、必ず日本にあなたの歌を聴きに行きます。
今度はちゃんとチケット代を払って——。
了
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
セカンドシーズン。いかがでしたでしょうか。
ええ、そうです。
ヴァーチャルシンガーのモデルはあの人です。シルエットだけのコンサートとか、「A」で始まる名前とか。。
そのまま使うわけにもいかないので「A」の後は「JU☆」にしちゃいました。(^^)