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14 アクバル

 楽しいイベントだったはずのフェスは、阿鼻叫喚の地獄と化した。


 S国側に潜入していた工作員が、国境のフェンスをフェスのために持ち込まれて置いてあった重機で押し倒し、そこからトラックとジープで『狼の牙』の戦闘員は国境を越えた。

 いくつもの仮設ステージやキッチンカーの並ぶ会場に向けて、カラシニコフを乱射しながら突入していったのだ。


 なんでこんなことしなきゃいけない?


 疑問を口にする権利も資格も、アクバルにはない。

 上官の命令は絶対だ。


 ただ幸いなことに、上官の命令は「暴れるだけ暴れて、できるだけ多くの人質を連れてこい」だった。

 イーダ首相の娘がフェスに来る——という情報も入っていた。

 それがAJU☆のコンサートであることも。


 イーダ首相の娘もまた、AJU☆のファンなのか‥‥。

 そんなことを頭のどこかで思いながら、アクバルは作戦を知らされた3日前からどうすれAJU☆を守れるのか——そればかりを考えていた。



「ついてこい!」

 小隊の隊長であるタダノバは、そう言ってコンサート会場の客席へと突っ込んでいった。そこにイーダ首相の娘ミアがいるはずなのだ。


 しかしアクバルはその指令には従わず、スクリーンの裏側へと走る。

 この3日間、彼は必死でNETを検索し、こうしたヴァーチャル系コンサートの場合の舞台の設営の仕方を研究してきた。

 潜入していた工作員から送られてきたフェス会場の見取り図も見た。


 AJU☆はスクリーン裏側の隠し舞台で会場を映し出したモニターを見ながら歌っているはず。


 果たして!

 モニターの前で呆然とたたずむ少女がいた。


 動画のシルエットと同じシルエットのステージ衣装を着て、恐怖の表情でアクバルを見る。

 その視線が銃弾のようにアクバルの胸を撃ち抜いた。

 痛みに耐え、アクバルは気を強く持つ。中途半端はかえって危険だ。

 抱きつくようにして飛びかかり、ミア・イーダ用に渡された麻酔の布(強く押すと布の中に仕込まれた麻酔剤のカプセルを割る仕掛けだ)を少女の口に押し付けた。


 すぐに少女の全体重がアクバルの腕にかかる。

 すみません!

 すみません、AJU☆さん——。

 あなたを守るためなんです!


「AKI! SONO*OHA**SE!」

 誰かが日本の言葉で叫ぶ声が聞こえたが、意味はわからない。


 パパパッ!

 と天井に向けて発砲し、牽制する。

 日本人は殺さない。

 アクバルだけの、ギリギリの作戦。


 AJU☆を『狼の牙』の銃弾の犠牲にさせないために、真っ先に彼女を人質にとる。

 日本人はこの地域では悪い印象を持たれていない。そして、日本の政府というのは人質救出のためならあっさりと金を払う、というウワサを聞いている。

 3日間考え抜いた末、練り上げたアクバルの作戦だった。


   *   *   *


 偽装救急車の後部扉を開けた時、突然凄まじい音と共に建物が揺れた。

 照明が消え、天井の一部が崩落する。

 駐車場の地上への出入り口が瓦礫で塞がった。


「何が起こった?」

 運転席からタダノバが飛び出してきた。

「敵の攻撃があったのか?」

 タダノバが顔面蒼白になっている。

「この上の階には幹部連が集まっていたはずだ! ハラヘラ師は無事なのか? ミア・イーダと写った写真をイーダ首相に送りつけるためにここに来ていたはずだが——。」

 助手席から降りてきた新兵のタクーマは、ただオロオロしているだけだ。


 そうなんだ——。

 と、アクバルは初めてその事実を知った。最高幹部がここにいたのか。

 下っ端は重要なことは何も知らされない。敵に漏れてはいけないからだが、ここが攻撃されたということは敵はその情報を知っていたということだ。


 それほどの情報を知っていて攻撃したということは‥‥。

 まさか。

 イーダ首相は娘が犠牲になってもいいとさえ考えているのか?


 そうだとすると‥‥。

 ミア・イーダと共にAJU☆さんを人質にとったのは間違いだったかもしれない。これがいちばん安全な方法だと思ったのに‥‥。



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