18 外の光
「おい! 下に空洞がある! 地下は少し無事だぞ!」
取り除いても取り除いても、瓦礫の下からは死体しか出てこない。
建物でかろうじて形が残っていた1階にいた怪我人たちは自力で外に逃げ出し、それ以外で瓦礫の下から救助されたのは女性1人だけだった。
だから地下に空洞があるというのは人々に希望を抱かせたが、しかし地下はほとんど機械室と駐車場のはずだ。
人が取り残されていたとしても、たまたま車でそこにいた、という人だけだろう‥‥。
イオはその状況を見ている。
「地下に空洞があります。」
イオはウイルにそう伝えた。
「大丈夫だ。彼らは地下駐車場に入ったんだろう? 大丈夫さ、きっと。」
ウイルはイオの肩を抱き寄せて励ます。
イオの意識は再びこちらの現場に戻ってきた。
* * *
ガラッ。という音が聞こえて、崩れた瓦礫の上の方から外の光が差し込んだ。
地下にいる全員が一斉にそちらを見る。
「誰かいるかぁ?」
方言まじりの L国語で男の声が聞こえた。
「います! 女性を含む22人が閉じ込められています!」
アクバルが L国語で答えた。
しかし、その表情には希望ではなく極度の緊張が表れている。
タクーマが人質たちの方をみて、指を口に当てた。
「あの男のことは、絶対に言わないように。」
ややたどたどしい英語だ。
「地下は無事なのか?」
「何台かの車はつぶされましたが、けっこう空間は残っています。」
アクバルが慎重に答える。
救助に来ているのは誰だ?
『狼の牙』か? 地元の市民か?
最悪なのは、S国の部隊だ。
‥‥いや、そうでもないか。人質にとってはその方が安全だ。
むしろ『狼の牙』の方が人質たちにとっては危険だ。幹部を殺されて気が立っているだろう。タダノバみたいなやつだったら、何人か問答無用で処刑するかもしれない。
どうやってAJU☆さんを守る?
「離れていろ。重機で瓦礫を取り除くから。」
呼びかけている男の声には、地元訛りがある。‥‥が、それが市民だという保証にはならない。
* * *
ガココン。
重機が動いてバケットで瓦礫を掘り起こす。
イオが取得するスマホ画像の中にジェフが表れた。
場違いなスーツ姿で、顎に付け髭だけをつけた変装ともいえないような変装をしている。
片手にカメラを持っているのは、ジャーナリストに化けているつもりなのだろうか。
どうやってなのかウイルが見ているスマホ画像がどれだかわかるらしく、ニコッと笑って指2本を立てた片手を軽く上げて見せた。
この人は‥‥。
とウイルは思わず笑いそうになる。
危ない場所でほど余裕を見せる。
まあ、それだけの準備をしているからなのだろうが。アイリーンの姿が見えないところを見ると、どこかでスナイパーとしてスタンバっているのだろう。
「もう大丈夫だ。JB が着いた。」
ウイルはイオの肩を軽くポンポンしてやる。
ようやくイオの表情が弛んだ。
「よくやった。イオがいなければダブルタップを食い止められなかった。」
* * *
「重機下がれ。」
外で声が聞こえ、重機が遠ざかっていく音が聞こえた。
瓦礫の山の先に、人1人がかがんで通れるほどの穴が開いている。
「怪我人はいるか?」
「生き残りの中にはいません。これから順番に上がります。」
アクバルは答えながら、タダノバを仰向けにしたのは失敗だったかもしれない——と思った。
説明が不自然に見えるのではないか?
上には誰がいる?
だが、戸惑っていればかえって怪しまれる。
アクバルは意を決して瓦礫の山を登り始めた。
「タクーマは最後になって、みんなをサポートして守ってくれ。」
みんな、の中に特に「AJU☆さん」という思いを込めた。
「待って。わたしが最初に出る。」
そう言って立ち上がったのは、ミアだった。
「わたしが誰か知っているんでしょう? 上に誰がいようと、わたしならいきなり撃たれることはない。」
ミアの言う「誰がいようと」の第一想定は S国特殊部隊だ。アクバルが出たのではいきなり射殺される危険がある。
L国側の部隊がいたとしても(たとえそれが『狼の牙』だとしても)、ミア・イーダを撃ち殺してしまえば間違いなくS国との全面戦争になる。軍事力で劣るL国に勝ち目はない。
ミアは自分の命の持つ価値を最大限に利用して、ここにいるみんなを守ろうと決意していた。
ここにはAJU☆とその命を守ってくれたアクバルがいる。
自分だからこそ、できることがある!
ミアは、瓦礫の山の向こうの外の光に向かって、毅然と歩き出した。
注)ダブルタップ:同じ場所を時間差で攻撃する手法。救助のために人が集まったところを再度攻撃して被害を拡大させるという悪魔のような戦術。