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第19話

ギドキア解放戦線の指導者を「ダグラス・イエーガー」から「二ザール・アーシム」に変更しました。

「これは、いったい……」


 意味不明な言葉の羅列に、ヨーゼルは困惑するしかなかった。しかし、そんなヨーゼルの頭にヒビキの言葉よぎる。



『ヨーゼルよ。これからこの世界は動乱に巻き込まれる』


『その時、お主は選択することになる』



 ヒビキの言葉と手紙に書かれている言葉には同じようなニュアンスが含まれているような気がした。



「(まさか、この手紙はヒビキが……? わざわざ手紙で再度釘を刺す理由が分からない)」



 他にも疑問はあった。だが、いまここで一人で考えても答えが出るようには思えなかった。


 今はアルバートがいるから、後でエルザやソフィアたちに手紙を見せよう。そんな風にヨーゼルが考えたとき、アルバートが何かを思いついたような声を上げる。



「お、この写真はダブリンの街を撮ったやつじゃないですかい?」


「え?」


「アルバート、人の手紙を盗み見るなんて……いけないんだ!」


「ちげーよ! 師範代、手紙は見てないっすよ。その、写真がちらって見えただけで」


「盗み見は盗み見だよ!」


「うるせーな。お前の手紙読んだわけじゃねえんだから黙ってろ!」


「アルバート」


「いや、ほんと。中身は見てないんで……」


「そうではなくて。この写真がどこか分かるのですか?」



 申し訳なさそうにしていたアルバートは、ヨーゼルが怒っているのではなく真面目に質問をしてきていることに気が付き、ヨーゼルから写真を受け取った。


 エルザも表情を真剣なものにして、ヨーゼルから写真を見る許可をもらいアルバートと一緒に写真を見た。



「……間違いないねえ、こっちはダブリンの景色ですよ。もう1枚のは……分からん」


「はいはい! 私、こっちのも分かるよ!」


「本当ですか?」


「うん、この写真の街はアインザッケス。共和国の南の方にあるそこそこ大きな街だよ」


「ダブリンにアインザッケスですか……、ダブリンも南の方にある街ですよね」


「そうっすね。ダブリンは南西寄り、アインザッケスは南東寄りに位置する街だったはずですよ」



 エルザもアルバートも元々はこの国を旅をしていた。あちこちを見て来た2人が、そう断言するのだからこの写真の街はダブリンとアインザッケスに間違いないのだろう。そのようにヨーゼルは判断する。


 手紙の文章のことを考えれば、この二つの街にはヨーゼルにとって特別な何かがあることになる。もちろん、手紙が悪戯でなければであるが。



「(二つとも共和国の南に位置する……他に何か共通点はないか?)」



 手がかりが少ないために、ヨーゼルは二つの街に共通点が無いか思考を巡らせた。この国の歴史について、クラウスから薫陶を受けたヨーゼルはそれなりに詳しいが、この街にやって来てから一度も外の街へ行ったことが無い。


 それゆえか、どうしても頭の中で二つの繋がりを見つけることができなかった。


 実際に二つの街に行ったことがある2人に聞いた方がいいか、と。ヨーゼルが口を開こうとしたそのとき。


 教会の外が騒がしいことに気が付いた。



「なにかあったのかな。外が騒がしいね」


「様子を見に行ってみましょう」



 ヨーゼルの提案にアルバートとエルザは頷いた。三人は教会を出てすぐのところにある、喫茶店に人が集まっているのを見つける。


 その喫茶店は、日中であっても仕事の休憩時間などに男や女がしょっちゅう集まる場所ゆえ、賑やかなのはいつものことなのだが、客だけではなく店主までもが何かを囲うように一つに集まっていた。



「どうかしたのですか?」



 ヨーゼルが集まっている客の一人に話しかける。



「おぉ、ヨーゼルに門下生さんたちか。ちょうどいいところにきた」


「ちょうどいいところ?」


「あぁ、なんぞラジオの周波数がいきなり変わってしまってな。もともと聞いてた局に合わせようとしても、変わらんのだ。もう少しでわしお気に入りのロールちゃんのお便りコーナーが始まるというのに」


「局が急に変わって固定されてる……」



 その話を聞いたヨーゼルたちは顔を見合わせた。


 一般的に知られていることではないが、市販されているラジオには固定の周波数に強制的に切り替わる機能が搭載されている。


 その目的は、地震などの災害を警告するため。もしくは、政府が国民に対して緊急かつ重大な発表をするためである。



「……これ、けっこう大ごとじゃないですかい?」



 事態の深刻さを理解したアルバートの声に2人が返事をしようとしたとき、ザザッという始まりを告げる砂嵐がラジオから発せられる。



 ───我々の名はギドキア解放戦線


 ───祖の地ギドキアを悪魔たる共和国から解放する者なり



★★★



 英雄ヨーゼルが育ったルディウス共和国は、古くから東の大国として知られていた。栄養豊富な土地と住みやすい気候を背景に、世界最大人口を誇る共和国には、近代においてとある問題があったのだ。


 その問題とは、発達する科学技術や産業の燃料となるエネルギー資源の不足だ。豊富な農産物やその他鉱物など、様々な資源に恵まれていた共和国だったが、主要なエネルギー資源である輝晶が無かったのだ。


 それを確保するために、共和国は北に隣接している発足したばかりのライヤ連盟から輝晶を輸出してもらうことを考えた。しかし、輝晶の産出国だったライヤ連盟は、自国の管理が上手く行かず治安が悪化。


 安定した資源の供給が不可能になってしまったために、共和国は次に南に隣接するギドキア連合に頼ることにした。ギドキア連合も、ライヤ連盟と同じく小さな国の集合体であり、輝晶が大量に産出される場所であった。


 だが、金のなる木である輝晶という資源には呪いがかかっているのだろうか。


 連合が発足してから6年後、ライヤ連盟と同じく貧富の拡大や治安の悪化、そして環境の悪化など国民の不満が募った結果、政府と民間人が中心となった反政府組織によって内戦が勃発。


 事態を重く見た共和国が解決に乗り出し、内戦が勃発してから4年後に反政府組織『ギドキア防衛戦線』が壊滅したことにより、沈静化。


 以後、共和国がギドキア連合に助言を行うという形で輝晶の管理をしていた。



 それが正しい歴史として当時教科書に記されていた内容だった。だが、真実とは容易に捻じ曲げられてしまうものである。


 そのことを高らかに告白し、世界が騒乱の渦に巻き込まれるきっかけとなったのはたった1つのラジオ放送であった。



★★★



───祖の地ギドキアを悪魔たる共和国から解放する者なり



 ラジオから聞こえたのは自分をギドキア解放戦線と名乗る男の声。ノイズ混じりにも関わらず強制的に引きつけてくる魅力がその声にはあった。


 ギドキア解放戦線という単語。悪魔たる共和国と言う発言。そして、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()から聞こえてきたのが首相や国の重鎮ではなく、悪戯のような発言を垂れ流す男の声であると言う事実。


 ヨーゼルたちは当然そのことに疑問を思った。だが、男の声がその疑問を口に出すことを許さない。


 まずはこちらの話を聞け。そんな風に有無を言わせない威圧感がその声にはあった。



『現在、我々は共和国軍ダブリン駐屯地を占拠しこの放送を行っている。繰り返す、我々は共和国軍をダブリン駐屯地を占拠している』



「嘘だろ……?」


「ダブリンにある駐屯地ってかなりデカいはずだぞ!?」


「んな馬鹿な」



『この度、祖国から遠く離れたダブリンへとやって来たのは緊急かつ重要な知らせを行う為だ。本日の要件を話す前にまずは私の名を知っていただこう───私の名は、二ザール・アーシム。かつてギドキア防衛戦線で頭目のような役割を担っていたものだ。既に、私が何をしに来たのを理解したものもいるだろう』



「二ザール・アーシム……!?」



 その名前を聞いたアルバートとエルザが驚いたような声を上げた。



「知っているのですか?」


「ギドキアの赤い死神と言われた、ギドキア防衛戦線の英雄ですよ」


「もう死んだって噂だったけど……」



『我らのギドキアは荒野広がる不毛の地。故に古くから戦いに巻き込まれることなく、我々の祖先は平穏に時代を進めた。だが、現代においてはエネルギー資源として扱われる輝晶に恵まれた土地である。20年前、我々が持つ輝晶を管理し国を豊かにするために北のライヤ連盟に続き我らがギドキア連合は発足した。多くの改革を打ち出し連合の産業を発展させようとしたが上手くはいかず、むしろ環境の悪化や貧富の格差が広がるなど不満を募らせる一方。連合発足から6年後、それらの不満を爆発するがごとく起きた政府高官を狙ったテロが先の内戦の発端である───というのが、共和国の描いたシナリオだ』


『その後の展開を、この国の人間ならば知っているはずだ。内戦の戦火は広がっていき、ギドキア全土を巻き込む巨大ななものとなった。出来上がったばかりの連合では抑えることなど不可能な、その内戦解決に乗り出したのが共和国である。共和国軍の介入により戦火はさらに激化し、ギドキアは文字通り焦土と化した。開戦から4年後、かつて私が率いた防衛戦線が壊滅したことで内戦は集結した』



 ───ドゴンッ!!!



 ラジオの向こう側から何かを叩きつけるような音がした。その後に聞こえてきたのは荒い息。先ほどのまるで子供へ朗読をするような落ち着いた声は、溢れ出る怒りを無理矢理抑えつけるが如き荒々しいものに変わる。



『……それらは全て、共和国が輝晶を手中に収めるために引き起こしたものだ。その目的のために我らが祖の地は焼かれた。この国にいる同胞の中には内戦によって故郷を追われた者も多いだろう。よく聞け、あの戦いは共和国によって仕掛けられた謀略だ。我らから搾取するために引き起こされた侵略だ……私は、そんな卑劣で悪辣な蛮族どもの進撃を防ぐことはできなかった。同胞たちが祖の地で泥水をすすり、地べたを這いずり回るはめになったのは、私の弱さが原因だ。故に同胞よ、力を貸して欲しい。我らが祖の地を取り戻す為に……!!!』



 二ザール名乗った男以外にもその場にいるのだろう、ラジオの向こう側で音割れが起きるほどの大きな歓声が上がった。直接聞いているわけでもないのに感じる歓声の熱量は、悪戯で出せるものではない。心の奥底でドロドロと煮込んだ歓喜の発露(はつろ)だ。


 この時点で、ヨーゼルはこの放送が本物であることを悟った。



『本日、我々は同胞と共和国政府にメッセージを伝えるためにここへ来た。同胞たちへ伝えるべきことはこれ以上ない。今から政府に向けて要求を伝える。現在行われているギドキア連合への介入を即刻中止すること。そして、あの内戦が共和国の陰謀であったことを認めること、並びにギドキアへの謝罪と賠償。これらが我々の願いであり、共和国が果たすべき義務だ───では、いまからデモンストレーションを行う。この放送を聞いている者の中には、「これは質の悪い悪戯だ」もしくは「自分に危険は及ばない」と考えている共和国民がいるだろう。これはそんな諸君らに向けて送る我々からの分かりやすいメッセージだ』



 ドンッと何かを力強く押すような音がしたあとに数人分のうめき声が聞こえた。



『彼らは、我々がいまいる共和国軍駐屯地に勤務している共和国軍人殿だ。我々のメッセージを分かりやすくするために心優しきボランティアになってくれるらしい。さて、君たちの意気込みを聞かせてくれたまえ』



 ───貴様らどういうつもりだッ!!!


 ───このようなことをしでかしてただで済むと思うなよ……ッ!!!


 ───いずれ貴様らは我らが戦友によって包囲し殲滅される!!!



『銃口を突き付けられているというのに勇ましいものだ。共和国民よ。そして、我らが同胞よ。これが我々の覚悟の証だ。恨みの深さだ───思い知れ、自らが背負うべき罪とその罰を』



 ───すまないメリッサ。親らしいことを私は何も君に



 軍人の最後の言葉を、自動小銃の連射音が遮った。数秒かけて彼らの体に過剰なまでの鉄の塊が撃ち込まれていく。その様子が見えているわけではない。だが、音を聞いただけでその生々しい情景が頭の中でに再生されていった。



『───再度告げる、我らの名はギドキア解放戦線。祖の地たるギドキア連合を卑劣で悪辣な人の形をした悪魔から解放せし者である』



 男がそう告げた直後、爆音が響き渡る。ザザッという砂嵐以外の音をラジオは吐き出さなくなった。


 この場にいる全員が理解した。いま目の前でなされたのが宣戦布告であることを。


 ヨーゼルは己の鼓動が今までにないほどに強く早く鳴り続けているの感じた。差出人不明の封筒の中に入っていたダブリンを写した写真。あれといまのが無関係だとは思えなかった。仮にそうなのだとしら、6年も続き一つの国を焦土と化した歴史の教科書に載るような出来事が()()()()()()()()()ことになる。



 ───これから起こるは汝が始めた物語



 ヨーゼルは持っていた手紙を取り出した。いつの間にか強く握っていたらしくボロボロとしているが書かれている文章ははっきりと読める。


 もし、ここに書かれていることが本当ならば。この街はヨーゼルが原因で戦場になってしまう。


 一瞬、眩暈がして倒れそうになる。それを支えてくれたのはアルバートとエルザだった。



「おい、あんた大丈夫か?」


「すみません、ちょっと眩暈がして」


「ショッキングな内容だったし、仕方ないよ。ほら、この椅子に座って休もう?」



 ヨーゼルはエルザに椅子に座らされ、店から水をもらってきたらしいアルバートにコップを渡される。珍しくヨーゼルが弱っていることを心配した2人は、「何があったのか」と聞きたい気持ちを飲み込みヨーゼルが落ち着くのを待つ。


 水を飲みほしたヨーゼルはコップをテーブルに置いて、2人を見上げる。



「2人とも、ありがとうございます」


「もう大丈夫なの?」



 優しく手を包んでくれるエルザにヨーゼルは頷いた。もう大丈夫そうだと判断したアルバートが口を開く。



「師範代、あんたが貧血ってわけはないはずだ。何があったんですかい?」


「えっと……」



 ヨーゼルがどう話したものかと悩んでいる目の前で、猛スピードでスーパーカブを飛ばす見知った顔が通り過ぎていく。


 向こうもヨーゼルに気が付いたらしく、カブにブレーキをかけて事故りかけながら停止した。ヨーゼルに用があるのだろうか、走ってヨーゼルの元へと向かってくる。



「ガイセル……?」



 見知った顔の男の名はガイセル。ヨーゼルの幼馴染にしてこの街の郵便局員だ。急いだ様子のガイセルは座るヨーゼルの肩を勢いよく掴む。



「あ、ガイセルくん! よーくんは今具合が悪いからちょっと───」


「え、あ? エルザちゃん!? 戻って来てたの……って今はそんなことあとだ!」



 本当に焦った様子のガイセルにエルザは何も言えなくなってしまう。何があったのか、と聞こうとするヨーゼルすら遮って、ガイセルは叫ぶように言った。



「向こうでマリーさんが倒れてる! 早く来い!!!」

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