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第18話

 それは、提案と呼ぶにはあまりにも強引で。まるで既に決定事項かのような響きで告げられた。



「ソフィアさん、と一緒に……」



 ヨーゼルはソフィアの提案を自分で繰り返す。それは、自分の頭になかったゆえの行為だった。それだけ、ソフィアの提案はヨーゼルに衝撃を与えた。



「私たちの言葉の裏を正確に読み取ったお前のことだ。ヴァナルカンドたちの危険性について理解しているだろう。ならば、想像してみろ。やつらと同程度の手練れがもう数人、そして魔獣を100体近く引き連れてこの街にやって来たならばどうなる?」


「それは……」



 ヴェンダーやヒビキに匹敵する実力者と100体の魔獣というのは、あまり現実的ではない戦力だ。だが、もしソフィアの仮定が実現するのであれば当たり前のように壊滅するだろう。


 マリーやヨーゼル、そして門下生たちがいることを加味してもそう断言できるほどの戦力。そして、一番の問題がそんな危険な連中がヨーゼルに照準を合わせていることだった。


 ヨーゼルにとって、この街の人間に被害が及ぶのは耐えられることではなかった。自分が原因で被害が出るなどもってのほかだ。


 この街に被害を出さないためにはヨーゼルがこの街を離れるしかない。そうすれば、トリステンの住民に脅威にさらされることはなくなるだろう。しかし、街を離れてマリーや門下生たちの力を借りることができなくなったヨーゼルではヒビキたちに対抗はできない。遅かれ早かれ、ヨーゼルは彼らに捕らえられる。


 ほんの少しだけ考えれば分かる。ヨーゼルはすでに八方ふさがり一歩手前だった。



「そんな連中の相手をするのが我々の専門分野なんだよ、ヨーゼル」



 そんなヨーゼルの現状を見透かしたソフィアは口を開いた。彼女の銀色の髪が刀のように鈍く光る。



「ヨーゼル、お前の質問に答えてやるのは簡単だ。だが、お前にとって本当に必要なのはそんなものではなく───この街を出たあとの協力者、違うか?」



 その通りだった。


 ヨーゼルにとって最悪な事態とは自分が死ぬことではなく街の人たちや何よりマリーが傷付くこと。ゆえに自分が狙われている理由についてソフィアに聞いた時点で、ヨーゼルはこの街を出ることを心に決めていた。


 だが、1人でヒビキたちに対抗するのは不可能。ゆえに、ヒビキたちのことを知りなおかつ対抗できるだけの実力を兼ね備えた協力者が必要不可欠だった。


 そんなヨーゼルの懸念を見透かしたような魅力的な提案に、末恐ろしさすら感じた。




「……俺は何をすればよろしいのでしょうか?」



 承諾の意志を言外に含んだヨーゼルの態度に、ソフィアは満足そうに頷く。



「私の部隊の実動員として動いてもらおうと思っている。先ほどやつらを相手取るのが専門と言ったが、見ての通り私の体はあまり使い物にならないのでな。イアンを始めとする部下たちの助けを借りているのだ。かつてのクラウスも私の動かぬ足の代わりによく動いてくれたものさ」



 なぁ、とソフィアに同意を求められたクラウスは額を押さえながら「そうでしたな」と答える。



「分かりました。俺もあなたの足の一本となりましょう」


「お前の助力に大いに期待しているぞ」



 ソフィアがヨーゼルに手を差し出した。先ほどしたのとは全く意味合いの違う握手。



「(先ほどの握手が初対面の相手と挨拶するときのものだとしたら……)」



 ヨーゼルはソフィアの手を取りながら彼女の顔を見る。少女特有のかわいらしい口は三日月のような弧を描いていた。それが、彼女なりの満面の笑みであることをヨーゼルは理解する。



「(悪魔との契約が決まった時の握手だな、これは)」



 ソフィアと握手をしながら、ヨーゼルはそんなことを思った。



「では、ヨーゼル。お前さえよければ、これからのことを話そうと思うのだがどうだろうか?」


「もちろん……、と。言いたいところですが、彼女と話してきてもよろしいでしょうか?」



 ヨーゼルは前を向いたまま視線で後ろの扉を指した。視線の意味を理解したソフィアが仕方がないと言わんばかりに肩をすくめる。



「ついでに何か買ってきてくれ。朝から何も食っていないから腹が減った」


「分かりました。イアン神父にも何か買って来ましょうか?」


「では、私にも食べ物を少々お願いいたします。我々二人分のものを買ってくるのですから、ゆっくりで構いませんよ」


「ハハハ、ありがとうございます」



 クラウスとイアンに見送られながら、ヨーゼルは後ろの扉を開ける。目当ての彼女は何故か顔を俯かせていた。



「エルザ」



 扉を後ろ手で閉めて、ヨーゼルはエルザの名を呼ぶ。彼女の頬に涙の跡があるのを見なかったことにして、ヨーゼルはできるだけ明るい様子でエルザに話しかける。



「ソフィアさんとイアン神父に買い物を頼まれたのですが、あなたも一緒に行きませんか?」


「……うん」



 そう言って、2人は歩き出した。将来を誓った2人の間にしばし沈黙が流れた。その沈黙を破ったのは、エルザだ。大聖堂に鎮座する女神セリスの像の前で、エルザはヨーゼルのことを引き止める。



「お兄ちゃん、いたんだってね」



 やはり話の内容が聞こえていたらしい。



「みたいです。俺もつい最近知りました」


「それは師範から聞いたの?」


「いいえ、他の人から聞きました。まだ先生からは直接聞けていません」



 ラウルとレルヒェ以外に、『マリーがヨーゼルに隠し事をしている可能性』『ヨーゼルの家族が生きているかもしれないこと』を知っているのはエルザだけだ。



「そうなんだ……」



 エルザにとってマリーは大切な恩人で、ヨーゼルは最愛の人だ。それはエルザがトリステンを出て二年経った今でも変わらない。だが、マリーがヨーゼルに隠し事をしていることがずっと気になっていた。


 2人の間に溝が出来るのではないか、と不安で仕方がなかった。



「教会からすぐに宿に戻って話を聞く予定だったのですが……もうちょっと後になりそうです」


「そうだね……師範にどう説明するの? さっき話が聞こえちゃったけど、この街を離れるつもりなんでしょ?」


「思ったよりもガッツリ話を聞いてますね。扉に耳つけてました?」


「むっ、つけてないもん!」



 ほっぺたを膨らませるエルザの頭を撫でながら、ヨーゼルは困ったように笑う。



「……先生には正直に話そうと思います。すごく反対される気がしますが」


「自分一人が犠牲になろうとするんじゃないって、言いそうだよね……私も反対だよ」



 この話は長くなりそうだと思ったヨーゼルは大聖堂に置かれた長椅子に腰を下ろした。ヨーゼルが隣を叩くとエルザがそこに座る。


 肩を寄せ合いながら二人は互いの思いをぶつけ合う。



「よーくんはさ、いっつも人のことばかり優先してるから心配になる。頭いいし強いし色んな事が出来るから大抵はなんとかなっちゃうけど……」


「すごい褒めてくれるじゃないですか」


「もう、からかわないで」



 まんざらでもなさそうな顔をするエルザだったが、すぐに表情を真剣なものにしてヨーゼルの瞳を覗き込む。



「よーくんは本当にすごい人だよ。私のできない色んな事ができる───だけどさ、すごく不安になるんだよ。よーくんが出来ないことや勝てないぐらい強い人が来たら誰がよーくんを守るんだろうって」



 自分よりすごい人に頼ればいいだろう、と。エルザの疑問に答えることはできた。だが、エルザがそんな答えが欲しくて疑問を口にしたわけじゃないことをヨーゼルは理解している。


 例えば、ヴェンダーやヒビキがいい例だ。マリーと互角に戦ったヴェンダーは少なく見積もってもヨーゼルと同格以上の使い手であり、ヒビキには実際コテンパンにやられた。


 ヨーゼルより強い人間が現状マリーしかいない以上、ヴェンダーとヒビキのどちらかがマリーを足止めしてしまえば、ヨーゼルは容易くやられてしまうだろう。




「よーくんや師範みたいな強い人って大変だよ。強いから色んな人を守ることはできるけど、自分を守ってくれる人が全然いないんだもん」


「俺が強いかどうかは別として俺は十分あなたに守られていますよ、と伝えておきますが。それでは納得してくれないのですよね?」


「うん」



 エルザがトリステンを旅立つ前の晩、エルザはヨーゼルと2つの約束をした。1つはエルザがヨーゼルやマリーよりも強くなること。もう一つは、1個目の約束が達成されたら自分と結婚すること。


 ヨーゼルがその2つの約束を了承したことで2人は婚約者となった。この約束を知っているのも、2人が婚約者であることを知っているのも2人だけ。



「私がよーくんや師範よりも強くなって。私が2人の家族になって、三人でこの街で暮らしていく。それがあの時の約束で私の願い……結局、よーくんがこの街を離れることになっちゃいそうだけど」


「成り行きでそうなってしまったものは仕方がないことですよ」



 仕方ない、という言葉は物分かりがよい人間が現実を受け入れて前を向くために使う言葉だ。しかし、それと同時にやりたいことや本当の願いを諦めるときに使う言葉である。


 エルザはヨーゼルが諦めるときにそんな言葉を使うのが嫌だった。



「そんな風によーくんばっかり割を食うようなの嫌だよ。私はよーくんにこの街にいて欲しい。辛い目にあって欲しくない。よーくんにこれ以上傷付いて欲しくない」



 つくづく自分は幸せ者だな、とヨーゼルは思った。自分の為に泣いてくれる人間が何人もいるというのは、他の全てが───たとえこれからの人生に不幸しかなかったとしても十分にお釣りが来る。


 ヨーゼルは本気でそう思えたのだ。だが、それと同時にエルザのことが心配になった。ソフィアに付いて行くと決めたヨーゼルの行き先が暗いものだと言えるのは、エルザがそれだけ彼女の側で闇を見てきたに違いないから。


 エルザの目元に溜まった涙を拭って、ヨーゼルは彼女を抱き寄せる。



「……俺よりもあなたの方が傷付いてるじゃないですか。俺は、あなたがそれほど傷付いていることの方が気がかりですよ。この街を出たあとに何があったのですか? ソフィアさんたちと何をしていたんですか?」


「色々とあったんだよ……ごめんね。そろそろソフィーさんのご飯買いに行こっか」



 自分の肩に回されたヨーゼルの手を一度握ったあと、エルザは立ち上がる。


 何を見てきたのか言いたくないのだな、と察したヨーゼルは最後に一言だけ確認してこの話を終わらせることにした。



「もう大丈夫ですか?」


「うん、もう大丈夫」



 目元を赤くしながら笑うエルザを見て、ヨーゼルは椅子から立ち上がる。


 本当はもっと聞きたいことがあったが、他にも人が来るかもしれないのに込み入った話はできない。歩きながらエルザと話をしようと教会の入口に視線を移したとき、ヨーゼルは教会によく知った人間の気配を感じた。


 その気配の持ち主はヨーゼルに気が付かれたことに察知したらしい。「あっちゃー」と口に出したあと入口の扉を開けてその姿を現した。


 エルザも知っているその男は、頭をかきながら気まずそうに中へと入って来る。



「……アルバート!?」


「おう、久しぶりだな」


「久しぶりだな、じゃないよ! え、いまの話聞いてた!?」


「……師範代、ちょっと用があって来たんですけど今いいですかい?」


「あ、誤魔化した! っていうか、今の話聞いてたなら分かるじゃん。いいわけないでしょうが!?」



 先ほどまでしおらしかったエルザはどこへやら。目元だけでなく顔全体を真っ赤にしてアルバートへライオンのようにガオーと咆え始める。


 そんな荒ぶる婚約者を落ち着かせながら、ヨーゼルは冷静にアルバートへと問いただす。



「用があるのは分かりました。その話をいま聞くのも問題ありません……ですが、その前に。どこから聞いてました?」


「エルザが師範と師範代の家族になる……みたいな辺りから」


「うわぁあああああ!!!」



 2人の秘密をアルバートに聞かれていたことに加えて、婚約者同士だからこその甘えまくったやり取りを見られたエルザはヨーゼルの胸に顔を埋めて叫んだ。


 さすがのヨーゼルも、その白い肌を赤く染めて非難するようにアルバートを見た。



「いや、ほんと。あんたとエルザが仲いいのは知ってましたが、そこまでいってるとは思ってなかったというか……」


「それ以上話せば斬りますよ」


「うっす……」


「それで、用とは何ですか?」


「あ、そうそう……これです。ガイセルがこれからデートだから代わりにあんたに渡してくれと」



 アルバートは懐から封がされている封筒を取り出した。


 ガイセルとは、現在郵便局員として働いているヨーゼルの幼馴染だ。仕事終わりに最近できたらしい彼女としょっちゅうデートをしているらしく、早くデートに行くためにこうして手紙の配達を他人に任せることがある。


 相変わらずだな、とヨーゼルは苦笑しながらヨーゼルはそれを受け取ってじっと観察する。すると、あることに気が付いた。



「宛先はたしかに俺になっていますが、宛名がありませんね……」


「ガイセルがこの街の外からの郵便だとは言ってましたけど、手紙の差出人に心当たりは?」


「何人かいますけど……宛名を書き忘れそうなうっかりさんはここにいるんですよね」



 ヨーゼルの言葉にアルバートは納得したように頷き、この場にいるエルザだけが不服そうに頬を膨らませてた。


 エルザにぽかぽかと背中を叩かれながらヨーゼルは手紙を開く。中に入っていたのは2枚の写真と一枚のたたまれた便箋だ。写真の方は街の景色が映っているのだが、ヨーゼルが見たことがない場所なので少なくともトリステンを撮ったものではない。


 次に、便箋を開く。もしかしたらこちらに宛名が書いてあるかもしれないというヨーゼルの期待はむなしく、そこには雑誌や新聞から切り抜かれた文字でつづられた詞のような文章が書かれていた。



───拝啓、我らが英雄へ


───これから起こるは汝が始めた物語


───傍観することなど許さない


───汝は切望されし我らが神なのだから

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