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第3話

 午前中の稽古を終えたあと、ヨーゼルは孤児院へとやって来た。事前に屋根の修理をすると伝えていたので道具を借りて早速修理に取り掛かる。


 古くなった板をどかして空いた穴を塞ぐ。夏が終わり日差しを暖かく感じる時期だが、トンカチで釘を打ち付けるヨーゼルの額には汗がうっすらと出ていた。



「ふぅ……」



 作業が終わったヨーゼルは袖で汗をぬぐう。振り返ると周囲に広がる森と少し離れた位置にあるヨーゼルとマリーの家と道場。そして、道場とは反対側の方向にはトリステンの街が見える。


 ヨーゼルがこの孤児院に連れてこられてから今日までの10年間、ヨーゼルは今見える景色よりも遠い場所に行ったことはない。ゆえに、ここから見える景色がヨーゼルが知っている全てだ。



「(孤児院で追いかけっこやかくれんぼをした時に屋根に登ってよく怒られたなぁ)」



 そんなことを思いだしながら景色を眺めていると、孤児院の扉が開く音がした。ヨーゼルが下を覗くとゴードンが眩しそうにヨーゼルを見上げていた。



「ヨーゼル、修理は順調か?」


「もう終わりましたよ」


「……相変わらずすごいな。全く屋根が揺れてなかったぞ」


「そう言ってもらえると嬉しいですね。日頃の鍛錬の成果をこんなところで感じられるとは」



 そう言って、ヨーゼルは屋根からふわりと飛び降りる。ヨーゼルが習得している魔技の1つである≪軽身功(けいしんこう)≫。一時的に自分の体重を軽くするこの魔技を使えば、脆くなった屋根の上でも安心して作業ができるのでヨーゼルは日常的に使っている。


 音も立てずに着地したヨーゼルにゴードンは感心する。



「ヨーゼル、このあと時間はあるか?」


「はい、まだ時間はあります」


「それなら中に入って休んでいけ。いまちょうどミシェルが紅茶を淹れている」


「ぜひいただきます」



 ヨーゼルはゴードンのお誘いを受けて孤児院の中へと入った。先に入ったゴードンとその妻であるミシェルがティーポットヨーゼルを出迎える。



「ヨーゼル、修理をしてくださってありがとうございます」


「いえいえ。それより、他にも直した方がいい箇所はありますか?」


「いまのところはありませんよ。さあ、ゴードンさんと一緒に椅子に座って待ってて下さいな。すぐに紅茶を淹れますからね」



 ミシェルに促されてヨーゼルは椅子に座った。頻繁に孤児院に来るヨーゼルには専用のカップがあり、そのカップに加えて計三人分のティーカップが机の上にはそれが置かれている。ティーカップを用意したのであろうゴードンはヨーゼルとは机を挟んだ反対側で腕を汲んで目を瞑っていた。



 紅茶の香りがするたびに鼻をピクピクとさせるゴードンにヨーゼルは笑い出しそうになるのをなんとか我慢する。



「(本当にミシェルさんの紅茶が好きな人だ)」



 それほど時間が経たないうちに、ミシェルがティーポットを持ってやって来る。三人分のカップにそれぞれ香りのいい紅茶が注がれていき、部屋の中の空気が変わる。


 ミシェルにお礼を言って、ヨーゼルは紅茶に口をつける。とても美味しい。


 そこから3人の会話はいまいる孤児院の子供たちのことばかりだった。あの子とあの子はよくケンカをする、とか。あの子は賢いからもっと勉強ができる環境を整えてやりたい、とか。あの子は元気すぎるから相手をすると疲れる、とか。



「そろそろこの孤児院も建て替えの時期か」



 ふと、ゴードンが天井を見上げて行った。ミシェルとヨーゼルもつられて天井を見る。確かに昔と比べて天井の染みが増えたような気がする。



「雨漏りもしてしまいますからね。この孤児院が出来てからもう20年以上経ちますからちょうどいい時期だと思います」


「おまけに元気盛りの子供たちが住んでおるからな。頻繁に屋根に登られたりすれば老朽化も早くなる」



 ジロリとゴードンに向けられた視線をヨーゼルは紅茶の飲むふりをして受け流す。その様子を見たミシェルがふふっと笑った。



「ただいま!」


「……ただいま」


 

 元気な声と物静かな声が三人の耳に届く。どうやら子供が帰ってきたようだ。



「おかえり」


「おかえりなさい」


「レイド、アリス。おかえりなさい、今日は早いですね」




 ゴードン、ミシェルに続きヨーゼルも2人を出迎えた。男の子の名前はレイド、女の子の名前はアリス。この二人は少々訳ありであるため、孤児院にやって来た頃からヨーゼルがよく面倒を見ている。



「ゴードンさん、ミシェルさん。ただいまって、ヨーゼル!?」


「……ヨーゼル?」



 そういうわけでレイドとアリスはヨーゼルをことをよく慕っている。だから、ヨーゼルに気が付くと一目散に駆け寄って行った。普段は大人しいアリスまで駆け出すものだからよほど慕われているな、とゴードンとミシェルは目を合わせて笑った。



「……どうして孤児院にいるの?」


「屋根の修理に来ました」


「もうおわった?」


「終わりましたよ」


「それなら一緒に遊ぼ!」



 ちらりと時計をヨーゼルは確認した。そろそろ道場に戻って稽古に参加しようと思っていたのだが、レイドの輝く瞳とアリスの期待が込められた眼差しを受けてしまったヨーゼルはつい頷いてしまう。



「いいですよ」


「やった!」


「何しますか?」


「おにごっこ……は、ヨーゼルが強すぎるし。かくれんぼ、もヨーゼルが強すぎるし……そもそも3人だと面白くないし、うーん!」



 ウンウンと唸るレイドを横目にヨーゼルはアリスへと視線を向ける。口数が少ないアリスはレイドのような元気な子がいるときはいつにもまして静かになってしまう。



「アリスはやりたいことありませんか? 俺にして欲しいこと、でもいいですよ」


「して欲しいことはある、けど……」



 アリスがレイドを気にするようなそぶりを見せる。そのことに気が付いたレイドが不思議そうな顔をする。



「ぼくのこと気にしてるの?」


「……だって、ヨーゼルと遊びたいんでしょ?」


「うん。でも、せっかくだからアリスのしたいことしようよ。ぼく、アリスとあまりあそばないからいつもヨーゼルと何してるかきょうみあるし」


「……分かった。レイド、ありがとう」



 2人のやり取りを見て、ヨーゼルは微笑ましい気持ちになる。正反対の性格をしているレイドとアリスが一緒にいるところをあまり見たことが無かったが意外と相性がいいのかもしれない、とヨーゼルは思った。



「私は、ヨーゼルに本を読んで欲しいな」



 アリスのしたいことを聞いたレイドが微妙な顔をした。



「あー、そっか。アリスって本すきなんだよね……」


「そういうレイドは本が苦手でしたね」


「そう……私もそれ知ってたからレイドはつまらないかなって思ったんだけど。やっぱり別のことにしようか?」


「いや……いい! ヨーゼルに読んでもらえたらねむくならないと思うし」



 ゴードンとミシェルとヨーゼルは2人の話がこじれたら助け船を出そうとしていたが、その必要はなさそうだと互いに顔を見合わせて頷いた。



「では、わしらはこれから仕事をしなければならんからな。ヨーゼル、アリスとレイドの相手を頼んだぞ」


「2人とも、ヨーゼルにしっかりと遊んでもらってくださいね」



 そう言って、ゴードンとミシェルは孤児院の奥へと消えて行った。



「それで、どの本を読みましょうか?」


「……私がしたいことに付き合ってもらうから、レイドに選んで欲しい。もし、無かったら私が選ぶ」


「え、ぼく? うーん、ふだんは本なんて読まないし……ぼくでも読めそうなのない?」



 聞かれてアリスはうーんと首をかしげる。人間は判断に迷ったとき、一番信頼できる人間へと視線が向くものである。アリスもその例に漏れずヨーゼルへと視線が向いた。そのとき、ヨーゼルの綺麗な白い髪がアリスの瞳に映る。



「あ、レイドでも楽しめそうなやつあるかも」


「え、ほんと? なんてやつ?」


「……タイトルは、白銀の叙事詩。ヨーゼルのご先祖様のお話だよ」

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