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第5話

 眼前に迫って来る紫炎をヨーゼルは咄嗟に体を倒して回避する。


 床の上に転がり顔を上げると家の壁に穴が空いている光景が目に入るが壁の外は煙が上がっているため見ることができない。



「先生、無事ですかッ!」


「私は無事だ! お前は襲撃者から目を離すなッ!」



 声のする方向からマリーが武器を取りに行っていることにヨーゼルは気付く。ゆえに、ヨーゼルはマリーの忠告通り襲撃者へと意識を集中する。


 何者かに襲撃されたことは間違いない。だが、襲撃者の見当がつかなかった。


 腕試しにやってくる道場破りの類には慣れているがいきなり家の壁を破壊されたのはヨーゼルやマリーにとっても初めての経験だ。



「(それにしてもいまの炎はいったい……)」



 紫色の炎、という見慣れないものに疑問を持ったヨーゼルの前で煙が晴れる。



「……は?」



 煙が晴れて見えたものに、ヨーゼルは思わず間抜けな声を出した。


 大きく横に開かれた口から見える鋭い牙。

 獲物を捉え続ける高性能な長い鼻。

 暗闇の中でも周囲を把握し続ける大きな耳。


 そこにいたのはどこからどう見ても狼だった。しかし、その身に纏う紫色の炎だけがヨーゼルの頭の中にある狼の知識に合致しない。そして、何より周囲の森の気配が異様であった。


 目の前に不可解なものがいるのにも関わらず、風がそよぐ音や枝が触れ合う音がはっきりと聞こえたのだ。



「あれは魔獣だ!!! 気をつけろッ!!!」



 魔獣、という単語を聞き返そうとしたとき目の前の狼が吠えた。


 月明かりだけが頼りになる夜闇の中で狼が纏う炎はさらに大きく膨らみ、その腹の辺りが強く光って血管のようなものが体に浮かび上がっていく。



「───ッ!!!」



 カッ、と狼が大きく口を開いた瞬間。ヨーゼルは狼の前へと躍り出た。先ほどのような炎を口から吐こうとしているのを理解したヨーゼルは狼の頭を上から踵で踏み抜いた。


 紫色の閃光を溜めていた狼の口を強制的に下へと向けて地面にその咆哮を炸裂させる。


 ヨーゼルはそのまま爆風に乗って上空へと舞い上がりながらも狼へと視線を向ける。爆風によって巻き上げられた土煙でよく見えないが、土煙が紫色に光っているため十中八九やつは生きているだろう。


 次の瞬間、土煙を押しのけるようにいくつもの紫色の火球が飛び出してきた。ヨーゼルを狙った攻撃は土煙で狙いが定まっていないらしく火球はデタラメに飛んでいく。


 そのうちの1つが家に向かって飛んでいくのを確認したヨーゼルは、()()()()()()加速する。≪空土(からつち)≫、空中を足場にして飛び回る魔技である。


 家と火球の間にやって来たヨーゼルは火球を右腕で叩き落とした。体の上に気の膜を形成することで体を防護する魔技≪鋼皮功(カンシオ)≫のおかげでヨーゼルの右腕は無傷だ。


 ヨーゼルは地面へと着地して顔を上げる。土煙が晴れたそこには案の定狼が立っていた。


 狼の口と鼻は吹き飛び耳も片方欠けた有様だが周囲に漂う紫色の火球からヨーゼルに対する凄まじいほどの敵意を感じ取れた。


 狼が再び火球を放とうとしたとき、狼が見えない何かに殴られたように吹き飛んでいく。狼が吹き飛んでいった方向の真逆を見るとマリーが薙刀を振り抜いた体制で立っていた。狼は地面に倒れ伏しピクリとも動かなくない。


 止めだと言わんばかりに離れた位置で薙刀を振ると狼はぺしゃんこになって地面にめり込んだ。相変わらずえげつない、とヨーゼルが苦笑した。



「ヨーゼル、よくやった。お前がいなければ今頃この家は火事になっていたぞ」


「あの火球見かけより威力がなかったので、≪鋼皮功≫だけで叩き落とせました。というか、そんなことよりあれはなんですか? 先生は魔獣って言ってましたけど」


「魔法を使う動物のことだよ。童話なんかでたまに出てくるだろう?」



 魔法を操る獣、ゆえに魔獣。一部の地域でまれに目撃される存在が確認されている幻の生物。昔は本当に神話の生き物扱いされていたが、悲しいことに時代が進んだせいで魔力を浴びすぎて変異してしまったただの動物であることが分かっている。


 しかし、未だに人工的に魔獣を作れた人間はおらず個体数が少ないため研究が進んでいない生物である。そんなことがラウルから借りた本に書いてあったな、とヨーゼルは思った。



「あれが魔獣ですか……初めて見ました」


「私も見るのは3度目だ。それにしても……」


「何か気になることでも?」



 ペシャンコになった魔獣を見た先生が、不思議そうな顔をしていたのでヨーゼルは思わず聞いた。



「魔獣というのは魔力を大量に浴びて生まれる特殊な動物だ。だから、自然発生する場所は限られる。例えば、魔力を大量に含んだ輝晶がよく取れる鉱山とかがそうだがこの辺りにそんなものはない」


「過去に魔獣が現れたなんて話も聞いたことありませんね」


「だろう? きな臭いな……誰だ」



 たしかに、と同意をしようとしたヨーゼルは妙な気配を感じ取る。マリーも同じように何かを感じ取ったようで2人は警戒態勢に入った。



「気配は消してたはずなんだがな」



 ダルそうな男の声がしたのち、森の方から屈強な男が姿を現した。服の上からでも分かる筋肉質な体に髪を後ろで束ねたボロボロの髪、トリステンではあまり見られない黒い眼鏡───サングラスが特徴的な男だった。



「(こいつ、できる)」



 咄嗟に手を腰にやったが、そこには刀はない。まだ武器を持っていないことを思い出したヨーゼルは苦い顔をする。この男と素手でやり合うには分が悪い。


 ヨーゼルにそう思わせるほどの強者の気配を男は漂わせていた。



「貴様、何者だ。名前を名乗れ」



 マリーが薙刀を構えて男に問う。男は薄っすらと笑みを浮かべた。



「俺の名はヴェンダー・シグムント。しがない傭兵さ」


「……≪悪狼(ヴァナルカンド)≫か!」


「おぉ、俺のことを知ってんのか。嬉しいねえ」


「先生、彼を知っているのですか?」



 男から視線を外さずにヨーゼルは聞いた。



「奴は≪悪狼(ヴァナルカンド)≫の異名で呼ばれる凄腕の傭兵だ。数いる傭兵の中でも間違いなく最上位……お前でも厳しい相手かもしれん」


「そんな馬鹿な、と言いたいところですが。気配からして尋常ではない実力の持ち主であることは分かります。しかし、何故そんなやつがここに……」


「それは私にも分からん。だが、傭兵であるやつがここにいるということは───」



 マリーが一度言葉を区切りヴェンダーを睨みつける。



「ヴァナルカンド、傭兵であるお前がここにいる理由は一つしかない。何者かから依頼を受けたからだろう」


「察しがよくて助かるぜ。お前の言う通り俺は依頼を受けてここに来た」


「その依頼人と内容は?」


「部外者に仕事内容を明かすのはご法度、と普段なら言うところだが答えてやるよ───魔獣をここまで運ぶことさ」


「なんですって!?」



 ヴェンダーの言葉にヨーゼルは声を上げる。そんなヨーゼルをヴェンダーは獲物を見つけたかのような猛獣のような笑みを向けた。



「魔獣の戦いを見てたが、お前たち相当にできるな。魔獣を放った時点で俺の仕事は終わってたんだが、興味が出てつい話しかけちまった。ちと俺の相手になってくれねえか?」


「そんなことよりも、いまの話を詳しく聞かせてもらおうか。もう一度聞くが、誰の依頼でそんなことをした。返答次第で……いや、わたしたちに牙を向けた時点でただで返す気はない」



 マリーから濃密な気配が立ち昇る。隣にいたヨーゼルが身震いしそうになるほどに強い殺気だった。ヨーゼルもマリーに呼応する形で気配を膨らませていく。


 達人の領域に踏み込んだヨーゼルとマリー。その二人の敵意を受けてもなお男の余裕は崩れることはない。むしろその笑みを深めるばかりだった。



「お前らいいぞ。ここまで鋭い殺気を受けたのは久しぶりだ───だが、俺にばかり構ってばかりでいいのか?」


「ふん、他にも仲間がいるとでもいいたいのか。ハッタリだな」



 意味深なヴェンダーの言葉をマリーは切って捨てる。もし、仲間がいるのであればその存在を仄めかさずに不意打ちをさせるべきだからだ。


 だが、ヨーゼルは男の言葉を聞いて頭の中で何かが繋がりかけた。マリーとの先ほどの会話を思い出す。



『足跡……どこで見つかったんですか?』


『川のそばにある……あそこだ。子供たちが度胸試しに使うあの岩のあたりで見つかったらしい』



 川のそばで見つかったのは熊の足跡。しかし、先ほど倒したのは狼の姿をした魔獣だ。


 そこまで考えたヨーゼルの脳内はある結論を導き出した。



「───まさか、連れて来た魔獣は一体だけではない?」



 その呟きにヴェンダーがほんの少しだけ口角を上げた。



『あの岩って、孤児院の近くにありましたよね』



 自分の言葉を思い出したヨーゼルは戦慄する。子供たちが危ない。



「───先生!」


「分かってるッ!」



 マリーが薙刀をヴェンダーへ向かって振り下ろす。先ほど魔獣を地面の染みにしたマリーの不可視の攻撃がヴェンダーを襲う。だが、地面を陥没させる威力を持ったそれをヴェンダーは両腕を上にクロスするだけで耐えきった。



「ヨーゼル今のうちに行け。念のために真剣も持って行けよ」


「了解ですッ!」



 マリーがヴェンダーに斬りかかったのを確認してヨーゼルは家へと戻り鞘に入った刀を手に入れる。一度鞘から出して真剣であることを確認したヨーゼルは家を飛び出して孤児院へと向かった。

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