19 ミア・イーダ
さすがのジェフも驚いた表情を見せた。
最初に顔を出したのが、ミア・イーダだったからだ。
怯えた様子はなく、むしろ堂々とした様子であたりを見回す。
「イオ。見えてるよね? 私の撮っている映像——。私の隠しアカウントを10個まで使っていいから、全世界に配信してくれるか。これでS国はこの場所を攻撃できなくなる。」
イオはジェフの指示に従って、すぐにアカウントにライブの映像をつないだ。
ミア・イーダは15歳ということだったが、少女はとてもそうは見えないほど堂々とした空気をまとっていた。
ミアが少し笑顔になって何かを言い、穴の方に手を差し伸べる。
その手を取って次に穴から這い出てきたのは少年だった。銃を持っているが構えてはいない。
『狼の牙』の兵士のようだった。軍服は着ていないが、ズボンの方でそれと分かる。
不安そうな目であたりを見まわし、危険がないと判断したのか安堵した表情になると、穴の中に向かって何かを言った。
次々に人質らしい人々が穴から這い出てくる。
その一人ひとりに、少年兵は手を貸していた。
その一部始終を、イオは見ている。
少年兵はまるで護衛みたいに人質たちを守っているように見えた。
ミア・イーダが時おり笑顔を見せて、それを手伝っている。
「驚きだな。」
とジェフがウイルへの通信で言ってきた。
「少年兵を説得したんだろうか。さすがは、首相の娘と言うべきなのかな? これから接触する。」
* * *
「まわりに『狼の牙』はいない。」
と、あたりを見まわしてからひどく安心した表情でそう言ったアクバルに、ミアは心からの好感を持った。
この子は、本気でAJU☆さんを守ろうとしてるんだ。
もちろん地下空間では私たちにも親切だったけど、それはついでという感じ。
まあ、わかるけどね。同じファンとしては——。
そう思うと、なんだかかわいいと思えてしまった。
穴からみんなが出てくるのを手伝いながら、しかしミアは目の端に少しだけ違和感を覚える。
異質な人物が近づいてくる。
こんな場所で、スーツ?
カメラを構えているが、ジャーナリストならそれを示す腕章くらい付けていてもいいはず。
ミアの頭に浮かんだのは、シークレットサービスに雰囲気が似ている——ということだった。
「やあ、ミス・イーダ。ご無事で何よりでした。」
男が笑顔を見せ、馴れ馴れしく声をかけてきた。
ミアは一瞬、身構える。
なんだ、こいつ?
「私、JB といいます。ジャーナリストですが‥‥」
やたらキザったらしい態度だ。ミアは好きなタイプではない。
「こう見えて、E国の国王陛下にも少しばかり顔が利きまして。」
E国王だって?
ミアも父親に連れられてE国を訪問したとき、一度だけ会ったことはある。
さして実権は持たない君臨するだけの王ではあるが、その穏やかな人柄で人気もあり、その発言にはかなりの影響力があると聞いた。
国王に謁見できるのはよほど身分のある人間でなければならず、そんな人物がこんな場所に護衛もつけずに1人でいる?
ありえない。うさん臭い。
「そうか。JB と言っても、あなたは名前もご存知なかったか‥‥。そりゃあ、うさん臭いですね。」
そう言って男は人懐っこい笑顔を見せる。
「とりあえず信じてください。あなたたちを救出に来たのです。全員が乗れる車を用意していますから。ジャネット、車を回してくれ。アイリーンは車が出るまでそのまま待機。」
最後の言葉は、どこかと通信しているようだった。
オンボロの中古バスが広い場所に乗りつけるのと、反対側のビルの陰から一団の兵士たちが銃を構えて出てくるのがほぼ同時だった。
それがS国の軍服であることが、ミアにはすぐ分かった。
「おや、早いですね。私の映像を観たのかな? ミス・イーダは無事ですよ。あ、それから、この映像は世界中に配信されていますから、無茶なことはしないでくださいね。」
S国兵士の一団とアクバルたちの間に、JB がさりげなく身を入れる。
「そこに2人の掃討漏れの兵士がいますが、抵抗の意思はないようですから。」
おどけたように肩をすくめて見せた。
ああ。
とミアはこの JB という男が頭のいいやつだと理解した。軽口をたたいているようでいながら、常に先を読んでいるらしい。
S国の小隊が場違いなスーツ姿の男の挙動に戸惑っている間に、アクバルが銃を手放し、両手を上げた。
それを見て、タクーマもそれに倣う。
民間人も構わずに犠牲にするような敵に捕まれば、どんな扱いをされるかわかったものではないだろう。
しかしアクバルは我が身のことよりも、AJU☆や人質が銃撃戦のまきぞえになることを恐れた。
それを見たミアもまた、自分のするべきことをする、と決めた。
両手を広げて自分の存在をアピールする。
「ミア・イーダです! 顔写真は見ているのでしょう?」
兵士たちが駆け寄ろうとするのを手で制す。
「ここにいる2人の少年兵はたしかに『狼の牙』の兵士ですが、わたしたちを守り、助けてくれた恩人です! それなりの扱いを要求します!」
隊長らしき兵士が思わずミアに向かって敬礼をする。
その威厳。
これが15歳の少女か?
血は争えんな——。
とジェフは舌を巻いた。