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16 JB チーム

「人質を乗せた救急車が入っていったビルにミサイルが!」

 イオの悲痛な叫びがジェフの通信機に入った。


「今そちらに向かっている。被害状況はどうだ?」


『近くに監視カメラもドライブレコーダーもない。』

 これはソーニャからの連絡。


 わたしが‥‥、戦闘機の攻撃機能を全てロックしてから偽命令を出せばよかったものを‥‥。

 いつも、わたしの甘さで‥‥‥。


 ソーニャにはいま、イオが何を考えているか簡単に想像がついた。

『イオ! 反省はあと! つらいだろうけど、スマホをハックして現場の状況を中継して!』


 ウイルもイオに呼びかけた。

「ソーニャの言うとおりだ。私たちに救える命がそこにあるんだから!」

 監視カメラもほとんどないL国南部では、個々人のスマホの映像に同時侵入できるイオだけが街の状況を把握できる。


 落ち込みかかっていたイオは、ウイルの「イオだけが」という言葉に反応して急いで気持ちを切り替えた。

 今は戦いの最中(さなか)。わたしの気持ちなんかより、守れるはずの命の方が大切だから!


 イオは現場にいる人々のスマホに、その付近のあらゆる稼働中のカメラに、全て侵入する。

 この蛮行を世界中に発信しようとする人々の、怒りの視線だ。

 イオにとってそれは、生々しい現場に直に立ち会うことと同じ感覚だった。

 しかしそれによって、状況をあらゆる角度から立体的にJB が把握することができるだろう。

 JB ならきっと‥‥。


 瓦礫の山が見えた。ビルが丸々崩れ落ちている。

 子どもの足らしいものが、瓦礫の下から突き出ている。

 大人たちがわめきながら瓦礫を手で退けている。


 目をそむけたかったが、そむけるわけにはいかない。

 人質たちの、生存者の手がかりを、JB チームに送らなくては——。


「これが、S国がやってることだ! 犯罪だ!」

 ことさらに子どもの遺体を撮影して怒る音声と動画配信も、イオは必死で漏らさず拾い上げ、JB チームに送って共有し続けた。


「車は地下駐車場に入ったんだな、イオ?」

 ジェフの問いかけに、イオは「はい」とだけ答えた。

 言葉を紡ぎ出す心の余裕がない。


「この瓦礫の形を見ると、1階の一部と地下には空間が残っているように見えますね。」

 建築の知識もそこそこ持っているウイルがジェフに伝えた。

 イオが泣きそうな顔でウイルを見る。

 ウイルはイオにうなずいてやった。


 まだ、希望は捨てるな。


「重機があれば——。ジェフはどれくらいで現場に着きますか?」

 ウイルがジェフに聞く。ジェフが着いたら、イオに重機を探させようと思っている。


「まだ3時間はかかる距離だ。ソーニャ。救急車は誰かが呼んでいるだろうが、重機の手配を行政府に働きかけられないか?」

 そのジェフの問いにはイオが即座に答えた。

「わたしが頼みました。近くの工事現場の人に、この攻撃に居合わせた彼の友人からの電話を装って。」


「やるね、イオ。」


 ジェフがほめても、イオは泣き出しそうな顔のままだ。

 ウイルは黙ってイオの肩をそっと抱き寄せる。



 現場に本物の救急車が到着した。

 血だらけの子どもや若い男、ぐったりした女性を乗せて走り去ると、すぐに次の救急車が現場に到着した。

 次々に救急車が到着する中、人々は懸命に素手で瓦礫を取り除いていた。


 そこにキャタピラのきしむ音と共に1台のユンボが現れた。

「おい、来たぞ! 危ないから下がれ!」

 運転台からタンクトップ姿の大柄な男が叫ぶと、あたりに歓声が起こった。

「大物をこいつで退けるから、下に人がいないか慎重に見てくれ!」


 人々が活気を取り戻し、救出活動に力が入る。

 その分、スマホの動画数が減った。イオたちにとっては現場の状況を知る情報が少なくなった、ということでもある。


「イオ。ソーニャ。ここは彼らに任せておくしかない。それより‥‥」

 とジェフが2人に指示を出す。

「この救出現場にS国が再度空爆を仕掛けないよう、そっちの撹乱を頼む。」


 言われるまでもなく、イオはすでにその作業に取りかかっていた。

 現場の悲惨な状況を見たくないのだ。

 スマホ画像の中継は機械的に行うようにして、意識をS国の軍事システムの撹乱に向けていた。

 こっちを止めれば、これ以上の惨劇は起きない——!


 S国では、再出撃をしようとしていたが、あちこちのシステムに不具合が起きて戦闘機が飛び立てない事態に陥っていた。


 ソーニャはそのエリアの電子空間で、血相を変えたイオに会った。

 イオはマシン語の数列を1文字だけ置き換える——というやり方で、修復が難しくなるようなシステムの壊し方をしていた。


「イオ。」

 呼びかけるが、イオは気づいていないかのようだ。



「ああ! あああ! ああ!」

 ソーニャは髪をふり乱してベッドをバンバンと叩くと、またすぐにパソコンの前で背中を丸める。



「イオ! イオってば!」

 イオがようやくソーニャの方を見た。


「そんなに思い詰めちゃダメ! 一定の距離を取らないと、心が壊れちゃうよ? 世界には残酷なことがいっぱいあるけど、その全部を1人で引き受ける必要なんかない。」


「わたしは、大丈夫‥‥‥。ウイルがいるから‥‥。」



「‥‥ウイルがいるから‥‥‥」

 小さくつぶやいたイオを、ウイルはぎゅっと抱きしめる。


 皆がそれぞれの場所で戦っている中、1人だけ何もできていない自分の存在意味を疑い始めていたウイルは、むしろそのつぶやきに救われた気がした。



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