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第16話

 教会へとやって来た奇妙な二人組。そのうち、車椅子に乗った少女とヨーゼルは目が合った。目が合った次の瞬間、少女は二ヤリと笑った。


 何故笑われたのか理解が出来なかったヨーゼルは首をかしげる。



「おや、もうヨーゼルは来ているようですね」



 大男と少女のあとに続く形で、この教会の神父であるクラウスが中へ入って来た。



「ヨーゼル、すみませんね。私が来るように言ったのに、待たせてしまって」


「別に気にしてはいないので大丈夫ですよ。むしろ、来客の方がいらっしゃったのにお邪魔してしまい申し訳ありません。すぐにでも席を外します」



 ヨーゼルの言葉にクラウスは首を傾げてエルザの方を見た。



「おや、エルザ殿。ヨーゼルに話していないのですか?」


「えっと……まだ説明できていなくて」


「ならちょうどいい。一から話せばいいさ。クラウス、部屋の用意をしてくれ」



 ヨーゼルとそう変わらない見た目の少女が60を超えたクラウスを呼び捨てにする。そのことに違和感を覚えたが、ヨーゼルはこの場で指摘することはしなかった。



「もう準備は出来ているので案内しましょう。ヨーゼル、あなたも来てください」


「……俺も、ですか?」



 ヨーゼルが自分に指を差して確認を取ると、クラウスは深く頷いた。



「はい、お二人はヨーゼルに用があって法国からここまでやって来られたのですよ」



★★★



「エルザ、どういうことか説明してもらえますか?」



 クラウスに部屋へと案内されている最中、ヨーゼルは隣で歩くエルザに話しかけた。前方にいる車椅子の少女と車椅子を押す大男に聞かれないような小さな声。エルザも小さな声でヨーゼルの質問に応じる。



「……どれを説明したらいいかな?」


「全部ですよ、ぜんぶ。まずは……先ほど俺に用があると言ったのはどういう意味ですか?」


「あぁ……あれはね、私も用が無いわけじゃないんだけど。今回は、ソフィーさんがよーくんに用があったから私も一緒に来たの。あ、ソフィーさんってあの車椅子に乗ってるかわいい人ね」


「……あの方々とはどういう関係ですか? 法国から来たとおっしゃっていましたが、何故あなたが法国の方と一緒にいるのですか?」



 この世界で法国と言えば、アルビオル法国を指す。世界中に信徒と教会を持つセリス聖教の総本山だ。ヨーゼルたちが今いる教会も、セリス聖教の教会の1つ。


 世間一般的に、セリス聖教の神官はそれだけで絶大な信頼を得ることができる。それは、セリス聖教の神官がクラウスのように優秀かつ人格者ばかりで構成されていると知られているから。


 そして、世界中の優秀な神官を管理するアルビオル法国の神官たちは、さらに高い能力と人格を要求され、その代わりに絶大な権力を持つことになるのだ。


 そんな法国の神官と知り合うだけでも幸運だというのに、エルザは行動を共にしているらしい。ヨーゼルは、それが不思議で仕方がなかった。



「うーん、私が困ってたときに助けてもらって……お返しにソフィーさんのお仕事を手伝って……まあ、そこからは色々あってソフィーさんと一緒にお仕事してる」


「肝心なところが全く分かっていないのですけど。わざとぼかしてますよね?」


「うぐっ……説明し辛いんだよ。話せないこともあるし」


「おや、婚約者(おれ)にも話せないことがあるんですか?」


「……そんな風に言わないでよ。本当は私だって話したいんだよ……」



 少しからかうつもりで言ったのだが、エルザには予想以上に刺さってしまったようで目に見えて落ち込んでしまう。



「すみません、傷つけたかったわけじゃないんです」


「分かってるよ……それよりさ、師範は元気にしてる?」


「先生ですか? 元気にしてま……いや、ちょっと元気ないかもです」


「何かあったの?」


「……俺の過去について教えてくれと頼んだんです。ここ最近、色んな事があって先生に聞かなければいけない状況になってしまったので」



 それを聞いたエルザが悲しそうな目でヨーゼルを見つめる。



「そっか……色々あったんだね」


「はい、色々とありました」



 その言葉を最後に2人の間で会話が途切れ、クラウスが案内する部屋の前までやって来た。



「エルザ、お前は他の人間が近付かないように見張っていてくれ」



 部屋に入る前に車椅子の少女が、エルザにそう指示を出す。エルザが頷いたのを見て、少女は大男・クラウスとともに部屋に入っていった。



「では、また後ほど」



 エルザに一言声をかけてヨーゼルが中に入ろうとしたとき、エルザに服を引っ張られた。ヨーゼルは足を止めて振り返る。


 エルザの、婚約者の瞳に不安そうな色が浮かんでいたのに気が付いた。



「よーくん、私も色々と話したいことがあるんだ。この部屋から出たら一緒に話そう、色々さ」


「もちろん。俺も貴方と話したいことがたくさんあります」



 一度だけキスをして、ヨーゼルは部屋の中へと入った。ヨーゼルが寝泊りしている部屋よりも広く5人が入っても十分なスペースがあった。ゴードンとミシェルの入るスペースもあるが、クラウスが席を外すように頼んだのだ。


 その時から特別な用件なのだろうと理解していたが、



───この部屋から出たら



 エルザの言葉でとある予感がヨーゼルに頭を浮かんだ。この部屋でこれから起こる出来事が自分の人生を決定的なまでに変えてしまうという予感が。


 そのヨーゼルの予感を裏付けるような光景が目の前に広がっている。熊のような大男と老齢の神父を脇に控えさせた車椅子の少女。


 自分の人生の分岐点に相応しい配役だな、とヨーゼルは思った。



「さて、初めましてだな。ヨーゼル・ドレア」



 後ろの扉が閉じてから、車椅子に乗った少女が一番に口を開いた。かわいらしい見た目とは裏腹に低く、抑揚の無い声。



「まずは我々の方から名乗らせてもらおう。我々は、アルビオル法国・悪魔祓イ(エクソシスト)機関。お前が戦った魔獣たち、そしてそれらを従える者を狩り取る猟犬だ」



★★★



 ヨーゼルが教会へ向かったあと、マリーはベットのシーツにくるまりながらうんうんと唸っていた。ヨーゼルがいたら絶対にしない悶え方をしながら、マリーはなんとかベットから起き上がる。



「(いつからあいつは悩んでいたのだろう)」



 ヨーゼルは賢い。母親である自分よりもずっと。だから、手がかりが無くとも兄バレンの存在に気が付く日が来るかもしれないことをマリーは覚悟をしていた。そもそも記憶が元に戻れば兄の存在を知ることになる。


 そうなれば、マリーがバレンのことを話してこなかったことにヨーゼルならば疑問に持つだろう、ということも分かっていた。


 ヨーゼルが兄の存在を知ってしまうという不安、ヨーゼルに兄のことを隠しているという罪悪感。その二つは常にマリーの心の片隅にあった。


 最初にヨーゼルに話しておけばよかった。何度もそう思ったが、トリステンで過ごすヨーゼルを見るたびにその後悔が薄れた。自分の判断は正しかったのだ、と。



「(きっとあいつは気が付いていたのに今まで私に何も言わなかったんだ……あいつは、どれほど悩んだことだろう)」



 マリーはベットから降りて、髪を軽く整えてから部屋を出た。ヨーゼルが帰って来るまでにちゃんと話せるようになっておくために、外を歩いて心を落ち着けつかせることにしたのだ。



「ん……なんだ?」



 宿の親父に挨拶をしてから、街を歩いている間。妙な人だかりが出来ていることに気が付いた。気になったマリーはその人だかりに近付く。人だかりはどうやら1つのラジオに集まっているようだった。



「(何か珍しい放送でもしてるのか……?)」



───ザザッ



 周波数を合わせる前に流れる、ひどいノイズが聞こえたあと。世界を巻き込む騒乱が踵を鳴らして産声を上げる。



───我々の名はギドキア解放戦線


───祖の地ギドキアを悪魔たる共和国から解放する者なり

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