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20 憎悪の銃弾

「大丈夫。ひどい扱いはさせないから——。同じファン仲間だもの。」

 ミアが軽くアクバルをふり帰って、微笑みと共に小声で言う。


 アクバルも笑みを返した。

 そうだった——。

 ここにいるのは、みんなAJU☆のファンだったんだ。


 この先にどんなことが待ち受けていようと、俺の判断は間違っちゃいなかった。間違っちゃいなかったはずだ。

 この場所に『狼の牙』の仲間はいない。いるのは敵のS国兵だけ——。

 でも、これでいい。

 これで、少なくともAJU☆さんは無事だ。無事、日本に帰れるはず。



 その一瞬のち。


 タアァ———ン


 乾いた音が響き、アクバルのシャツの胸が赤く染まった。

 驚いた顔のアクバルの膝の力が抜け、そのままその場に崩れ落ちる。


「アクバル!」

 アキが叫んでひざまずき、アクバルをかい抱いた。

「アクバル! アクバル!」


 ジェフが脱兎のごとく駆け出した。

「何をしている! ミア・イーダがいるんだぞ!」

 何かカバンのようなものを片手で前面に出し、あっという間に発砲したS国の兵士との距離を詰める。


 兵士はもう1人の『狼の牙』の兵士に2発目を撃とうとするが、ジェフがその火線上をさえぎっている。

 兵士は銃口を一瞬さまよわせた。

 どうやら、むやみやたらと乱射しようというわけではなさそうだ。


 ジェフの叫びを聞いてからわずかな躊躇(ちゅうちょ)ののち、まわりの兵士がその兵士を取り押さえにかかった。

 それとほぼ同時に、ジェフが手品のように撃った兵士の銃をくるりと奪い取ってしまう。

 その兵士はそのまま地面に押さえつけられた。


「アクバル! アクバル——!」

 アキが泣きながらアクバルの名を呼ぶ。


 アクバルは片手を上げたが、それはすぐに力無く地面に落ちてしまった。

 何かを言おうとするのかアクバルが口を開いたが、その口からは血泡がふき出しただけだった。

 アクバルのシャツの血がみるみる広がってゆく。



 痛みはないのに力が入らない。

 息が、苦しい。


 AJU☆さんが泣いている。

 俺のために‥‥?


 むしろアクバルは、それだけで胸がいっぱいになる思いだった。

 言葉を発しようと思うのだが、そのたびに口の中に鉄の味のする粘ったものが喉からふき出てきた。


 こぷっ。

 こぷっ。

 と、息をするたびにアクバルの口から血泡があふれ出す。


 取り押さえられたS国の兵士が叫んでいるのが、遠くに聞こえた。


「俺の妹はそいつらに殺された! そいつらに殺されたんだ!」


 ああ‥‥‥

 とアクバルは思う。


 わかるぜ、兄弟‥‥‥

 俺の父親も、S国に殺されたんだ‥‥‥


 ミアが「衛生兵!」と叫んでいるのが聞こえた。

 ところどころ、意識が跳ぶ。


 頬に温かい雫が、ぽたり、ぽたり、と落ちてくる。

 AJU☆さんが、泣いている。

 俺なんかのために‥‥‥


 もう‥‥満足だ‥‥‥


 ‥‥‥いや‥‥‥ひとつだけ、わがまま言えるなら‥‥‥

 俺が最後に見たいのは‥‥AJU☆さんの泣き顔じゃなくて‥‥‥


 シャツが剥がされて‥‥‥

 誰かが手当をしているようだ‥‥。

 無駄だよ。俺には、わかる‥‥。


 救急車なんて、出払ってるだろうし‥‥。

 南部にゃ、ロクな病院なんかねーよ?


 ごぷっ!

 と激しく咳き込むように血泡がふき出して、息が楽になった。

 呼吸ができる。

 声が出せる。


 アクバルは、その思いを伝えようとした。

 俺が‥‥最後に見たいのは‥‥AJU☆さんの泣き顔じゃなくて‥‥‥


「‥‥‥歌って‥‥ください‥‥‥。」

 この世で最後に聞くのはあなたの歌がいい。



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