<鈴木書記視点> あまりに過激な鬼ごっこその3
テスト目前なのに、せっせと部屋の片づけ。そんな時計堂です。
無駄にサバイバルな話にしたくて、暴れさせました。
反省はしています。後悔は……どうだろう。
野明の奴、ちょろちょろと逃げ回りやがって!
空気が肌にべっとりと張り付いているような湿気の中、やわらかい土を蹴りあげて木々の間を走る。頬を擦ってはすれ違う深緑の葉が猛烈に鬱陶しく、目の前で飄々と揺れている白い服の端がさらに癪にさわった。
百円ショップから大量輸入した白Tシャツも、バックで爽やかな風(ミント配合)が吹いてますよと言わんばかりの美男子ならバッチリ似合ってしまっている。つーか体育会系のイケメンなんて死んでしまえ。真崎みたいなレベルだとまだ諦めがつくが、中途半端に一般人に近いと余計に嫌だ。いや、だからと言って顔がいいってことには変わりないんだけどね!
まあ、つまり言いたいのはだな、こいつの全身を赤で(ペンキである)汚してやらんと気がすまんという話だ。決して嫉妬などではないぞ。断じて。
「鈴木ぃー。そろそろ諦めたらどうだぁ?」
「はっはー。だ、れ、が、あ、き、ら、め、る、か、よっ!」
より一層強く地面を蹴る。べとべとの赤い液体を振り上げておっかけていると、ゾンビになったような気がしないでもない。そんな気分とは対照的に、挑発的な発言によって足に力がこもるのも事実だった。
しかし、力がこもっても体力が残り少ないことには変わりない。足に地球の重力が作用し始めているし、息も荒くなりつつある。そのくせ野明との距離は一向に縮まらない。
……こいつ、わざわざ届きそうで届かない距離を保って走ってやがるな。
大きく舌打ちしても、状況は変わらず。相変わらず筋肉の筋が悲鳴を上げている。最近運動をしていなかったから、なおさらのことだ。
ここは諦めて、他の獲物を狙うか……と、われながら殊勝な心がけをした直後。実に楽しそうに、木々の間から低い声が響いてきた。
「おまえ、主将の仲間の割には大したことねえなあ! そんなんじゃツッコミ役は務まらねえぞ!」
…………。キレた。
足もとで小枝がボキリという音を立てたのを最後に、地球からさようなら。風を切っての跳躍。久しぶりの感覚に、心臓が全身で脈打った。
木々のざわめく音も、蝉の鬱陶しい鳴き声も、全部切り捨ててのジャンプは約二メートルほどだっただろうか。視界の真下に目がくらむほどの白を捉え、まっすぐに急降下。気配を感じたのか振り向いた野明に向かって、一笑。
残念だったな、野明。余計な口さえ叩かなければ、勝てたかもしれねえのに。
俺は、能力を過小評価されるのが何より嫌いなんだよ。
激しい木々のぞよめきの後、俺の下には顔面から地面にキッスを果たした男の姿があった。にやりと唇の端を吊り上げて、笑う。
「おまえ、桜丘町在住のくせに鈴木太郎の名前知らないだなんて、平和な人生だったな」
「なっ、何者だよおまえ……」
頬が擦り切れてもやっぱり男前。俺は嫌がらせっぽく頬に粘着質な赤(言うまでもなくペンキ)を塗りつけてやる。先ほどの揺れで飛び去ってしまったらしく、蝉の声は聞こえない。
さて、どう名乗ったものだろう。考察して、思考して、苦悩してみた。しばらくして、出てきた結論は一つ。
「……普通の高校生かな」
足をどけて、土を払って立ち上がる。噴き出した汗が急速に冷えて、ほてった体を冷やしてくれる。それがたまらなく心地よくて、息を吸い込んだ。振り向きざまに足元を見下ろし、にやりと笑う。
「それじゃあな。イケメソこと野明」
逆恨みは果たした。もうおまえに用はない。幸あれ。
紅に染まった野明を(誰が何と言おうとペンキ)置いて一歩踏み出す。どこかでまた、被害者の断末魔が響き渡る。やってるやってると、小さくほくそ笑んだ。
木々の間を一陣の風が吹き抜け、潮の香りをここまで運んでくる。夏あたりは海での活動を言い渡されそうだな、という確信めいた予感という予感を伴って。
俺の名前は鈴木太郎。
かつて街を騒がせ、県下最強と謳われた喧嘩最強のヤンキーである。
「…………うぎゃ」
数歩進んだところで、膝を地面に着く。悲鳴にもならない声を上げて、腕もついた。
いっ……てえ。
久しぶりだったせいだろうか。腰と太ももの尋常でない痛みが筋肉とか骨とか肉体を震わせて、ご丁寧に脳まで運んでくださった。そんな交通網整備してなくていいよ肉体。かっこつけた後だから余計に痛い。どんな意味かは皆さんのご想像にお任せしよう。
「あー……だっせ」
ため息と、ため息。つーか呼吸。力を抜いて、泥も構わず地面にダイブした。砂利とかが頬の皮を削るけど、もーそんなのどうでもいい。
我、地に伏せたり。あとは任せたぜ。
コードネームポチ。戦闘不能による脱落。
あまりにししゃり出てしまったので、脱落させてみました。
普段運動してない人が縄跳びとかすると、動けなくなるよね(経験者)。
本の虫のくせに、なんで突然縄跳びを引っ張り出してしまったんだろう……。
お次は椎名さん。よろしくお願いします。




