〜拝啓、悪役令嬢さま〜 婚約破棄ですか?ご愁傷様です
先日、リオルド・バルティーユ王太子の婚約者として選ばれた、ミリアン・アドレイユ侯爵令嬢が主催するお茶会に呼ばれたアンネリーゼ・シルスタイン侯爵令嬢は、その会場へと到着した。
「あらぁ?随分と遅いご到着なのね、アンネリーゼ様」
「……到着が遅くなり、申し訳ございません。
皆様ごきげんよう。
ミリアン様、本日はこの様な素敵な会にお招きいただきありがとうございます」
アンネリーゼは手短に挨拶を済ませると、用意されていた席へと向かい着席した。
招待されていた他の4名は、日頃からミリアンの取り巻きをしている見慣れた令嬢達だった。
彼女達はここぞとばかりにアンネリーゼが遅れてやって来たことを蔑んでいたが、アンネリーゼは決して遅れてなどいなかった。
招待状に記載されていた開始時間より少し早めに到着したはずなのだが、何故かアンネリーゼを除く全員がすでに揃ってお茶を嗜んでいた。
アンネリーゼが着席したのを見たアドレイユ侯爵家の使用人が、何かに怯えているかのようにカタカタと手を振るわせながらお茶を注いた後、手が滑ったとは言い難いようなタイミングでカップに入ったお茶をアンネリーゼへとぶちまけた。
「……っ!も、申し訳ございません!!
すぐに別のお茶をご用意致します」
そう言って使用人が足早に去っていくと、ミリアンが意地の悪い笑みを浮かべながら言った。
「あらあら…使えないうちの使用人が、申し訳ございませんわぁ。
せっかくのドレスが汚れてしまいましたわね…
ですが、落ちぶれた貴女には汚れたドレスの方がお似合いでしてよ?」
その言葉に合わせ、取り巻き令嬢達がアンネリーゼを嘲笑うようにして言った。
「本当ですわね。
未来の王妃であるミリアン様のお美しさとは対極にいる方ですもの…ドレスだけが美しいだなんて不釣り合いですわ」
「不運でしたわねぇ…遅れてやってきた罰かしら?」
「…………」
アンネリーゼはそれらの言葉には反応せず、毅然とした態度で沈黙を貫いていた。
その様子を見ていたミリアンは、蔑むような目をすると冷たく言い放った。
「あーあ、黙ってばかりでつまらないわぁ。
まぁいいわ、今日は貴女に忠告をするためにこうして呼んだのだから。
婚約者として選ばれなかったくせに、リオルド様に気にかけてもらおうだなんて…なんて図々しいのかしら!?
今度リオルド様に近づいたら…タダじゃおかないわよ?」
「お言葉ですが…私から声を掛けた訳ではないのは、リオルド殿下のお隣にいたミリアン様ならご存知のはずです。
そして私にも既に婚約者がおりますので、リオルド殿下とそういった関係になる心配はご無用かと思います」
「っ…!貴女のそう言うところ、本当に嫌いだわ…!
……はぁ、もういいわ。帰ってちょうだい」
「では、お言葉に甘えて失礼させていただきます」
アンネリーゼはそれだけ言うと、踵を返して去っていった。
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アンネリーゼの生家であるシルスタイン侯爵家と、ミリアンの生家であるアドレイユ侯爵家は、共に隣国から本国まで幅広い物流管理を取り仕切る商会を営みとするライバル同士だった。
アンネリーゼが10歳の頃、この国の王太子であるリオルドと歳が近く、生まれも育ちも申し分のない令嬢達が集められ、未来の王妃候補達の妃教育が始まった。
アンネリーゼもミレイユも共にリオルドとは同い年で、商会の持つ後ろ盾や異国との交易の慣れを考えると、二人は王妃候補の中でも最も有力だと誰もが思っていた。
たが実際は、家業の手伝いを積極的に行い交易の知識を身につけていたのはアンネリーゼだけで、妃教育の飲み込みが早く一番優秀だったのもアンネリーゼだった。
バルティーユ王国では代々、王太子の19歳の誕生日に集められた王妃候補の中から婚約者が選ばれ、20歳の誕生日に結婚式を挙げるというしきたりがあった。
そんなリオルドの19歳の誕生日を間近に控えた頃、アンネリーゼを取り巻く環境は一変した。
いつものように王妃候補達が集まり、リオルドを囲んで親睦のためのお茶会を開いていたその時、突然マルクス宰相がその場に現れアンネリーゼは拘束された。
「アンネリーゼ・シルスタイン、シルスタイン商会が行っていた密輸の罪で、しばらく身柄を拘束する」
「……密輸の…罪?
我がシルスタイン商会がそんなこと行うはずがありません…!
きっと何かの間違いですわ!」
「既に調べはついている。
大人しくついて来てもらおうか」
そう言ってアンネリーゼを連行しようとするマルクス宰相に、リオルドが言った。
「待て、僕もアンネと同じ場所に連れて行け」
「……かしこまりました。
案内はこちらの者にさせましょう。
私は一旦失礼させていただきます」
マルクス宰相は都合が悪そうに一瞬表情を強張らせると、アンネリーゼを捕らえていた王宮兵に何かを伝え、その場を去っていった。
アンネリーゼとリオルドが連れて来られたのは、王宮内にある見慣れた応接間の一室だった。
「リオルド様、お気遣いいただきありがとうございます。
私一人ではきっと、牢に入れられていたでしょうから…」
「いいんだ。アンネを一度でも牢に入れるだなんて…僕が許せなかっただけだから。
それにしても密輸だなんて、あのシルスタイン卿が行うはずがない。
一体どういうことだ…?」
「はい、私もお父様が密輸など…あり得ないと思っています。
積荷の管理は徹底していますし、申告も怠ったことは一度もありません。
誰よりもルールに厳しい方ですから…」
「……そうだな。
僕もつい話に花が咲いてアンネを門限までに返すことが出来なかった時には、もの凄い形相で叱られたのを覚えているよ。
……僕もシルスタイン卿を信じている」
「リオルド様…ありがとうございます」
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マルクス宰相はロナウド国王の元へ向かうと、今回の密輸事件の報告書を提示しながら判断を仰いでいた。
「陛下、こうして証拠も証言も全て出揃っています。
シルスタイン商会が密輸を行なっていた事実は明白でしょう…さあ、ご決断を」
「あのシルスタイン卿にそんな真似が…?
しかし、証拠がこうも揃っていては…う〜む…」
「もはや言い逃れは出来ない程です。
ここで処分を下さなかったとあらば他の商会の者達にも示しがつかず、中には同じことを始める者まで出てきてしまうかもしれません」
「はぁ〜…罪は罪として裁かねばならんな…
シルスタイン商会に一年間の業務停止、および具体的な改善報告案の提出を命ずる」
「その程度の罰則だけで済ますおつもりですか!?
交易業務の禁止や爵位の剥奪などは…」
「私の判断にケチをつけるつもりか?
お主にそれを決める権利があるとでも思っているのではあるまいな?」
「とんでもございません…!
出過ぎた真似を…申し訳ございませんでした。
今回のシルスタイン商会の密輸を暴くのに貢献した、アドレイユ商会への褒賞はいかが致しましょう?
先方の望みは伺っているのですが…」
「ほう、アドレイユ卿は何と?」
「王妃候補の一人である娘のミリアン様を、リオルド殿下の婚約者に…と」
「やはりそう出てきたか。
リオルドが19歳を迎えるまであと一ヶ月…
第一候補であったアンネリーゼを選ぶわけにはいかなくなった今、どちらにせよ第二候補のミリアンを選ぶしか道は残っておらんか…」
そしてリオルドが19歳を迎えた誕生パーティーの当日、ロナウド国王は高らかに宣言した。
「我が息子リオルド・バルティーユと、ミリアン・アドレイユの婚約をここに宣言する」
招待客からの拍手喝采で祝われる中、ミリアンは見せびらかすかのようにリオルドの腕にしがみついて嬉しそうにしていた。
「ふふふっ、これからはリオルド様の隣に立てるのは私だけなのですね…よろしくお願いいたしますわ」
そう言ってミリアンに微笑みかけられたリオルドは、素っ気なく目線を逸らすと小さく呟いた。
「……ああ」
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シルスタイン侯爵家への処遇が決まり、応接間にてリオルドと待機していたアンネリーゼが自宅へと返された後、リオルドはロナウド国王の元へ直談判をしに来ていた。
「父上!シルスタイン商会が密輸など…するはずがありません!
何かの間違いではないのですか!?」
「リオルド…私も正直耳を疑ったが、疑いようもない程完璧な証拠が出揃っている以上、何かしらの処罰は下さねばならん」
「そんな…!では、アンネは…アンネとの婚約はどうなるのですか!?」
「残念だが…アンネリーゼを婚約者として選ぶことは出来ない。
お前にはミリアンと婚約を結んでもらうことになる。
だが、これは私の一種の賭けだ。
アンネリーゼはもう妃教育に呼ばれることはないだろうが、彼女は既に教わることなどないそうじゃないか。
今度の誕生パーティーでは婚約者として選ぶことは出来ないが、王妃候補の中から除名したとは言っておらん。
リオルド、お前ならその意味が分かるだろう?」
「父上…感謝いたします」
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家業の一年間の業務停止命令を受けたシルスタイン侯爵家は、取引先への賠償金の支払いや休業期間中に従業員を養うための費用がかさみ、徐々に経済難へと陥っていた。
罪を犯した侯爵家の娘とはいえ、育ちも良く聡明で美しいアンネリーゼを手に入れたいと思う家門は多く、リオルドの婚約者にミリアンが選ばれてからは毎日のように縁談の話がやってきていた。
その中の一つであるベネゼン伯爵家が、アンネリーゼが長男アークの婚約者になってくれるのならば、莫大な金額で援助を申し出るという提案をしてきた。
アンネリーゼの父でありシルスタイン侯爵家の当主であるルシウスは、当面は娘の婚約者を決めるつもりは無かったため、全ての縁談を断る算段を立てていた。
しかし、シルスタイン侯爵家の現状を重く捉え今後を危惧していたアンネリーゼは、自分さえ我慢すれば皆を助けることが出来ると信じ、ベネゼン伯爵家の提案を受け入れる返事を勝手にしていたのだった。
アンネリーゼには歳の離れた弟と妹がおり、姉として彼らの将来を守る義務があると思っていた。
ある日の昼下がり、ルシウスが立腹した様子でアンネリーゼの自室を訪れると、問いただすようにして言った。
「アンネリーゼ!
たった今、ベネゼン伯爵家から縁談を進める旨が書かれた書状が届いた。
お前は一体何をした…?」
「…すみません、お父様。
勝手ながら、ベネゼン伯爵家からの援助と引き換えにアーク卿と婚約することに致しました。
そうすれば、我が家もシルスタイン商会で働く人々も安心して暮らしていくことが出来ます」
「アンネリーゼ、お前も大切な家族の一員だ。
ベネゼン伯爵家の長男といえば、社交界でも有名な女好きであちこちに愛人を作っては別れていると聞く。
そんな奴のところに、可愛い娘をくれてやる訳にはいかないんだ」
「お父様、これまで愛情を持って大切に育ててくださり、本当にありがとうございます。
ですが、覚悟を決めた上での決断ですので…引き返すつもりはありません」
「アンネリーゼ…お前はこう見えても頑固だから、いくら止めても聞く気は無いのだろうな…
私が不甲斐ないばかりにお前に負担をかけて…本当にすまない…」
「お父様は間違ったことなどしていませんわ。
私も全てを把握した訳ではございませんが、今回の件…状況といい提出された証拠といい、あまりに完璧に出来すぎていました。
まるで着々と誰かが準備をしていたかのような…
とにかく、お父様は密輸などしていないのですから、堂々としていてくだされば良いのです」
それから数日後、アンネリーゼとアークの婚約が決まったという話題で世間は持ちきりになった。
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気分の良くない噂話を囁かれたり、好奇の目で見られることにも随分と慣れてきた頃だった。
世間を騒がせた婚約を終えてから初めて参加する社交界の場で、アンネリーゼはベネゼン伯爵から任された役目を全うするため、忙しくあちこちを駆け回っていた。
「もう、アーク卿はどこに……はぁ…」
まさに両手に花…というか、両手どころじゃないくらいに数名の華美な女性を連れながら歩いているアークの後ろ姿を見つけた時には、アンネリーゼも思わずため息をついてしまう程だった。
「アーク卿、今日だけは私と踊っていただくお約束ではありませんでしたか…?」
そう言ってアンネリーゼが声を掛けると、アークは面倒くさそうな表情で振り返った。
「ああん?……チッ、分かったよ。
気が向いたら後で行ってやるから、一人で先に行って待ってろ」
アンネリーゼをあしらうようにして冷たく言い放つと、アークは再び女性達を連れてどこかへと消えていった。
その光景を見ていたリオルドが、アンネリーゼを心配して声を掛けてきた。
その隣には、見せつけるかのようにピッタリと寄り添うミリアンがいた。
「アンネ…大丈夫か?
どうしてあのような方と婚約なんて…」
「リオルド様…いえ、リオルド殿下、ミリアン様。
この度はご婚約、おめでとうございます。
私のことはご心配には及びませんので、どうかお気になさらずに…」
公に結ばれた二人の姿を見ても何とか気丈に振る舞おうとするアンネリーゼを、ミリアンが嘲笑うようにして言った。
「まぁ!お金に釣られて、あの女たらしで有名なアーク卿と婚約を結んだっていうのは本当だったのね!?
可哀想だけれど…見た目だけなら結構お似合いよ?
ふふっ、リオルド様行きましょう?
皆様にご挨拶して回らないとですわ」
「…っミリアン!……すまない、失礼する」
かつて一番側で支える心構えをしていた相手であるリオルドと、その場所に立つ資格を得たミリアンが去っていく姿を見て、アンネリーゼは泣きそうな気持ちになった。
結局、ダンスホールで待っていてもアークがやって来ることはなく、アンネリーゼは再び探しにいくことになった。
一歩会場の外へと出てみると、すぐにアークは見つかった。
流石のアンネリーゼも怒りが込み上げてきたが、知り合って間もない人間に文句を言う気にもならず、淡々と事実だけを述べることにした。
「アーク卿、そろそろパーティーが終了してしまいます。
今日は必ず二人で過ごす時間を作るよう、お義父様からも再三言われておりますので…どうか一曲だけで構いませんから、私と踊っていただけませんか?」
「…チッ…アンタうざっ、ちょっとは察しろよな。
あ〜もうやめやめ、親父からは結構な金が入って来るからしばらくの間我慢しろって言われてたけど…アンタくそ真面目だし全然タイプじゃないんだよね。
悪いけど俺はアンタと踊る気なんてさらさら無いから、どっか行っててくれる?」
「え…っと…金銭の援助を受けているのはこちら側なのですが…?」
「はぁ?アンタこれだけ言われて、気にすんのソコかよ」
「その話、僕にも詳しく聞かせてもらえるか?」
どこから聞いていたのか、真剣な眼差しをしたリオルドが現れるとそう言った。
その時リオルドの隣には、ミリアンの姿は見当たらなかった。
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それから数週間経った後、急遽王宮主催の大規模パーティが開かれることが発表され、社交界に通ずる殆どの人間が招待客として呼ばれていた。
前代未聞の参加者数が見込まれ、会場として使われる王宮内のダンスホールだけでは、招待客が入りきらない事態が起こることが容易に想像できる程の、異例のパーティーになりそうだった。
ミリアンの父であるアドレイユ侯爵はもちろん、アンネリーゼの父であるルシウスも例外なく呼ばれ、アンネリーゼはルシウスと共に王宮へと向かった。
王宮に到着してすぐ、リオルドから言付けを授かっていたアンネリーゼはルシウスを連れ、会場内で王族席の次に目立つ位置にある用意されていた席へと着席した。
そこに集まっていたのはアンネリーゼ達だけではなく、怪訝そうな顔をしているアドレイユ侯爵とミリアン、そしておどおどしながら落ち着きがない様子のベネゼン伯爵と飄々とした態度で女の子に手を振るアークの姿があった。
これから何が起こるのかとザワつき始めた招待客のタイミングを見計らって、ロナウド国王とリオルドが登場した。
ロナウド国王は招待客に挨拶をすると早々に腰をかけ、リオルドへと主導権を委ねた。
「皆の者、まずはこの場にお集まりいただいたこと、感謝する。
今宵のパーティーを開始する前に、リオルドから少々話したいことがあるそうだ。
耳を傾けて聞いてもらえればと思う。
私からは以上だ。ではリオルド、頼んだぞ」
「はい、父上。
皆様、本日はお越しいただきありがとうございます。
私の話を始める前に、皆様に報告したいことがあると名乗り出てきた人物がいます。
ではどうぞ、アーク卿」
リオルドに指名されたアークが気だるげに話し始めた。
「んぁ?…はいはい。
俺とコイツ…えーっと、アンタ名前なんだっけ?」
突然隣に座っていたアークに名前を聞かれ、驚きながらもアンネリーゼは淡々と答えた。
「アンネリーゼです」
「長ぇな、アンタそんな名前だったんだ?
俺とアン……の婚約は、今この場をもって破棄とさせてもらう!
異論も意見も認めねぇ、以上!」
「なっ…!うちの娘を何だと思っているんだ!?」
「…え?ちょっ……本気で仰ってますか?」
この場にそぐわないあまりの突飛な発言に、ルシウスは憤慨し、アンネリーゼもたじろぎながら真偽を問いかけた。
「だから、異論は認めねぇって。
あー…ちなみに一度婚約者になったとは言っても、アンは全く俺のタイプじゃなかったんでな…指一本触れてねぇことは約束する。
…いや、握手くらいはしたか?」
「いえ…こちらからは差し出したのですが、握ってはいただけませんでした」
「ははっ!悪ぃ悪ぃ…アンは見た目の通り根に持つタイプなんだな!
ってことで…マジで指一本すら触れてないそうなんで、次のヤツは安心して引き取ってやってくれよな!
さぁ、俺からの話は以上だぜ?王太子様よぉ」
「…もう少しちゃんとした物言いをしてくれると嬉しかったのだが、ありがとう。
たった今、アーク卿とアンネリーゼ嬢の婚約は解消されることとなった。
そして、私からも皆様に報告がある。
私リオルド・バルティーユは、ミリアン・アドレイユ嬢との婚約を破棄することをここに宣言する!」
「なっ…何ですって!?」
「リオルド殿下…!これは一体どういうことでしょうか!?」
突然のリオルドからの婚約破棄宣言に、ミリアンとアドレイユ侯爵は焦りを見せていた。
招待客達のザワつく声が収まらない中、リオルドはことの経緯を説明し始めた。
「皆様、数ヶ月前にシルスタイン商会が密輸の罪で処罰されたことは覚えていますか?
定期的な抜き打ち物流審査の際、シルスタイン商会が隣国から運んできた積荷の中には申告されていない異国の貴重な物資が含まれており、秘密裏に運ばれてきた積荷だという扱いで密輸の罪に問われた。
当時、証拠や証言はたった一日足らずの間に完璧に用意されており、疑いようもない事実だとして処遇が決められたのだが…私は王太子の権限を使い、この件を再び徹底して調べ直した!
すると、必ず浮上してくる名前があった。
…アドレイユ卿、どういうことかご説明願えますか?」
「……!?リオルド殿下、それは…どういう意味でしょうか?」
「お父様…?」
冷や汗をかきながら首を傾げるアドレイユ卿と隣で戸惑っているミリアンに、リオルドは冷たい目線で失望した様子を見せながら言った。
「自白でもするならば、少しくらいは罪を軽くしてやってもいいと思ったが…時間の無駄だったな。
シルスタイン卿、当時の取り調べで仰っていた抜き打ち審査を受ける前の出来事をご説明願えますか?」
「あ、ああ…当時、我が商会の刻印の入った積荷は18箱だった。
いつも通り国境跨ぎの際に積荷を確認すると、身に覚えのない1箱が増えていて、確認が済むまでは通関場で保管しておいてもらおうとしたんだ。
だが、置いていかれては困ると懇願され、とりあえず本国まで運んできてから確認をしようとしたところで抜き打ち審査が……」
「シルスタイン卿、ありがとうございます。
当時国境付近で荷下ろしの作業を担当していた者達は、そんな積荷などなかったと全員が同じ証言をしていました。
しかし、私が現地に赴いて調査を行なっていることに焦った彼らは、すんなりと口を割りました。
あの時、"この積荷をシルスタイン商会に渡せば、報酬はあなた達のものです"と書かれたメモと一緒に置かれた1箱の積荷と、多額の現金が置いてあった…と。
そして、こうも証言しています。
あの積荷は、アドレイユ商会の列車が出た後に見つかった…と」
それを聞いたアドレイユ侯爵が、必死にリオルドに食ってかかる。
「そんな不確かな証言だけで、私達を疑っているのではありませんな…!?」
「もちろん理由はそれだけではありません。
今回密輸と判断された異国の貴重な物資を、手に入れられる商会はそう多くはないでしょう。
例えば、アドレイユ商会のように幅広い地域で事業を行なっている商会ならば話は別ですが…」
「ほう…リオルド殿下は随分と知見が足りないようですな?
異国の果物など、移送ルートが整備されている現在ならば、小さな商会でも手に入れる事は十分可能ですぞ」
「そうでしたか…それは知りませんでした。
ですが、アドレイユ卿はなぜ異国の貴重な物資が"果物"だとお分かりに?
それを知っているのは王宮内でもごく僅かな人間と、積荷の真の持ち主…ではないでしょうか?」
ニコッと微笑んだリオルドに、アドレイユ卿は焦った様子で答えた。
「……っ!そ、それは…そのような話を聞いたからです!」
「一体、誰から聞いたのですか?」
「と、当時、抜き打ち審査を担当していた者からだ!」
「ああ、その線も確かにあり得ますね。
ですが、抜き打ち審査の担当者と繋がりがあるというのは困りますね…
そして、重要な情報を簡単に漏らしてしまうその担当者の名前や特徴を聞かせていただけますか?
こちらでも、それ相応の対処をしなければなりませんので」
「……っ!わ、私は積荷など知らん!」
「往生際が悪いですね…ではもう一つ教えましょうか。
本日の抜き打ち審査で、アドレイユ商会の積荷から申告されていない異国の果物や酒、嗜好品などが大量に見つかりました」
「なっ…!今日は抜き打ち審査は行われないはずじゃ…!?」
「その情報は、マルクス宰相から聞いたのですか?」
「あいつ…!私を謀ったのか!?」
「彼は既に捕縛され、全てを自白しましたよ。
あなたに抜き打ち審査が行われる日程を教える事で、金銭を受け取っていた…と。
その彼ですら、シルスタイン商会が密輸したものが果物であるということは知りませんでした。
それなのになぜ、アドレイユ卿は知っているのか…それは貴方が、シルスタイン商会を嵌めるために罠を仕組んだ張本人だからですよ!」
「……くっ…!」
「お父様!?」
リオルドに問い詰められ、悔しそうに顔を歪ませるアドレイユ侯爵に、ミリアンが縋りつくようにして叫ぶ。
その様子を見て、リオルドは更に話を続けた。
「ミリアン嬢、君は多額の資金を援助する約束で、ベネゼン伯爵に息子であるアーク卿をアンネリーゼ嬢と婚約させるよう仕向けたね?」
「なっ…!何のことだか、分かりませんわ!?」
「そう…残念だよ。君は父親によく似ているんだね。
匿名で援助を名乗り出ていたようだけれど…資金の動きを調べれば分かることだろう。
今回は運良く、調べずとも分かってしまったんだけれどね」
横から話に入ってきたアークが、ミリアンを笑い飛ばしながら理由を説明した。
「アンタが金を運ばせた運び屋が、俺の彼女の知り合いだったんだよね〜。
ハハッ!運が悪かったなぁ〜ご愁傷様」
「アーーッ!!許さない…許さないっ!あの男っ…!!
………!!リオルド様…!ち、違いますの、これは…!」
取り乱したミリアンが必死で取り繕おうとするが、リオルドは冷ややかな目で見下ろすと静かに言った。
「今度アンネリーゼに何かしようとしたら、僕は君を一生許さないよ」
「ひっ…!」
「さあ皆様、これが僕がミリアン・アドレイユ侯爵令嬢と婚約破棄をする理由だ。
文句のある人は…いないよね?」
リオルドがニコリと笑いながらそう問いかけると、アドレイユ親子が断罪される様子を黙って見ていた招待客達が戸惑いながらも拍手で答えた。
「ありがとう。
皆様には今宵、新しい僕の婚約者を……いや、妻になって欲しいと心から願っている女性をご紹介したい」
リオルドは一段下のフロアまで降りてくると、アンネリーゼの目の前で跪きながら手を差し出して言った。
「アンネリーゼ・シルスタイン嬢、僕と生涯を共にしていただけませんか?」
「……リオルド様……はい…っ……よろしくお願い…いたします」
アンネリーゼは嬉しさでポロポロと涙を流すと、そっとリオルドの手を取って微笑んだ。
絶望に打ちひしがれているアドレイユ親子の横で、家門の汚名を返上したルシウスとアンネリーゼの幸せを祝福するかのように、会場内は拍手喝采に包まれた。
リオルドはもう絶対に離さないという意志を込めるかのようにアンネリーゼの手を握りしめると、甘い声で囁いた。
「アンネ、大好きだよ」
アンネリーゼは嬉しそうに微笑むと、リオルドの気持ちに応えるようにして言った。
「私もです…リオルド様」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
数ヶ月後…
20歳を迎えた次期国王リオルドの隣には、純白の衣装に身を包んだ美しいアンネリーゼの姿があった。
ロナウド国王は幸せそうな二人の姿を見て嬉しそうに微笑むと、祝福に集まった民衆に向かって高らかに宣言した。
「今日ここに結ばれた、若き二人に大いなる祝福を!」
ワァアアー!と民衆が盛り上がり、国中がリオルドとアンネリーゼの結婚を心から祝福した。
読んでくださりありがとうございます!
気分転換に…と、初めて短編を書いてみました。
気に入っていただけると嬉しいです。
連載中の作品「モブに転生した私は、ヒロインの取り巻きやめて悪役令嬢を応援します!」も良ければ応援よろしくお願いします(^^)