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第21話

「ねえ、よーくん。あの手紙って何が書かれてたの?」


 再会してからようやく得ることのできた静寂の中、ヨーゼルとエルザはただ無言で寄り添っていた。その心地よい静寂と相手の熱を名残惜しいと感じながらも、エルザは知るべきことを口にする。



「よーくんが受け取った手紙にさ、写真が二枚ついてて。そのうちの一枚がダブリンの景色を取ったものだった……偶然じゃないよね?」


「そうですね。偶然ではないと思います」


「見ていい?」



 ヨーゼルの元に送られてきた写真の景色がダブリンのものだった、というだけで。手紙とギドキアのテロリストが繋がっていると思い至れるのはエルザの勘がいいからなのか。それとも、



「(───エルザが俺の中にある力とやらに、あるいは過去について知っていることがあるからか)」



 ヨーゼルが口を開いてそのことについて聞こうとしたとき、再会してすぐに見たエルザの涙を思い出した。ヨーゼルと別れてから今日までいろいろなものを見てきたその瞳から流れた涙は、きっと苦かったはずだ。それを思い出させる質問をするのは気が引けた。


 だから、ヨーゼルは質問をする代わりに彼女の指の隙間に自分の指を入れる。薙刀を武器として扱うエルザの手のひらは普通の女性よりも皮膚が厚い。だが、女性特有の柔らかさの残る彼女の手をヨーゼルはしっかりと握り込んだ。



「よーくん?」



 どうしたの、という言葉が続く前にヨーゼルが扉に誰かが近づいている気配を察知した。遅れてエルザも気配を感じ取り、2人は自然と体を離した。当然、絡めていた指も外している。



「エルザ、ヨーゼル殿。イアンです。クラウス殿やソフィア殿も一緒です」



 扉がノックされたあとに、聞こえた声に2人は警戒は解く。ヨーゼルが椅子から立ち上がり扉を開けた。


 そこには、クラウスとイアン。そして、車椅子に乗ったソフィアがいた。ヨーゼルはソフィアと目が合う。



「どうかされたのですか?」


「すぐにでもこの街から離れなければならなくなったから、別れの挨拶でもしておこうと思ってな」


「え、もうトリステンから出るんですか!?」



 ソフィアの言葉に驚いたエルザ。エルザの言葉を肯定するかのようにイアンが頷く。



「エルザ、あなたも先ほど放送されていたラジオ放送を聞いていますね? どうやら本当にダブリン駐屯地が一時的に何者かに占拠されていたらしく、犯人は施設を爆破したのち現在逃亡中。そして、その占拠犯は魔獣を使役していたようです」


「魔獣を使役?」


「そうだ。このテロリスト共は魔獣を使役していてその魔獣は紫色の炎を吐き出すらしい」



 紫色の炎と聞き、ヨーゼルの脳裏にヒビキたちがけしかけてきた魔獣を思い出す。温度によって炎の色は変わるが、どんな温度になっても炎は紫色には燃えない。それに加えて風を操る魔獣も紫色の粒子を吐き出していた。


 そのことがずっと気になっていた。ゆえに、ヨーゼルは一つの仮説にたどり着く。



「もしかして、人工的に作られた魔獣が操る現象には紫色が混ざる……?」



 そのつぶやきにソフィアが笑うのを見てヨーゼルは正解であると確信した。それと同時にもう一つの確信を得る。


 ヒビキたちとギドキアのテロリストはつながっている。ゆえに、テロリストを追えばヒビキやバレンにたどり着くことができるかもしれない。



「というわけで、私たちはその調査のためにここ発つ」


「分かりました、俺も一緒に行きます」


「いらん、お前とエルザはこの町に残れ。見送りは教会の外まででいい」



 ソフィアがそう言うとイアンが車椅子を押して外に向かおうとする。だが、ヨーゼルは納得ができない



「どうしてですか!?」


「母親が倒れて傷心中のやつを連れて行っても、ろくな戦力にならないだろうからな。エルザもこの街に未練があるようだから連れていくつもりはない……見送りは許可したぞ」



 見送りの間に話をする、という意味であることをヨーゼルとエルザは理解した。


 ソフィアに続いて部屋を出ようとしたヨーゼルだったが、この部屋にマリーを1人で置いていくことに躊躇ってしまう。


 そんなヨーゼルの内心を読み取ったクラウスが、彼の肩に手を置いた。



「私が見ておきましょう」


「助かります、クラウス先生」



 ヨーゼルとエルザはクラウスに頭を下げてソフィアのあとに続く。



「ソフィアさん、俺を連れて行ってください。役に立てるはずです」


「いらんと言ったはずだ。妙な未練があるやつはすぐに死ぬからな」


「しかし───」


「くどい、未練を断ち切ってからものを言え……それよりも、だ」



 ソフィアがヨーゼルにぎょろりと視線を向ける。


「ヨーゼル、お前の言う通り人工的に作られた魔獣は紫色の粒子をまとう。だが、ここは天然の魔獣が現れる土地ではない。だというのに、何故そのことに思い至ったのか。単なる勘じゃないはずだ。お前は連中───フェレスとテロリスト共につながりがあることを示唆する情報を握っていた……違うか?」



 そう指摘されたヨーゼルはいったん自分の訴えを飲み込み懐から手紙と写真を取り出す。そのままソフィアに渡す。


 ソフィアはそれらをじっくりと見た後にイアンへと渡す。



「なるほど。これがお前のところに届いたのか?」



 ヨーゼルは頷いた。



「いつ届いた?」


「例のラジオ放送の直前です」


「差出人は?」


「不明です」


「我らが英雄という部分に心当たりは?」


「ありません」


「我らが神という部分は?」


「それも心当たりはありません」


「いちおく聞いておくが、解放戦線と名乗る連中とのつながりはあるのか?」


「全く身に覚えがありません」


「そうか……」



 ヨーゼルとの会話を手短に済ませたソフィアは顎に手を当てて考え事を始める。



「ヨーゼル、この手紙がどこから送られて来たのか調べたか?」



 ヨーゼルは言われてハッとした。宛名や住所が分からなくても、ガイセルや郵便局に聞けばどの街から送られてきたのかぐらいはすぐに分かる。


 普段のヨーゼルならばすぐにでも思い至ることができたことだが、ラジオ放送にマリーの気絶と事件が続いたために頭がそこまで回っていなかった。



「じゃあ今からでもガイセルに聞けば……いや、だからといってこの手紙に差出人が馬鹿正直に自分が拠点に置いている街から手紙を出すわけがない」


「それに、相手がそもそも決まった拠点を持っていない場合も考えられる」



 イアンがヨーゼルに手紙と写真を返した。



「その二枚の写真はそれぞれダブリンとアインザッケスを撮ったもの。この手紙がこれから解放戦線が起こす事件を示唆しているのだとすれば、次はアインザッケスで何かが起こる可能性が高い……か」



 そうこうしているうちに、4人は教会の聖堂へとやって来ていた。女神セリスの像があるこの部屋の扉を開ければ、すぐにでも教会の外に出ることができる。


 女神セリスの前で、イアンが車椅子ごと振り返った。そうすれば、自然とソフィアにヨーゼルとエルザが並んで対面する形になる。



「見送りはここまでで結構。私から最後にお前たち2人にこれからの指示を出す」



 ヨーゼルとエルザは沈黙を以って肯定を示す。



「お前たち2人はこの街に残り未練の一切を断ち切れ。期間は一週間。それだけの時間を経てもまだ未練があるやつはいかに有用であろうと私の元にはいらん。私が話したことの全てを忘れて好きに暮らせ」



 ソフィアの口調は厳しく冷たかった。だが、声音は柔らかく威圧感が無い。まるで絶対にそうならないと確信しているような余裕がソフィアにはあった。



「もし、清算が済んだのであればお前たちはアインザッケスへと向かい調査に入れ。アインザッケスには軍基地などはないが、ギドキア人によって形成されたスラムが多くあったはずだ。そこを念入りに調査するといいだろう」


「了解しました。ですが、その街に来た人間がいきなりスラムの調査を始めるのは怪しまれませんか? ただでさえあのようなテロが起きたあとではよそ者への警戒心が強いと思います」



 ヨーゼルの指摘にソフィアが「そうだな」と頷いた。



「ギドキアのスラムがある街では、スラムに住むギドキア人がその近辺の共和国人が経営する店や富裕層の家で店員や家政婦として働いていることも多い。スラムに入らずとも彼らから得られる情報があるだろう。だが、それでもいきなり街にやって来たお前たちに警戒はするだろうから……」



 何かを考えるように斜め上を見ていたソフィアの肩をイアンが叩く。前を向くようなジェスチャーを受けたソフィアは何かを思いついたようにヨーゼルとエルザのことを見た。



「ヨーゼル、エルザ。確認しておくが、お前たちは男女の関係か?」


「……ふぇッ!?」



 エルザがひどく驚いた声を上げて口をパクパクさせながらヨーゼルのことを見上げた。ヨーゼルも予想していなかった質問に大きく息を吐く。



「……なんらかのハラスメントに分類される発言ですよ」


「そういう訴えはもっとまともな組織の中でするんだな。それで、実際どうなんだ?」



 エルザがもじもじと両手をくっつけたり離したりしながらゆっくりと口を開く。



「私は、よーくんの婚約者です……だよね?」



 確認するようにエルザはヨーゼルを見上げる。



「何でいまさら弱気なんですか。あなたは俺の婚約者ですよ」


「……うん!」


「聞いたのはこちらだが、こうも見せつけられると反応に困るな」



 呆れたような顔をしたソフィアがそれでも「ちょうどいいじゃないか」と口にする。



「都合が悪くないならさっさと籍を入れろ。夫婦(めおと)で旅をすれば、多少なりとも警戒が薄れるだろう?」


「……まあ、そんなところだろうとは思いましたよ」



 なんとなく予想をしていたヨーゼルの反応は淡泊なものだ。しかし、ソフィアの意図に気が付いたエルザは「あ、そういうことか」と納得した表情を見せたもおのほんの少しだけ不満げな顔を見せる。


 その表情についてソフィアが疑問を口にしようとしたが、ヨーゼルが手を横に振ってそれを遮った。「必要ない」というヨーゼルの意図をくみ取ったソフィアはそのことについて口を出すのは止める。



「他に質問があるやつはあるか?」


「では、俺の方から。ソフィアさんとの連絡はどのようにすればいいですか?」


「エルザに私と直接連絡が取れるように通信機を渡している。使えるやつだと判断できたらそのうちお前にも支給する」



 エルザが懐から液晶付きの通信機を取り出した。それは未だに据え置きの通信機が主流である現代において、ほとんどお目にかかることができない非常に高価なものだ。



「(こんなものが当たり前のように支給できるのか)」



 この程度のことでも教会の資金力を伺うことができる。ソフィアだけが特別な可能性もあるが、どちらにせよこの街を離れる身としてこれほど心強い味方もそういない。



「他にはもうないようだな……イアン。別れの挨拶はお前から」



 ふっと笑ったソフィアがイアンに視線を向ける。その仕草の意味が理解できなかったヨーゼルだったが、次に起きた現象に脳の処理が追い付かなくなる。



「ヨーゼルちゃん、それじゃあまた次に会えるのを楽しみにしてるわ~」


「……えっ!?」



 二メートルを超えた上背(うわぜ)と服の上からでも分かる盛り上がった筋肉。そして、光を反射するスキンヘッドという武道家のような見た目の大男から発せられた抑揚のある妙に甲高い声に、ヨーゼルは驚きの声しか上げることしかできない。


 そんなヨーゼルの様子を、面白そうに笑ったソフィアはイアンに連れられて教会の外へ向かう。



「ヨーゼル、エルザ。次に会う時までには、身軽に……いや、何でもない」



 何かを言いかけたソフィアは、イアンに驚くヨーゼルを見た時とは違い小さく笑って教会の外へと向かった。

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