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21 Online Angel

「アクバル! アクバル!」

 アキが泣きながらアクバルの名を呼ぶ。


「アクバル!」

 ミアもアクバルの傍にひざまずいたが、何をどうしていいかわからない。

 シャツの血はどんどん広がってゆく。

 何かをしゃべろうとしたのか、こぷっ、とアクバルの口から血泡がふき出した。


 そうだ。

 とミアは立ち上がった。


「衛生兵! 衛生兵はいるんでしょ? この子はわたしたちの命の恩人なの! この子を死なせたりしたら、誰が許そうとこのわたしが許さない! ミア・イーダが許さない!」


 許さない! と言ったところで、今はただの女の子だ。首相の娘、というだけだ。

 しかし‥‥。

 とジェフは思った。

 この子は将来、きっとS国を率いるような人物になる。


「一応心得はあります!」

 と1人の兵士が駆け寄ってきた。

 背嚢(はいのう)から器具を取り出し、アクバルのシャツを切り裂いて患部を診る。


「幸い(たま)は貫通している。肺の組織破壊も大きくはなさそうだ。私ができるのは応急処置だけですが、大きな病院で手術をすれば‥‥。」


「救急車‥‥」

 と言いかけて、ミアは黙った。


 この攻撃の負傷者を運ぶために、救急車はほぼ出払っているだろう。

 たとえ‥‥救急車が来たとしても、『狼の牙』の拠点である L国南部に設備の整った大きな病院などあるまい。

 大きな都市まで行くとしたら、どのくらいの時間がかかるのだろう?


 こぷっ、とアクバルが口から血泡を吹いた。


「うた‥‥こぷっ‥‥‥歌って‥‥ください‥‥‥。」

 息をするごとに、口から血泡がふき出てくる。


「しゃべらないで。今‥‥救急車、来るから‥‥」

 ミアはそう言いながら、それが気休めでしかないことを知っている。知っている自分を呪いたかった。

 

 なぜ、わたしは彼とS国兵士の間に立っていなかったか!


「ごぷ‥‥‥さ‥‥最後に聞くのは‥‥あなたの歌が‥‥いい‥‥‥」


 アキが目を見開いた。


 アクバルが自分に求めているもの。

 それは‥‥‥

 涙ではなくて、歌声——!


 それから、一瞬の逡巡のあと、その目に決意が宿ってゆく。

 それは一人の少女アキの目ではなく、歌姫AJU☆の目であった。




 突然、響き渡った歌声にあたりの空間は一変した。


 マイクもスピーカーもない、ただ一人の歌姫の喉から発せられるその声は、あたりの空間を呑み込んで圧倒した。


 誰もが全てを忘れて、呆然とその歌声の生まれ出てくる場所を見る。

 傷ついた瀕死の少年を抱きかかえて歌う少女。


 さっきまで恨みごとを叫んでいた兵士も、取り押さえられたまま声を失った。


 全てを圧倒し、包み込んで溶かしてゆくような歌声——。

 それはまさに、天使の歌声だった。


 いや、その背に人々は確かに見た気がした。

 白く大きく広がる天使の翼を——。


 AJU☆(アキ)はぽろぽろと涙をこぼしながらも、その声を決して震わせない。

 そうすることで、アクバルの魂をこの空間につなぎ留めておけると信じているように。


 電子の世界にしか存在しなかったヴァーチャルシンガー。

 それが今、この戦場に降臨し、1人の少年の命をつなぎ留めようとしてその肉声だけで歌っていた。


 こぷ‥‥と、時おり血泡をふきながら、アクバルは至福の表情で微笑んでいた。


 まだ、救急車は来ない。



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