<鈴木書記視点> 私立桜町第一高校その3
三番バッター、時計堂はいります!
だいぶ長文・乱文になってます……だって意外と楽しいんだもの。
勝手に海沿いの高校にしちゃいました。自分でも身勝手だと反省しております。
でも夏とか海で活動させたいんだ!
初夏というには早く、春というには木々が青々としすぎている五月晴れの空の下。クリーム色の校舎に一羽の海鳥が真白な羽を散らしながら、羽音を立てて舞い降りた。
海沿いの港町にある、私立桜町第一高校。その規模の大きさと、行事の盛大さでそれなりに名のある進学校である。それに上乗せして景色の良さや、ほどよく風に乗ってくる潮の香りなどもあって人気の高校だ。
その高校の、とある片隅の廊下。まだ昼間の余韻が漂ってはいるが、人気はなくなりつつある。学校という社会の空気から姿を消し、残るのはグラウンドで走り回る運動部の生徒のみ。
廊下にキュッキュというゴムの音を響かせながら、一人の少年が歩いていた。大きくもなければ小さくもない身長に、痩せても太ってもいない体形。世に言う、中肉中背。墨汁を垂らしたかのような艶のない髪と、その隙間からのぞく黒い目。特徴を上げるとしたら、その目つきがやや鋭いということぐらいか。十人並みの、ごくごく平凡な少年。
後々オレンジ色に染まるであろう光と影をまたぎつつ、彼はため息をついた。
あのとき、グー出さなければよかった。
いや、そもそもクラス委員がクラスで一人くらいは生徒会役員を出そうと言い出したからいけないのだ。字がきれいだからという理由で選ばれ、高校生になってまで真剣にじゃんけんをやらされるとは思わなかった。しかも負けるだなんて。
緩やかな潮風が窓から入り込み、額にかかる短い髪を揺らす。放課後の廊下には、帰り支度をする生徒たちとたびたびすれ違うのみ。それすらも、だんだんと数を減らしつつある廊下に靴が立てる足音が反響し、否応なく生徒会室に近付いていることを知らされる。頭を書いて、思わず嘆息した。
平凡な高校生たるもの、生徒会などに参加してはいけないものなのだが……。
窓の外を見ると、すがすがしい青空と艶やかな緑色の木々が広がっている。こんな日にバイクで走ったら気持ちがいいものだろうな。ゆったりと流れる雲に心をはせていると、何かがぶっ飛ぶ破壊音が鼓膜に響いたが、さして気にすることでもない。
まあ、生徒会なんてどこの高校でもだべってるだけだよなあ。生徒会役員に、そんな奇異な人材なんて集まらないだろうし。
そう思いなおすとまるでそれが揺るぎない真実のように思えて、足取りが軽くなる。一昔前のロックを口ずさみながら、誰もいない廊下を駆け足気味に歩き出した。
思惑、打ち砕かれたり。
「こんにち……って、ぎゃああああああああ!」
生徒会室に近付いてまず視界に入ったのは、廊下の藻屑と化した扉。まあなんと大胆にと称賛を贈っている場合でもなく、何事かと思って木片を飛び越え、あわてて中に飛び込んだ。
「ん、今は騒ぎ立てるとまずい状況なんだよね」
正面の机に、青空をバックに腰掛ける少女が楽しそうに口を開く。
眼鏡をかけた、ひとくくりの黒髪のつややかさが印象に残る少女。レンズの奥からは夏瞳の輝きと言い、その整った顔立ちと言い、中性的、つまりは誰もが惹かれるような顔立ちをしている。しかし表情は対照的に子供っぽく、アンバランスな魅力を醸し出していた。
「会長、これが一般の反応ですよ」
「なんでそこは平然としてるんだ!」
あと一般人認定ありがとう!
少女が座っているデスクに寄りかかった、ブラウンの髪と瞳の少年。高身長、それに伴ってすらりと伸びた華奢な手足と整った顔立ちは、どこかのアイドルかと錯覚してしまうほど。……まとめて言うと、美少年。
「……聞きますけど、どうして、扉が、木片になってるんですか!」
一言一言をくぎって、わかりやすく訊いてあげた。それに対する少女の返答は、理解に苦しむものだった。
「学校のドアが自動じゃないから」
「わけわかんねーよ! 教室の扉が自動ドアって、ここはスーパーか! 大型店か!」
ここまで来て、遅すぎるにしても自分の状況を一瞬にして悟った明晰さを褒めてほしい。……ここは、平凡な高校生がいるべき場所ではない!
「すみません。辞退させてください」
角度90度のお辞儀を披露し、一歩後退。そんな提案は、聞き心地の良い凛とした声に一蹴された。
「それこそ無理な話だよ、鈴木太郎書記」
少女が口にした名前に、思わず目を見開く。……言うまでもなく、自分の名前だ。正面で頬杖をつき、こちらに微笑みかけてくる少女をまじまじと見つめる。先ほど、隣の美少年は彼女のことを会長と呼んでいた。ということは、このたび生徒会長に就任した釘宮蓮とみて間違いなかろう。
1年にして異例の支持を獲得し、2年を跳ねのけて見事生徒会長の座に収まった少女、釘宮蓮。顔こそ見たことなかったが、噂だけは生徒たちのあいだを音速で飛び交っていたから知っている。……一応、自己紹介はしておいた方がいいんだよな。
「はじめまして。書記の鈴木太郎です」
「会長は1年で、僕は2年何だから敬語は結構ですよ」
そう言う自分が敬語なのはどうかと思うが、あえて突っ込まないことにした。頷きながらも、頭をかく。なかなかに規模が大きい学校なので知らない生徒は多数いるが、この人とはすれ違ったことすらない。
「えーっと、そっちは……」
「ああ、僕は真埼蒼空。役職は副会長です」
そう言って美少年――真崎は右手を差し出してきた。……おおう。握手なんてアメリカンなあいさつを求められたことはなかったので、フリーズしちまったよ。おずおずと差し出すと、ほのかに暖かい手をしっかりと握った。俺の手とは対照的に、白くてつるつるの肌だなあ……と、手の傷に感づかれる前に引っ込めようとしたが、がっちりとつかまれていては離せない。彼はブラウンの瞳を細めて、俺の手を眺めた。
「随分と、怪我をしてらっしゃったみたいですね」
「う、ん。まあね」
曖昧に笑ってごまかし、緩んだ手の隙間から抜け出す。内心では、ほっと息をついた。
大丈夫、あの時代の俺を知っている人間はいない。
気を紛らわせるように、会長の方を振り向いて素朴な疑問をぶつける。会長は、なにやら書類と必死に格闘していた。
「それにしても会長、なんでまた俺の名前を?」
「全校生徒の顔と名前ぐらい、覚えていて当然でしょ」
「…………」
絶句。この人がぶっ飛んでいるのは、見た目や行動だけではないらしい。
3年間、厄介な生活を送ってきました。
1年間、穏やかな日々を過ごしました。
あと2年、俺は、平凡に過ごせますか?
とんでもない厄介事を抱えてしまったと頭をかくと、ふと耳に入ってくるのは誰かの足音。ゆっくりと、入口の方に振り向く。
「来たね」
「来ましたね」
「…………」
ああ、イエスよ仏よマリア様よ。
次の被害者に、救済を。
いや、と考え直す。
ひょっとしたら、俺が一番の被害者では――?
人影が、入口から顔を出した。
なんだか、槍のように鋭いキラーパスのような。
次は椎名瑞夏さんですね。……とりあえず、ごめんなさい。
あと面倒をかけてしまっているMr.あいうさんに感謝の気持ちをこめて。
次回、楽しみにしております!