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第7話

「喰らえやッ!」



 大きく咆えたヴェンダーがマリーへと腕を振り上げた。するとその腕が青い光に覆われていき、おとぎ話に出てくる獣人のような腕が出来上がる。腕の先端から伸びる鋭い爪がマリーの元へと迫った。


 マリーはその爪を薙刀で完全に受け流した。受け流したときの力を利用してマリーはヴェンダーに足払いを繰り出すが、その足も青い光に包まれており鋼鉄を殴ったような感覚を覚える。



「ハッ、効かねえ───うおッ!?」



 ヴェンダーが二ヤリと挑発するセリフを言い終わる前に、マリーはヴェンダーの足を巻き取って上下をひっくり返した。


 突然天と地を入れ替えられたヴェンダーは声を上げる暇もなく、マリーの薙刀がヴェンダーの鳩尾(みぞおち)を正確に打ち抜いた。ヴェンダーは凄まじい速度で吹っ飛んでいく。



「こんにゃろッ───」



 ヴェンダーは上下逆さまになった状態で地面に腕を突き刺して体の勢いを強引に殺してみせた。物理法則を無視したかのような挙動を見せたヴェンダーは一度大きく息を吐いて足を地面に降ろす。



「やるじゃねえか、いまのはほんの少し効いたぜ。こんな片田舎にお前みたいなやつがいるとはなぁ」


「貴様の見識が狭いだけだ。井の中の蛙大海を知らず、という格言は戦場ばかりを駆けまわる犬っころには理解しがたいものかな?」


「ハッ、俺を畜生扱いか。いいねぇ、俺相手にそんな啖呵をきれるやつはそういない」



 マリーの挑発をものともせず、男は心底面白いと言わんばかりの笑みを浮かべた。その表情からは余裕すら見て取れる。



「(それにしてもなんて異常な耐久力だ)」



 鳩尾は人間が鍛えることのできない急所の1つだ。ここを正確に撃ち抜かれれば、たとえいまマリーが使っている薙刀が鍛錬用の木製品であったとしても普通は息が出来なくなる。


 しかし、ヴェンダーの動きに淀みはなくそれほどダメージを受けたようには見えない。鋭い視線を飛ばしながらもマリーはヴェンダーの耐久力に内心驚愕していた。



「(しかし、さっきの突きはなんだ? 突きの速度と威力が釣り合わねえぞ)」



 マリーが驚く一方、ヴェンダーもまたマリーの技量に驚きを感じていた。マリーの突きは驚くほど正確で予想以上に威力があった。


 自分の鳩尾を狙った技量は見事なものだったのは認めよう。しかし、いくら突きが正確でも女が出せる威力では自分にダメージを通すことは不可能だ。そんな風に考えられるほど、ヴェンダーは自分の防御力に自信がある。



「(からくりはおそらくやつの不可視の攻撃)」



 魔獣を地面の染みにしたあの見えない攻撃。それを自分の鳩尾に向けて放ったのだとヴェンダーは感づいていた。だが、その見えない攻撃の正体が分からない。


 数々の戦場を駆け巡った自分にすら分からない攻撃を繰り出してきて、おまけに自分の攻撃を完璧に受け流す技量を持ったマリーはヴェンダーにとって強敵に違いなかった。



「ヴァナルカンド、もう一度聞かせてもらおう。お前の依頼主について、そして魔獣をここで放った理由について話せ」


「そこまで話してやる義理はねえな───どうしても聞き出したかったら殺すつもりで来いよ」



 突如、ヴェンダーが纏う気配が変わる。荒々しい猛獣のような気配だったのが、それに加えて血と硝煙と数多の死者の気配を纏わせる不気味なものへと変貌する。


 また1つ、ヴェンダーのギアが上がったのだ。



「……傭兵風情が。誰がわざわざ殺し合い(貴様らの土俵)まで降りて行ってやるものか。それこそ、貴様相手にそこまでしてやる義理は無い」


「ハハッ、ツレねえ女だ。だが、俺を殺すつもりで得物を振るった方がいいぞ。なにせ───ここへ来たのは俺だけじゃないからな」



 突然目の前で魔獣が燃えたことに驚いていると、森の方から人影が歩いてきていることにヨーゼルは気が付いた。



「ゴードンさん、ミシェルさん。子供たちを頼みます」



 この状況で現れた人影に警戒を覚えたヨーゼルはゴードンたちを後ろに下げて孤児院を出る。既に魔獣の亡骸は灰になっていた。


 月明りに照らされて人影がその姿をあらわにする。



「魔獣をいともあっさりと倒すとは、やるのう」



 人影の正体は、艶やかな黒い髪を後ろに束ねた眉目秀麗な男だった。男は袴を履いており腰には刀を差している。


 見た目は若いが、老人口調が妙に板についている。



「黒い髪に袴……東方人ですか」


「おぉ、そうだそうだ。袴を知っておるとはお主は我らの文化に詳しいようじゃな」


「えぇ、母が東方式の道場を営んでいますので他の方よりも多少は。それよりも、」



 ヨーゼルは持っていた刀を男へと向ける。



「ここにいる理由をお聞かせいただいても? 初対面の方にこのような無礼を働くのは大変心苦しいのですが、今夜は傭兵や魔獣と妙なやつらばかりと出会っている上に……貴方はどうやら魔獣についても詳しいようですから」


「うむ。お主の疑問はもっともだ。それに、正しい───私がここにいるのはお主がいまさっき倒した魔獣を連れて来たからよ」



 男がそう答えた瞬間、ヨーゼルが斬りかかった。並みの剣士では反応できない風の如き一刀を男は腰に差した刀を抜き放つことで受け止めた。



「ゴードンさん! 子供たちを連れて街に向かってくださいッ!」



 男と鍔迫り合いの形になったヨーゼルは後方にいるゴードンたちに叫んだ。



「(こいつもできる)」



 ヴェンダーとは種類の違う強者の気配をヨーゼルは男から感じ取っていた。ゆえに、本気でやり合えばゴードンたちを巻き込みかねないと判断して街への逃走を促したのだ。


 魔獣が闊歩しているかもしれない森を戦闘能力の無いものたちでいかせるのは、ヨーゼルにとって苦渋の決断だ。



「「ヨーゼルッ!」」


「早く行け! 邪魔だッ!」



 レイドとアリスが自分の名を呼ぶ声が聞こえたが、ヨーゼルは普段子供たちに使うことのない荒々しい口調で制した。男の動きに注視しながら背後にいるゴードンたちの気配が街へ向かっていくのをヨーゼルは感じ取る。



「お主、ずいぶんと慕われておるようじゃな。それなのによいのか、あのように言い放っても」


「ご忠告どうも。しかし、ご心配には及びません。あの子たちは相手の言葉の裏を推し量れるほどに賢い子たちです」


「よい信頼関係じゃな。見ていて微笑ましい」


「子供たちを危険に晒した張本人の癖に、どの口が言っている───ッ!」



 ヨーゼルは男の刀をかちあげて空いた胴体へ左手の片手一本突きを繰り出した。男はその突きをギリギリで回避するのに合わせてヨーゼルは刀の向きを変えて真一文字に刀を振るう。


 刀の急激な軌道変化に驚いた男はそれでもなんとか反応してバックステップで回避に成功する。


 しかし、ヨーゼルの攻撃はそこで終わりではなかった。



「───これは」



 ヨーゼルは≪空土(からつち)≫で空中へと躍り出た。青白く光る月を背に、ヨーゼルは男へと向けて刀を幾度となく振り下ろす。刀が虚空へ斬り込むたびに白い閃光が瞬いた。


 魔技≪渡り鳥≫を使用した飛ぶ斬撃による連続剣。千鳥(ちどり)と名付けられた斬撃の嵐が男を飲み込んだ。


 斬撃が地面に当たったおかげで土煙が舞い、男の様子は伺えない。



「(今ので倒せているわけはない。常に先手を取って削り切る)」



 そんな思考がヨーゼルの頭をよぎった瞬間、道場の方から凄まじい轟音が聞こえて来た。弾かれるようにヨーゼルがそちらに視線を向けると天に向かって竜巻が発生している。


 それがマリーとヴェンダーの戦闘の余波であることがヨーゼルにはすぐ理解できた。



「(先生があそこまで本気になるほどの相手なのか)」



 やはり早く加勢に行かなければと考えたヨーゼルを嘲笑うかのように目の前で赤い火柱が出現する。



「許せ、お主を侮っておった」



 土煙が晴れて男が無傷で姿を現す。黒い髪は赤く輝きその体には炎に包まれており男を守る盾のようにメラメラと燃え上がっていた。



「(炎を体に纏っている……まさか魔術か!?)」


「剣だけで相手をするのはお主に対して失礼よな。詫びの意味もかねて少々本気を出そう───白き髪の少年よ」



 男は再度刀を構える。



「どうか灰にはなってくれるなよ」

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