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第23話

「おーい、この板を誰かいい感じに切ってくれーーー!!!」


「いい感じって言われても困るわ。形と寸法を教えてくれない?」


「だいたい縦16横62ぐらい」


「だいたいって言う割に細かいわね」



 そう文句を言いながらも、シーシャはニックに言われた通りの大きさに板を切断する。現在、マリーの同情の門下生たちは魔獣襲撃の際に破壊されたマリーとヨーゼルの家、そして物はついでにと道場を修繕している最中だ。


 世界中を旅していた門下生たちは旅の最中に金を稼ぐために色々な仕事の経験がある。鍛えた武術を使って賞金首を捕まえるものもいれば、鍛えた体で工事現場で働いていた者もいる。


 マリーやヨーゼルに頼まれたわけではないのだが、二人の家の壁を穴が開いたままにするのも忍びないと感じた門下生たちが自主的に修理を買って出たのだ。



「それにしても、あのエルザって子。やけに師範代と仲良かったわよね」



 木材を切り終えたシーシャの発言に反応したのは壁の穴に板を打ち付けているニック・ゲイツの二人だった。


 三人はリルティを加えた四人でヨーゼルが教会から療養を終えたと聞いたので、一緒にお酒でも飲もうと誘いに行ったのだが、そばに見知らぬ女性がいたのだ。ヨーゼルに彼女のことを聞けばエルザと言う名前とかつてはマリーの門下生の一人であったことを教えてもらうことができた。


 エルザは旅の途中で立ち寄ってくれたのだとヨーゼルは言っていたが。三人は二人の距離の近さにいらない勘繰りをしていた。



「師範代の方は分からないが、どうみたってエルザってやつは師範代に気があるよな」


「師範代も満更ではなさそうな様子ですからなぁ。お二人の関係性について知りたいところですが、我らはこの街に来て1,2年ほど。それ以前にいた門下生のことは分かりかねます。アルバートかリルティに彼女のことについて聞きたいところですが……」


「アルバートは最近付き合いが悪いものね。かといって、」


「リルティに聞くのもなんだかなぁ。万が一のことがあれば酷な話だしよぉ」



 そんな風に話す三人が思い浮かべるのはヨーゼルを見かけると子犬のように目を輝かせるリルティの姿だ。トリステン生まれのリルティはヨーゼルとは幼馴染の関係で、昔からヨーゼルに対して好意があるらしい。


 マリーの門下生になったのも、最初はヨーゼル目的だったという話を酔ったリルティからから聞いたこともある。


 それぐらい気持ちが強いのに未だにヨーゼルと関係性を進めようとしないリルティにもどかしさを覚えながらも、応援していた三人にとってはエルザの出現は脅威とすら言えた。



「……何が酷な話なんですか?」



 だが、聞かれたくない話と言うのは往々にして本人に聞かれるものである。会話と日曜大工に集中していた三人は背後にいたリルティに気が付かなかったのだ。


 三人は一瞬言い訳を口にしようとしたが、リルティのほんの少し暗い表情を見て止めた。ゲイツができるだけ普段通りの口調で質問をする。



「リルティ、エルザ殿のことをご存じですか? つい最近、トリステンに戻られた門下生の方のようなのですが」


「エルザさんのことはもちろん知ってますよ。すごく明るくて優しい人です」


「……それだけ?」


「あ、えっと。その……ヨーゼルさんとすごく仲いいですよね。それにすごくお似合いですし」



 頬を掻きながら悲しそうな表情をしたリルテを見た三人はなんとなく理解した。長い付き合いだからこそリルティは分かるのだ。ヨーゼルもまたエルザのことを想っていることを。


 三人は作業を止めてリルティを慰めにかかる。シーシャがリルティのことをぎゅっと抱きしめた。



「ひどいこと聞いてごめんなさいね。あなたはとても素敵な子よ」


「師範代以外にも男はたくさんいるんだ。だからよ……」


「ニック、その慰め方は下の下ですぞ」


「うっせえ、分かっとるわ。リルティ、その……なんだ」


「大丈夫です。分かってます」



 そう言いながらリルティはシーシャの顔にうずめた。しばらくして、気持ちが収まったらしいリルティが顔を上げる。



「もう大丈夫なの?」


「大丈夫です。ありがとうございます。それより、ヨーゼルさんを見かけてませんか?」


「師範代? そういえば今日は見かけてないわね。二人は?」


「俺も見てねえ」


「私もお見かけしていません」



 ヨーゼルを今日見かけていないことを認識した三人はそのことを不思議に感じたのだ。



「ヨーゼルさんってこういう時いつも自分も率先して手伝いに来る人じゃないですか?」


「確かに。自分の誕生日パーティーの準備すら手伝いそうなお人好しのあの方がこの場にいないというのは。うむ、言われてみれば不思議なことですな」


「じゃあ何か用があるのかしら」



 シーシャの発言に「優先したい用事の心当たり」がシーシャ・ニック・ゲイツの脳裏に思い浮かぶ。突然帰って来た想い人と積もる話があるのだろう。そんな風に三人は考える。


 だが、リルティだけは違った。エルザと一緒にいたヨーゼルの顔を見たとき、言い知れぬ悪寒が背中を走ったのだ。



「(ヨーゼルさん、一緒にいたかった)」



 ヨーゼルを心配する気持ちはある。だが、エルザを見て彼の隣に立つ人間は自分ではないと分かってしまった。未だにくすぶる恋心に心を削られながらも、リルティは想い人の未来を祈るのであった。



★★★



 ヨーゼルが疾走する。その速さは風を追い越し、彼の通ったあとには残像が残る。


 上段に構えられた木刀を振り下ろした先にあるのはアルバートの脳天。頭を割られるわけにはいかないアルバートは自分の獲物を差し込んでヨーゼルの一撃を止めることを試みた。


 しかし、


「───、参りました」



 確実に防げていたはずの一撃は防御をすり抜けてぴたりとアルバートの首に木刀が据えられる結果となった。アルバートの降参を聞いたヨーゼルは、木刀を引き戻して自分の手の感触を確かめる。



「ちゃんと防いだつもりなんですがね。前より剣筋鋭くありません?」


「かもしれません。すごく体の調子がいいです」


「あんた、ほんとに病み上がりですか?」



 呆れた顔でアルバートに言われるが、ヨーゼルも体の調子がいい理由が分からないのだ。


 マリーとの決闘が決まり一夜明けてマリーとの戦いの日は2日後に迫っていた。療養している間に鈍った体を叩きなおすためにヨーゼルはアルバートに稽古の相手をしてもらっていたのだが、どうも体の調子がよくてリハビリは必要ない気がする。


 皮膚に負った軽い火傷や少しの間呼吸がしずらくなる程度の喉奥の火傷、そして酸素不足による意識の消失。ヒビキとの戦いで負った傷や身体障害はこの程度だった。ヨーゼルの傷の治りが早いこともあって、あれから4日程度で回復しきることできていた。


 だが、ヒビキほどの手練れとやり合ってこの程度の傷で済んだのはヒビキとヨーゼルにそれだけ力量差があったからだ。相手を軽傷で戦闘不能にする難しさをヨーゼルは理解している。



「(そして、俺はこれから彼と同格のレベルにいるであろう先生と戦って勝たねばならない)」



 いくら体の調子がいいといえど無謀な話だとヨーゼルは笑うしかなかった。



「やっぱあんた働きすぎだったんじゃないですか? ろくに休んでなかったから、しっかりと休めたおかげで体調が絶好調なんですよ、きっと」


「そうなんでしょうか。別に療養する前も体の不調を感じたことはありませんが」


「常に働きすぎだったから自分の体調がいいときが分からなかっただけじゃないです?」



 そんなことを言われれば否定する材料がない。大人しくヨーゼルは「そうかもしれません」と言った。



「……にしても。エルザのやつ、全然会話に入ってきませんね」



 アルバートの言葉に反応したヨーゼルがちらりと視線をエルザへと移す。エルザもヨーゼルのリハビリのために稽古の相手を買って出てくれたのだが、最初にアルバートがヨーゼルの相手をするので切り株の上に座って二人の試合を見ていた。


 昔であればアルバートとヨーゼルの試合が終わればすぐに駆け寄ってきてあれこれと口にしていたのだが、エルザは一向に二人の元へ来る様子はなくどこか暗い表情で二人を見つめていた。



「いまの彼女は俺に思うところがあるようですから」


「昨日まであんなに仲良かったじゃないですか……ったく、あんたがこの街を出ることがそんなに嫌なんですかね」



 稽古の相手をしてもらう以上、ヨーゼルはアルバートにある程度の事情を説明した。といっても、この街を出なければならないこと、マリーがそれに反対しているため決闘で勝って許しを得ようとしていること。この程度のことしか話していない。


 だが、それだけの話にしてはヨーゼルの真剣さももエルザの様子もマリーの様子もおかしいので、アルバートは何か面倒な事情があるなと踏んでいた。


 ヨーゼルが自主的に話していないということは自分は知らない方がいい、と判断してのことだろう。そう考えたアルバートはそれ以上のことを聞こうとはしないが、茶々を入れるぐらいのことはする。



「あんたが決めたことなんだから好き勝手やらせればいいだろうに……って思ってしまうのは、俺が親と縁を切った人間だからですかね?」


「別にそこまで変な考えではないと思いますよ。俺は先生やエルザが心配してくれてることは素直にうれしいですけど」


「愛され過ぎってのも考えもんですよ。これじゃあただの過保護だ」


「ハハハ、自分が幸せ者であると理解はしてます」


「うらやましい限りで。でもまあ、あんたの様子が変だってのは俺でも分かりますよ。前よりもちょっと近寄りがたい雰囲気だ」



 別に嫌いじゃないですけど。そんな風に言ったアルバートはエルザの方へ木刀を担いで歩いていく。



「エルザ! 次はお前の番だ。師範とやるなら、本来俺より薙刀使うお前の方が師範代の稽古相手としては適任なんだよ。おら、立て」


「うん、分かってるよ」


「……いつもみたいに突っかかって来いよ。調子狂うぜ、まったく」



 獲物を取り出すエルザを見ながら、ヨーゼルはアルバートに言われたことを考えていた。



『ちょっと近寄りがたい雰囲気だ』



 そう言われてもピンと来なかったが、アルバートからすれば自分は変わったように見えるのだろう。エルザの動揺やマリーの自分に対する態度を見てもそれは明らかだ。


 しかし、ヨーゼルは自分のどこが変わったのか分からない。以前とは違って悩みも今はないのだから思い当たることが全くない。ヨーゼルは空を見上げてそんなことを考えた。

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