10 イオ再び
「イオ。」
ウイルはベッドに丸まったままのイオに呼びかける。
「イオ。ミアたちを探してくれ。落ち込んでる暇はないよ。最初の目的を忘れないでくれ。」
ウイルはイオに目的を思い出させようとしている。
この状況でそれは厳しい態度にも見えるが、慰め続けるよりその方がイオにとって立ち直りが早いだろうとウイルは考えたのだ。
「JB が動き始めた。ソーニャからの情報では、ミサイルが着弾したのはミアたちが監禁されていた病院の地下の近くだったらしい。」
丸まっていたイオが、ぴくっと動いた。
「ミアたちは無事だった。病院の監視カメラに、移動させられる彼らが写っていたのをソーニャが確認した。ただ、その先を見失ったそうだ。」
イオがまだ泣き顔のままでウイルを見上げる。
「JB が乗り込む。ミアたちの行き先を探してくれ。NETにつなぐよ?」
こくん。
とイオがうなずいたのを確認して、ウイルはイオのブロックを解除した。
* * *
ソーニャは目だけを残してそこに漂わせている。
厄介な連中に見つからないよう、情報の断片に偽装して漂わせながら、銀色の球体になってしまったイオの意識の一部を見守っているのだ。
イソザキ博士は大丈夫だと言っていたけど‥‥。
ソーニャはパソコンを通じてプログラムを構成する言語を見ながら、その世界をイメージしているのだけれど——。
イオは意識そのものがデジタルな電子の世界に入り込んできているような感じがした。
その一部が、こんな場所に転がっていて大丈夫なんだろうか?
その球体が、突然、ドクン、と脈打った。
ざわっ!
と全体に棘のようなものが生えたかと思うと、それは無数の細長い銀色の蛇のようなものになり、空間へと散ってゆく。
何かを探しに行ったんだ。
ということはわかったが、球体はイオの形をとるでもなく、球体から直接サーチの蛇になって空間に消えていったのだ。
その異常さにソーニャは一抹の不安を覚えている。
『イオ? NETにつながったの?』
ソーニャはイオに連絡を試みた。
『肯定』
イオからはそんな何の感情も感じられないような返信が来ただけだった。
* * *
「歩きながらでも、探せるか?」
イオが少しだけキョトンとした顔になってウイルを見る。
そんなことは、今までだって普通にやってきた。‥‥が、なぜ歩く必要が?
「腹が減ってしまってね。ハンバーガーでも買いに行きたいんだが、一緒に来てくれないか?」
イオが少しだけ、口の端を上げた。
ウイルはイオの愚痴と後悔を聞いてやりたいと思っている。
部屋の中で閉じこもっているより、外を歩きながらの方が気持ちの整理もつけやすいだろうと考えたのだ。
外を歩くということは、L国の監視カメラの映像をサーチしながら、一方でこの国の監視カメラやドライブレコーダーなどのデジタル映像から彼ら2人の映像を消すというジョブをやり続けるということだ。
もちろんイオの能力からすればどうということのない日常のジョブだが、それをやらせて外の風に当てることで、イオの感情の平衡を取り戻させようとウイルは考えている。
歩きながらなら、後悔や愚痴も少しずつ話せるだろう。
死んでしまった命は生き返らない。
途切れてしまった子どもたちの未来は取り戻せない。
それを、ただの状況や、ただの数として割り切ることができないのは、イオの優しさなんだろう。
ただ、優しさはときに、自分に向けた刃にもなる。
だから、言葉にして話してごらん——イオ。
重い荷物も2人で持てば、重さは半分になる。
空は曇っていたが西の方には少しだけ青空も見えていて、そのあたりの雲は茜色に染まっていた。
L国の東の方は、すでに宵の闇が侵蝕を始めた頃だろう。
これ以上のミサイルは当面の間、止められるだろう。
ウイルはスマホでニュースを確認してみたが、今のところS国もL国も何の声明も出していないようだった。
イーダ政権にしてみれば攻撃は失敗で、しかもその後の攻撃が続けられない。イオとソーニャが攻撃システムを壊してきたからだ。
一方のL国側も、このところもてあまし気味だった『狼の牙』があと先も考えずにこの事件を起こしたことで、強大な軍事力を持つ(しかも核兵器さえ持っている)S国と抜き差しならない対峙を余儀なくされてしまった。
できるならS国との全面戦争は避けたい。‥‥が、このミサイルを撃ちながら大半を海に逸らしてしまったS国の攻撃をどういうメッセージとして受け取り、どのようなメッセージを発すればいいのか。戸惑っているのだろう。
何が起こったかを知っているのは、JB チームとイオとウイルだけだ。
「今のところ、あれ以上のミサイル攻撃は行われていないようだよ。しようにもできない状況を2人が作ってきたからね。」
ウイルは歩きながら、検索したニュースの結果をイオに話した。
もちろんそんなもの、イオは直接見てはいるだろうけど。
イオはただ黙って歩き続けている。
ウイルはイオが泣き言のひとつでも言わないか、と期待し、待ち構えながら歩いたが、イオは何も言わなかった。
ウイルはかける言葉を見つけられないまま、黙ってイオの肩を抱き寄せる。
イオも、すっと頭をウイルの胸に預けてきた。
「ウイル‥‥。」
イオが少し甘えたような声を出した。
‥‥が、次に出てきた言葉はウイルが期待したようなものではなかった。
「見つけました。」
「座標入りの地図をウイルのスマホに送りました。ソーニャにも同じものを送ってあります。」
着信音が鳴って、ウイルのスマホにL国の地図が表示された。
「JB チームはすでにL国国境は越えたそうです。」
イオは仕事に戻った。
しかし‥‥。とウイルは不安になる。
イオは、逆に心の傷を深いところに押し込めてしまったのではないか?
私は失敗したかもしれない‥‥。
その時、背後から不意に声がした。
「イソザキ博士ではありませんか?」