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第9話 「自由の会②」

 僕は今、屋上にいる。

 僕だけじゃなかった。

 オズもいる。


 そして、夜。


 真っ暗闇が二人を覆い、月は僕らから目を離せない。

 これじゃ見世物小屋だ。

 でも咄嗟に自分に言い聞かす。

 これは正義だ。未来だ。自分だ。解放だ。勇気だ。一步だ。


 自由だ。


 自らの権利を勝ち取るために僕はいる。

 足はプルプル震えるけど、これは未来への喜びだ。

 喜びの讃歌だ。

 体全体が楽器になり、勝利の聖歌隊が前へ進む。

 

 敗北なんて存在しない。

 あるのは勝利か、死かだ。

 死は怖くない。

 自由だからだ。

 解放だからだ。

 1回死にかけたのは忘れよう。

 そのときチビリかけたのも忘れよう。

 

 僕は今、ここにいる。


 そして、ここにしかいない。

 

 現在というその1点に生が集中しているのだ。

 他のどこにも存在しない。

 どこにだって居たくない。

 自分が信じるこの世界で、1度は勝利を勝ち取りたい。

 自由を勝ち取りたい。

 

 僕はここで、この軽くて頼りない存在を許すのだ。

 

 あの教務区の明かりのように、闇の中に炎は灯る。

 僕は必死に油を注ぐ。

 バケツいっぱい油を注ぐ。

 体全体が燃えそうだ。

 いや燃やすんだ!


 燃やせ!

 燃やせ!


 か弱い灯は、業火となる。

 

 冷たい風が吹いた。

 火が消えそうだ。

 あれ案外早く消える?

 いや消えても構わないのではなかったか。

 構わないのか。

 構うのか。

 どっちだ。

 僕は改めて心に問うた。

 

「怖いのか?」



「怖いですめちゃくちゃ怖いです。なんでこんなことになったの。そもそもオズが自由の会だなんだと言い出してそれもそもそも良くわからないし頭おかしいし、僕は善良な一学生としてソコソコにコソコソと真面目に生きて大人になって官職について美しい女性と結婚して暇な時間は読書をして馬に乗って芸術を嗜んでオッサンになったら家族と優雅に暮らして老後は飼い猫に指を噛まれて大きなお庭で雲の数を数えながら死んでいきたいのにどうしてこうなった」


 僕は生涯で最も速く回転した頭で考えた。

 どうすればここから逃げられる?

 そもそもどうすれば良かったんだ?

 まず何とか逃げる。

 手遅れになる前に!! 

 

 そう思ってオズを見ると、


 彼はあっさり引き金を引いた。




 ちょっt




⋯⋯




 なぜこうなったのか、改めて整理しよう。


 まずフランソワ先生の元へ直談判に行った。

 あのときオズはハッキリと宣言した。

 

「僕は、自由の会を設立します」と。


 そもそも自由の会とは何か。

 彼の証言によると、


「自由の会とは、自由を勝ち取るための会です」


 そのままじゃねえか。


「設立に当たり、僕は自由宣言を発表します。

 まずはこれを読み上げましょう」


 オズは懐から巻物のようなものを取り出した。

 そして堂々と読み上げる。


「自由とは、他を害しない一切のことをなしうる能力のことをいう。

 この自由権の行使を妨げることはどんな立場の人間であれ出来はしない。

 そして自由とは相対的なものであり、また相互的なものである。

 つまり社会全体の強い協力の下にのみ、初めて存在し得るのだ。

 よって、ここにあなた方教師に対して、自由権の保障を求める」


 一切の淀みなく読み終えると、彼は先生の目を射抜くように見つめた。

 最後は眼力でいくらしい。

 これじゃまるで抵抗運動だ。

 圧政に苦しんだ民衆が革命を起こすかのように、ほとばしる興奮を放射している。


 しかし、その興奮は怒りではない。

 正義ではない。

 情熱ではない

 悲しみでは断じてない。


 面白さだ。


 ただただ面白いのだ。

 オズにとって世界は遊び場で、自分はそれを管理するゲームマスターなのだ。

 マルス家に生まれた彼はそれを出来るだけの権力を持っており、誇るべき生来の悪知恵も備わっている。

 

 初めて会ったとき、僕は戦慄すると同時にロイと近しいものを感じた。

 その自由の性質は少々異なってはいるけど、何か親近感を覚えた。

 こうして僕、ロイ、オズの友達いない三銃士は見事に三角形を形成するようになり、お互いをウザがりつつも友達になったのだ。

 良好な関係かは分からないけど。

 


 そして自由宣言に対する先生の返答はこうだった。


「いや無理」



 あっさり過ぎる。

 あまりにもあっさり過ぎる。

 正直僕もついて行けてなかったけど、流石にここまで即答されると可哀想になってくる。


「君は、教師と生徒の間に上下関係があるのが気に入らないようだが、これを無くすことは残念ながら出来ない」 


「なぜか?」


「教育とは押しつけだからだ」


「私達は君たちに神学を押しつけている。

 数学を押しつけている。

 歴史を押しつけている。

 勉強を、押しつけている」


「だから上下関係がいるんだ。

 これがないと勉強をしないだろう?」


「別に君たちのためじゃない。

 もっと大きなモノのためだ。

 もっと巨大な存在のために、君たちは今ここにいる。

 分かるかね?」


 先生はとても優しい。

 こんなどうでもいい生徒の妄言にまでしっかり付き合ってくれる。

 

 オズは苦い顔をした。

 こんな顔は初めて見た。


「⋯⋯確かにそうですね。

 しかし、主体性も重要ではないでしょうか?

 ここは監獄です。

 これでは発揮できるものも発揮できません」

「主体性か⋯

 確かに必要とされる場面はあるかもしれない。

 しかし、この学院では1セクトほども必要とされてない。

 それがこの学院の方針だ。

 それに、君は全生徒の代表のような口ぶりをしているが、それは君の自己満足ではないのかね?」


「⋯いや⋯それは⋯」


 終わりだ。

 僕は負けが確定したオズを見るのが面白かったけど、そもそも自分も共犯者であることにすぐに気づいた。


「⋯確かに反論はできませんね。

 であれば、僕もやり方を変えます」

「ほう。

 実に楽しみだ」


 そう言い終わると、オズは部屋を出ていった。


 取り残されてしまった。

 というか一言も喋ってないじゃん。

 僕は何をしに来たのだろうか。

 何か言えば良かったのか。

 いや何も言わないほうが良かった。

 良かった。

 良かった⋯


「君も大変だねえ。

 ハルくん」


 先生は突然、風のような笑顔で言った。


「あ、えっそうですね⋯」


 僕は石のような口調で言った。


「君を見てるとお兄さんのことを思い出すよ。

 嵐のような男だった。

 そのくせ、穏やかな川の流れのようでもあった」

「はぁ⋯」


 僕は唐突な兄の話に驚きつつも、何だか嬉しかった。

 固まった心がほぐれるのを感じた。


「養子に出されてからは会ってないんだよね?」

「はい」

「じゃあ会えると良いね。

 いやきっと会える。

 どうせどこかをほっつき歩いてるだろうから」


 そう先生は穏やかに言ったけど、僕は何だかこそばゆくなり、お礼と謝罪を言って退出した。



 教室に戻るとオズがいた。

 もう放課後なので、他には誰もいない。

 彼はイスに腰掛け、何かを書いている。


「これからどうすんの?」

「もちろん第二の矢を放ちます。

 フランソワ先生なら承諾してくれると思ったのですが⋯」


 少し残念そうな顔をしたオズは手元に目を移したが、すぐにこちらを向いた。 

  

「これを見てください」


 そう言うと、ノート用の石板をこちらに渡してきた。

 それには汚い字でこう書いてある。


 『1ヶ月以内に自由権の保障をしてください(詳細はフランソワ先生に)。

  さもないと、教務区を爆破します。』


 まさかの爆破予告。

 力技じゃねえか。


「いやいや流石に無理だって」

「別に保証してくれれば何もしませんよ」


 そういう問題じゃない。


「まあ爆破するのも悪くないですけどね」


 オズはニコニコしながらそう言った。

 実に楽しそうだ。

 実に恨めしい。



 とはいえ1ヶ月もあれば、先生との間で何か話し合いがあるだろう。

 そう思い、僕はそのことをすっかり忘れていた。




⋯⋯




 ドオオォォォォォォォォォォォォォォォンンンン!!!!!




 そして見事に交渉決裂。

 今に至る。


 オズは持参した魔砲にこれでもかと炎魔術を詰め込み、屋上から斜め下に向けて発射した。

 そして空中で爆発。


 だめだ。

 終わった。

 逃げよう!!


 流石に直撃させるわけではなく、窓が割れない程度に爆心地は離してある。

 魔砲も彼の手作りなので凄い威力があるわけではない。


 ただ音がやばい。

 耳が引きちぎられるかと思った。

 まさに「爆破」といった感じだ。

 


「何だ何だ!?」

「おい上からだ!!」

「誰かいるぞ!!」


 やばい。


「オズワルドだ!!」

「やりやがったんだあいつ!!」

 

 どうやら僕は見つかってないらしい。

 とにかく逃げよう。

 そうして僕は出入り口に向かって走りだした。


「ハルくん!

 待ってください!」


 突然オズが叫んだ。

 走り出そうとした僕は腕を掴まれ、屋上のへりまで引っ張られた。

 そしてオズは魔砲を投げ捨て、


「何だよ!

 逃げるんだろ!?」

「今先生たちが登ってきています!

 行けば捕まりますよ!」

「じゃあどうしろっていうんだよ!」


 その瞬間、体が浮いた。

 文字通り、体が浮いた。



「飛び降ります!!!」



「へっ?」


 気づけば落下していた。

 うつ伏せの状態で落ちていた。

 体を切って抜ける風が、爆発したように耳に響く。

 体の中がぐちゃぐちゃになるような感触がする。

 

 しかしそれは一瞬の出来事で、気づけば目と鼻の先に地面が見えた。


突風(ラファール)


 地面に顔が接触しようとしたそのとき、フワッと体が浮いた。

 そして自動的に起き上がった。

 僕は、綺麗に着地していた。


 しかし、


「お前らああああああああああああ!!!」

「やばい!ミーホーです!!」


 右側から全力でミーホーが追ってきているのが見えた。

 毎日のランニングによって鍛えられた足腰は驚くべき強度を誇り、御年42の体を縦横無尽に動かしている。


 はえええ!!!

 追いつかれる!!!


岩石弾(アルジル)!!!』


 ミーホーの高らかな声と同時に、

 ギュウウゥゥンンン!!!!と凄まじい速さの岩が耳をかすった。


 殺す気かよ!!!!


 僕とオズは足が止まった。


「やばいって!!

 どうすんのこれ!?」

「僕が応戦します!!」


 そう言うとオズは敵の方を向き、足を開いて両手を構えた。

 僕は固唾をのむ。

 あっという間に数え切れないほどの炎の弾が出現する。

 大きさは拳大ほどだ。

 こいつは成績が悪い反面、魔術に関しては飛び抜けている。

 間違いなく学年一。

 いや学院一だ。


炎弾(アルドゥール)


 千の炎が放たれた。

 その速さと熱量は、迫りくる全てを焼き尽くさんとするほどだった。


土壁(ソル)


 いくつもの土の壁が空中に現れた。

 オズの炎を行き場を失い、空気中に散った。

 ミーホーも流石にベテラン魔術師、そう簡単には打ちとれない。


「まずいですね。

 流石に魔力量は敵いません。

 一気に決めなければ」


 そしてオズは再び両手を構えた。

 瞬時にたった1つの小さな灯火が出現する。

 それは永遠とも一瞬とも分からぬ時間をかけて、一気に肥大していく。

 

 熱い。

 ピリピリと皮膚がひりつく。

 太陽が目前にあるような、猛烈な熱気が僕を貫いた。



 数秒が経つ。

 まだ放たない。

 巨大な炎弾は急成長を繰り返す。


 その瞬間、ミーホーは右に飛び出した。

 直接オズを狙いに来たのだ。

 合わせて僕も飛び出し、


大水弾(エルヴェ・ヴァーグ)!!』


 頭ほどの水弾を発射した。

 僕に注意を向けきれていなかったのだろう。

 制御能力が上がった僕の弾は吸い込まれるように空中を進み、見事にミーホーの体に直撃した。

 ミーホーはよろめき、一瞬の隙をつくる。

 そして咄嗟に屈んだかと思うと、地面に両手をついた。 


大土壁(エルヴェ・テレストル)!!』


 もう放たれると思ったのか、先ほどの何倍もの大きさのあるドーム状の土壁が僕らを覆った。

 その半球の中には、僕とオズと巨大な炎塊しかなかった。


「オズ!!

 防がれるぞ!!!!」

「分かってる!!!!!!!!」


 オズは珍しく苛ついたように言った。

 若干の笑顔を浮かべてはいるけど、顔には大量の汗が吹き出ている。


 さらに数秒が経つ。

 灯火は成体と成った。

 それは校舎の2階に達するほどの、地上の太陽と化していた。



 そして、オズはニヤリと笑い、豪射した。




『──太陽の王(ソレイユ)──』




 風を切る凄まじい音と、魔砲を超える爆音が全身を駆け巡った。

 

 耳が⋯!!

 体が⋯⋯!!

 引きちぎれる⋯!!!!!


 爆風は僕の体を斜め後方に飛ばし、吹き飛んだドームが僕の体を受け止めることはなかった。


「っ⋯⋯!」


 地面に投げ出された。

 激しい痛みが全身を襲う。

 体中に擦り傷ができ、呼吸ができない。


「かっっっ!!!」


 無理矢理にでも空気を吸い込んだ。

 体はなんとか生きようとしていた。

 僕はなんとか生きようとした。


 そして、何とか立ち上がることができた。


 辺りは静寂に包まれている。

 


 すると、

 

「チャンスです!!

 逃げましょう!!」


 同じく吹っ飛んだオズが叫んだ。

 

「ああ!!」


 僕も叫んだ。


 後ろを振り向きひたすら走る。

 勝手に足は動いた。

 前へ、前へ、

 止まることなく、振り向くことなく走った。


 正門を抜け街に出る。

 もう人っ子一人おらず、僕らに注目する人間なんて誰一人としていなかった。


 月だけが、僕らを見ていた。



⋯⋯



 屋敷までの道のりが、長かったのか短かったのかはよく分からない。

 気づけばオズはおらず、僕は門の前にいた。

 足を止めたとき、急激に痛みが走った。

 最近ランニングをサボっているせいだろうか。


 もう真っ暗闇。

 きっとロイは寝ているだろう。

 どうせ怒られることも叱られることもないだろうけど、そーっと屋敷に入った。


 

 自室にたどり着き、おもむろにベッドに倒れる。

 そんな僕の心の中には、あの雄大な太陽の姿とワクワクだけが、大きな渦を形成していた。


  

 

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