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第6話

 月の青白い光が僅かに森を照らしていた。それでも視界は悪く慎重に進まなければ地面の窪みに足を取られかねない。そんな中をヨーゼルは白い髪をなびかせながら疾走していた。トリステンに住んで10年のヨーゼルにとって、この森は庭も同然だ。白い閃光が瞬くように木々の間をすり抜けていく。



「(先生は大丈夫だろうか)」



 そんな考えが頭をよぎる。もちろんマリーがとてつもないほど強いことをヨーゼルは知っている。だが、相手は傭兵。依頼さえすれば金次第でいかなることも行う戦闘のプロだ。マリーであっても足元をすくわれる可能性はある。



「(それでも先生を信じるほかない)」



 ヨーゼルは頭を振って悪い考えを振り払い、近道のために小高い丘から飛び出した。


 空中に躍り出たヨーゼルは重力に従い落下することなく、≪空土(からつち)≫でむしろ空中を二度蹴って高度を上げる。空高く舞ったヨーゼルは、視線を下に向けて一帯の状況を確認した。


 熊───魔獣の足跡が見つかったという『飛び込み岩』の辺りをヨーゼルは確認する。魔獣の姿が見つからなかったので次に孤児院の方へと視線を向けた。


 明滅する紫色の光が見えた。先ほどの魔獣は紫色の炎を放っていたことを思い出したヨーゼルは1度舌打ちをした後、地面に着地して更に速度を上げて孤児院に向かう。


 孤児院に近付くほどに感じてしまう異様な気配。緊迫した状況の中、ヨーゼルの鋭くなった聴覚が風切り音をとらえた。


 一拍置かれて聞こえてくる子供たちの叫び声。

 

 ヨーゼルは急いで森を駆け抜ける。



「これは……?」



 ヨーゼルが森を抜けて孤児院へたどり着くと、石の建物であるはずの孤児院に五本の線が刻まれていた。


 そのせいで半壊した孤児院の隙間からゴードンとミシェルの背中に隠れて怯える子供たちの姿が見えた。パッと見た限り誰も怪我はしていないようだったので、ヨーゼルは少しだけ安心する。



「……aa……a」



 だが、安心したのも束の間。


 孤児院の前には二本の足で立つ大きな熊がおり、その事実がヨーゼルを現実に引き戻す。成人した人間の倍はある巨大な体躯が振り向いた。



「AAAAaaaaa───ッ!」



 ヨーゼルを見たその熊は森中に響くような巨大な咆哮をした。


 あまりに大きな音にヨーゼルは顔を歪ませるが、すぐに頭を切り替えて魔獣を冷静に分析する。熊は体を体毛で覆われていたが、その毛の下には葉脈のように無数の紫色の線が広がっていた。


 まるで心臓の鼓動のように明滅しているそれを見て、その熊が魔獸であるとヨーゼルは確信する。



「(一撃で決める)」



 戦闘が長引けば子供たちを巻き込むと考えたヨーゼルは、刀を鞘に入れたまま魔獣の懐へと飛び込んだ。


 驚いた魔獣が腕を振り上げる。魔獣の爪に紫色の光が収束していく。そのまま魔獣が鋭い爪を振り下ろそうとする前にヨーゼルが刀を抜き放つ。



「……a?」



 カキン、とヨーゼルが刀を鞘に納めた音が静かな森に響く。間抜けな顔をした魔獣の上半身と下半身がズルリと分かたれて地面へと落ちた。


 魔獣が死んだことを確認したヨーゼルは孤児院の扉を急いで開ける。



「みんな、大丈夫ですか!?」



 ゴードンとミシェル、そして子供たちがヨーゼルが魔獣を倒した姿を見て心底安心した表情をしていた。



「あぁ、大丈夫だ。ヨーゼル、本当によく来てくれた」


「あなたこそ大丈夫なのですか? どこか怪我などは」



 ヨーゼルのことを心配するゴードンとミシェルに大丈夫だと言ってヨーゼルは子供たちの元へと近付いた。子供たちはヨーゼルが来てくれたことで緊張の糸が切れてしまい泣き出してしまう。



「よーぜるぅ……」


「みんなよくパニックになりませんでしたね。えらいですよ。ゴードンさん、ミシェルさん。子供たちを連れて街へ向かいましょう」



 泣き出した子供たちを慰めながらヨーゼルは院長と副院長である2人に視線を向ける。



「ヨーゼル、何かあったのか」


「はい。どうやらさっきの熊は魔獣と呼ばれるものらしく、どこからか連れてこられたようです。道場の方に狼の姿をした魔獣と魔獣を連れて来た傭兵が現れました───他にも魔獣がいるかもしれません。ここは危険です」


「魔獣だと? しかし、そうか。魔法を使う獣、ということならこれも納得できる」



 ゴードンとミシェルが半壊した孤児院の天井や壁を見た。昼間に修理するべきかと話したばかりだが、建て直さなければならない状態になってしまっている。



「マリーは、どこにいるのですか?」


「魔獣を連れて来た傭兵と戦っています。みなさんを街まで避難させたあとは俺はそちらへ加勢に行くつもりです」



 ヨーゼルは再び子供たちに視線を向けた。そして、ヨーゼルは両手をそれぞれ2人の子供の頭へと乗せた。



「レイド、アリス。こんな状況でもあなたたちは泣いていませんね。素晴らしい精神力です」



 レイドとアリスはヨーゼルのことを見上げる。



「先ほども言った通り、俺は先生の元へ出来るだけ早く向かわなければなりません。そのためには街へあなた方を出来るだけ早く送り届ける必要があります。あなたたちをさっきの熊みたいなのがうろつているかもしれない場所に置いていくわけにはいきませんから」



 ヨーゼルが大事な話をしている。そのことを強く感じたレイドとアリスは耳をすませる。


 

「ですが、俺ができることには限りがあります。早く街へ行くにはみなさんの協力が必要不可欠です───レイド、アリス。このような状況でも冷静さを保つあなたたちの力を貸してください。ゴードンさんやミシェルさんとともに子供たちを先導していただけませんか?」



 街へ向かう最中、ヨーゼルは最後尾で魔獣の襲来に備えなければならない。そのため暗い夜道のなか泣き出した子供たちを先導する役割を別の人間がこなす必要がある。


 歳を取ったゴードンとミシェルだけでは足元の窪みを見落とすかもしれない。だからレイドとアリスにも先導してもらおう。そんな風にヨーゼルは考えたのだ。



「うん、分かった」


「……ヨーゼルがそう言うなら」



 昔からヨーゼルは子供たちに対する接し方が独特だった。子供とは庇護するべき存在だと考えるのではなく時には助けを借りていもいい対等な存在であるとヨーゼルは認識している。


 そういう大人の態度は子供に対して自分を見てくれているという確信を与える。


 そして、その確信が子供に自信を与えることになるのだ。それをヨーゼルが理解していたわけではない。だが、ヨーゼルの言葉は子供たちの心に深く響いた。


 レイドとアリスの瞳に必ず成し遂げるという決意が宿る。



「ありがとうございます。それでは───」



 街へと向かいましょう、と続けようとしたヨーゼルの言葉をある現象が遮った。


 ヨーゼルとゴードンとミシェル。さらには十数人の子供たちが見ている前で魔獣の亡骸が突然赤い炎に包まれたのだ。

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