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第7話 「トリス聖アンナ学院」

 あの事件以降、ダラダラと平凡な日々が続き、気づけば2年が経っていた。

 

 数週間ほどの休みが明け、今日から学校が再開する。

 あと少しで屋敷を出る時間だ。


 僕が通うのは「トリス聖アンナ学院」。

 100年前くらいに聖職者によって設立された学校だ。

 

 場所は屋敷の東側で、他の領地からも学生が来る。

 僕はすぐ近くに住んでいるので屋敷から登校するけど、遠方から来る人達は寄宿舎で寝泊まりをしている。


 羨ましい。


 僕はもう14歳だ。

 学校は10歳から15歳までの6年間通うことになるので、学校生活は今年、来年の2年間しか残されていない。

 人生の大きな分かれ道に、少しずつ差し掛かっている気がした。



「おはよう、ハル」


 寝ぼけ眼のロイだ。


「おはよう、ロイ」


 寝ぼけ眼の僕は同じように返した。

 大体朝っぱらなんて喋るものじゃない。

 まだ頭がぼやけているのに、急に労力のいることをすると疲れてしまう。


「宿題やった?」

「もちろん」


 大岩のように巨大で重々しい宿題は、僕らの心をグシャリと押し潰してしまうほどだった。

 でも、僕は終わらせた。

 ロイは終わってないと思うけど。


「ロイは?」

「終わってない!!」


 自信満々に言いやがった。

 とはいえ他人の手を借りようとしなかったことは褒めてやるべきかもしれない。

 いや、終わってないからだめか。


 そんなこんなで、僕らは革のバッグを肩に掛け、学校という名の鉄檻に向かうことにした。



「忘れ物です!!

 ロイ兄!!」

 

 と、玄関の戸を開けたそのとき、姐さんが走ってきた。

 綺麗な金髪は左右に揺れ、風になびく小麦畑に似ている。


「はぁ⋯

 なんとか間に合いました」

 

 姐さんはもう11歳。

 家庭内での立ち回りは既に達人の域に達している。

 まったく頭が上がらない。


「教科書を忘れてどうするのですか。

 まあそれすら覚えられないのであれば、成績が悪いのも仕方ないですね」


 姐さんは独り言のように言った。

 でも、その言葉は瞬時にロイの胸を貫いた。


「ちゃんと持って行くから!!

 ほっといてくれよ!!」


 相変わらずツンケンしているロイ。

 こんな態度だけど、父の死の1件から妹をより気にかけるようになった気がする。

 

 あれからこの家もだいぶ傾いた。

 主に、当主を誰に据えるのか。

 まだ仮決定中であり、正式には決まっていない。

 流石に今からロイが就任することはないと思う。

 だけど、これは彼の未来と隣り合わせの問題で、その心に暗い影を落としているようだった。


「では行ってらっしゃいませ。

 お二方」


 姐さんは別の学校に行くので、登校時間は少しずれる。

 トリス聖アンナ学院はほとんどが男で、女子は数人しかいない。

 当然その女子達は男どもの視線を一点に集めることになる。

 そんな魔物達の巣窟に、姐さんを放り込むわけにはいかない!!


「何ぼやっとしているのですか。

 早く行って下さい。

 寒いです」


 怒られてしまった。



⋯⋯


 

 玄関を出ると左側に庭があり、2頭の馬と2人の使用人が待っている。

 正直僕は歩いていきたいんだけど、領主の子どもに許されるはずがない。


 登校中、ロイはあまり喋らなかった。

 最近はいつもこうだ。

 でも、今の彼の心情を細かく読み取ることは、未熟な僕には出来なかった。

 

 

⋯⋯ 

 


 学校に着いた。

 馬から降ろしてもらい、正門に向かう。

 門の両側には聖アンナの胸像があり、朝早くから出迎えてくださる。

 

 門から25セクトほど歩くと噴水の広場があり、そのさらに倍ほど先が本校舎だ。

 2階建てのレンガ造りで、正面から見て右側には小さな礼拝堂と寄宿舎があり、左側には会舎がある。

 会舎というのは主に課外活動を行うための施設だ。

 剣術会、芸術会、魔術会、共助会の4つがあり、授業が終わった後に集まり活動をしている。

 結構珍しい文化であることは、1年ほど経って知った。


 


 噴水の近くまで来た。

 中で泳げそうなほど大きい。

 右端の方に目をやると、何やら大砲のようなものを抱えている男がいる。

 僕は瞬時に嫌な予感がした。


 その男が大砲を構えた瞬間、

 


 ドオォォォォォォォォンンンン!!!!



 突然の爆音と水しぶき。

 僕らはびしょ濡れになった。


 周囲は阿鼻叫喚の嵐。

 甲高い声が響き、いくつもの怒号がそれを包んでいる。

 本校舎からは教師が飛び出してきた。

 もう何が何やらという感じだ。

 

 そして、恐らくその犯人であろうと思われる、いや犯人に違いない男がこちらに猛然と迫ってくるのが見えた。

 

 やっぱりこっちに来やがった。

 

 僕は咄嗟に礼拝堂の方に駆け出し、その男となるべく距離を離そうとした。

 だが、男はこっちに走ってくる。

 僕に罪をなすりつけようとしているのが見え見えだ。


 逃げ切ってやる!


 久しぶりに全力のダッシュをし、一瞬足がつりそうになったがなんとか耐えた。

 全力で腕を振り足を振る。

 先日中庭180周を迎えた僕の足は、まるで猛獣のように強靭になっていた。


 あと少しで礼拝堂。

 ここに入れば僕の勝ちだ。

 流石のアイツもここには追ってこれまい。

 そう思い後ろを振り返ると、立ち止まって辛そうに下を向いている男が見えた。

 どうやら大砲を抱えているせいで上手く走れないらしい。

 

 ざまあみやがれ。


 そうほくそ笑むと、右側から教師が走ってくるのが見えた。

 しかし男は動けない。

 ついに確保の時間だ。

 僕はそれを、悠々と見守った。

 

 

⋯⋯



 どうやら捕まったらしい。

 暴れる体力はないらしく、大人しく連行されていった。

 

 いやぁ~良いものが見れた。


 そうして僕は強い満足感を覚えると、ルンルンと礼拝堂の中に入った。

 そういえばロイのことを忘れていたが、既に本校舎の方に行っているらしい。

 

 


 学校に着いたら最初にすること。

 それはお祈りだ。

 ここは魔神教の聖職者によって建てられた学校だから、そのような決まりがある。


 魔神教とは魔神様を崇拝する宗教で、とても長い歴史を持っている。

 また、トリス王国やここら一帯では、最も普及している教えだと思う。

 

 その教えの中では、世界の成り立ちはこう記されている。

 人類が生まれるはるか昔、魔神は世界を3つに分けた。

 空、大地、海。

 そして生物を大地と海に住まわせ、自身は空から見守っているのだ、と。

 

 クラリス家のミドルネームである「クロノ」は、魔神教の洗礼名だ。

 それに合わせて僕も洗礼を受けたけど、正直信仰しているわけではない。

 だから、毎朝これからの授業を憂いながらお祈りをしている。

 


 しばらくして数人の生徒の祈りが終わり、僕の番がきた。

 僕は手を合わせ、長い時間お祈りをした。



⋯⋯



 やっと終わった。

 地味に時間がかる。

 最後の方はもはや意識が飛んでいるけど許して欲しい。

 まだ眠いのだ。

 

 大体、手を合わせるだけで魔神様が救ってくれるとは信じがたい。

 僕の人生はそんな軽いもんじゃないのだ。

 それにそんな簡単に救われたらたまったもんじゃないし、どうせならジワジワと救って欲しい。

 そっちの方が人生の重みを感じられる。

 

 ただ、もう祈り祈って数年が経過した。

 流石に長い。

 魔神様はいまだ救いの手を出し渋っているらしい。

 救うのか救わないのかハッキリしてくれ!


 そうやって愚痴りつつ、僕は本校舎に向かった。

  

 

⋯⋯



「ちょっと酷いじゃないですかハルくん!!」


 教室の扉を開けると、いきなり抗議の声が聞こえた。

 朝からうるさい。


「助けを求められたら必ず助ける、それが聖アンナ様の教えではないですか!!」


 助けを求められた覚えはないし、そんな教えを僕は知らない。

 そうやって人をおちょくるように話しかけてきたこの男、


 名をオズワルド・マテラ・マルス。


 僕と同じくらいの身長に、黒い短髪と白い肌。

 背中が折れるほどの猫背で常に生活をしている。

 

 何度折ってやろうと思ったかは分からない。

 頭の中ではもう100回は折っている。

 良心の天敵だ。


 またロイを超えるほどの問題児で、魔道具乱射事件にチョロ毛採取事件、学校迷宮改造事件、などなど⋯

 起こした事件は数知れず、被害者も被害総額も計り知れない。

 

 そして魔女のような恐ろしい笑みを四六時中維持し、入学早々周囲から白い目で見られていた。

 

 そんな男だが、実はトリス王国の3大領主の1つ「マルス家」の長男で、成績が底辺過ぎてこちらに左遷されてきた可哀想なヤツなのだ。

 加えて姉は優秀で、帝国魔術師団で大活躍しているらしい。

 

 しかし憐れむことなかれ。


 こいつはそんなこと微塵もコンプレックスに思っていないどころか、その成績は落ちるところを知らず、依然として底の見えない奈落を落下中なのだ。

 そして教室の席は成績順となっているのだが、案の定、長いヘビの尻尾を担当し続けている。

 もはや殿堂入りと言っていい。

 いや言ってやる。


 また、努力のドの字も知らず、というか拒絶し、しょうもない魔道具やしょうもない魔術の開発に日々を浪費している。

 さっきの噴水の爆発も、その「開発」の1つなんだろう。

 まったくはた迷惑なヤツだ。


「いや~また失敗してしまいました。

 もう少し威力を抑えられたら良かったのですが、まさか噴水が爆発してしまうとは⋯

 驚きですね」

「今度は何なんだ」

「”魔砲”ですよ。

 炎魔術を専用の弾に込めて発射するんです。

 どんな威力かと試しに噴水に打ち込んでみたのですが、失敗でした」


 相変わらず悪びれもしない。

 面白ければ何でも良いと思っているらしい。

 「そんなに人生は甘くないんだぞ」と直接頭の中にぶち込んでやりたい。

 そういう魔術はないのか。


 

 そうして若干イラつきつつも、僕は自分の席に着席した。

 あの事件以来、城のことが頭から離れない。

 そのせいで栄えある1番の席から何度か脱落しそうになったが、首の皮1枚繋げるために頑張ったのだ。

 

 オズのようにはなりたくない。

 僕はとにかく首席を維持し、サマルトリア帝国魔術大学に入学するんだ。

 

 でも、相変わらずあの城の姿は、僕の頭に張り付いていた。

 

 

⋯⋯



 オズをさっさと追い払い、授業の準備を始めようとしたそのとき、ガラッと扉が開いた。

 先生だ。

 いつもより早いな。


 そう思って教壇の方を向くと、ツカツカと入ってきた先生の横に、見覚えのない人物がいた。



「え~こちらの子は、今日から同じ学び舎で学ぶ新入生だ。

 さあ、自己紹介を」



「はじめまして。

 レイナ・ミレトスです。

 よろしくお願いします」



 そこには、右目に大きなアザのある、不思議な少女が立っていた。

 

 

 

 

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