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第15話

「うぅ……み、みず」


「はい、どうぞ。体を起こして飲んでください」



 キサラギでマリーが酔いつぶれてからヨーゼルはアルバートたちに手伝ってもらい、マリーをトリステンの安宿へと運んだ。この宿は警備と巡回を始めてから、マリーがトリステンに滞在するのに利用している場所である。


 借りている部屋にマリーを寝かせ、念のためヨーゼルも同じ宿へ一晩泊まることにした。もしかしたら、いま酔っぱらってコンディションの悪いマリーを、直接ヴェンダーやヒビキが襲わないとは限らなかったからだ。


 何で自分が襲われると考えないのかお前は怪我人だろ、と。門下生たちにもっともな指摘を受けつつもヨーゼルはマリーと同じ部屋に泊まったが、特に何も起こることなく朝になりマリーがうめき声を上げて目を覚ました。


 軽い二日酔いになっているらしいマリーにヨーゼルが水を差しだすと、ありがたそうにマリーはコップに口をつける。


 ふと、マリーが不思議そうにヨーゼルのことを見た。



「……ヨーゼル、お前なんでここにいる? 教会にいるはずじゃないのか?」


「昨晩、先生が俺と飲んでいたら酔っぱらって眠りこけたのでここまで運んだんですよ。また傭兵たちが来るかもしれないから、念のため俺も一緒に泊まりました」


「そういうことか」



 マリーは渡された水をゆっくりと飲みながら上目遣い……とはちょっと違う下から見上げるような形で俺をじっと睨んだ。



「昨日、酔っぱらって何か変なこと言ってなかったか? 私は」


「いえ、特には」



 ヨーゼルは昨晩のことは黙っておくことにした。ヨーゼルの返答に微妙そうな顔をしたマリーは、真剣な顔になってヨーゼルの名を呼んだ。



「ヨーゼル」


「なんでしょう?」


「昨日、私に話したいことがあったんじゃないのか?」



 自分の鼓動が跳ねたのが分かった。



「何故、そう思ったのですか?」


「何年母親をやっていると思っている? それぐらい分かるさ」



 だから遠慮するなよ、とマリーは言う。


 向こうから聞いてきてくれたのだ。このチャンスを逃してはいけないことをヨーゼルは理解した。



「はい、昨日は俺と先生が出会ったときのことを聞きたくてご飯に誘いました。俺には、バレンという名前の兄がいるのではないですか?」



 バレンという名前を聞いた途端、マリーの瞳孔が大きく開いた。



「やはり、いるのですね」


「お前、それをどこで。まさか、記憶が……?」



 ヨーゼルは首を横に振る。



「人づてに聞きました。俺には兄がいる、と。先生、兄や俺のことをどこまでご存じなのですか? 知っていることを全て教えてください」


「……分かった。だが、少しだけ時間をくれ。頭の中の整理をしたい」



 マリーの反応から自分と兄には何か特異なことがあるのだとヨーゼルは悟る。



「了解です。その間、俺は教会へ行ってきますね。昨日、クラウス先生にこちらへ泊まることを伝えた時に朝に問診を受けに来るように言われてるので」



 マリーは小さく頷いた。両親のお気に入りの皿を割ってしまったのがバレてしまった子供のように、気落ちしたマリーを見てヨーゼルはそれ以上何も言わない。


 ヨーゼルは部屋を出ようとしてバレないように一度だけ振り返った。マリーに対する気持ちの変化がないか、確かめるように。



★★★



 ヨーゼルが教会へ行くと聖堂にゴードンとミシェルがいた。お互い教会で寝泊りしているので、ここ最近は毎朝顔を合わせている。ヨーゼルは2人に声をかける。



「ゴードンさん、ミシェルさん。おはようございます」


「おはようございます、ヨーゼル」


「おはよう。昨日は大変だったな。マリーが酔いつぶれたらしいじゃないか」



 ゴードンが挨拶ついでにそんなことを言った。ヨーゼルは苦笑いを浮かべる。



「別にそれほど大変ではありませんよ。慣れてますから」


「……お前が慣れるほどマリーは頻繁に酔っぱらってるのか」


「えっと……まあ、そうですね」


「あの子、酒癖が悪かったのですね」



 「知らなかったな」「はい」とゴードンとミシェルは互いに顔を見合わせた。



「ゴードンさん、ミシェルさん。クラウス先生は今どこにいらっしゃるのかご存じないですか?」


「クラウス神父か? 彼はいま駅へと来客を迎えに行っているぞ」


「来客? そんな話初めて聞きましたよ」



 最近、ヨーゼルは教会で寝泊りをしている。『来客が来るからこの時間はこの部屋に来ないで欲しい』といった話がなされるのが普通だ。


 だというのに、ヨーゼルは今まで来客が来るという話を聞いたことが無かった。



「昨晩、突然来ることが決まったそうです。ヨーゼルは宿にいたから知らないかもしれませんが、昨晩からクラウス神父たちはかなりバタバタされていましたよ」


「そうなんですか……でも、変ですね。俺はクラウス先生にこの時間帯に教会へ来るように言われたのですが」


「その来客に会って欲しいということではないのか……いや、もしそうならばクラウス神父がそのように伝えているか。彼がその手の連絡を怠ることは無いだろう」


 

 ゴードンの指摘にヨーゼルも心の中で頷いた。



「(とりあえず、クラウス先生が戻ってくるまで待ってみるか)」



 ヨーゼルがそのように考えたとき、教会に入口から足音が聞こえた。噂をすると何とやら。クラウス先生が戻ってきたのか、と。ヨーゼルは後ろを振り返って、息を飲んだ。


 懐かしい女性がそこにはいた。


 マリーの髪色が荒々しく燃えるような赤だとするならば、彼女の髪は冬でも鮮やかに咲く山茶花(サザンカ)のような生命力溢れる赤色。


 二年ぶりに見たその髪は、旅の過酷さのせいかヨーゼルの記憶にあるよりも少しくすんでいる気がする。



「……エルザ?」


「やっほ、よーくん。久しぶり!」



 ヨーゼルの目の前で太陽のような笑顔を浮かべた彼女の名は───エルザ・カルミエラ。かつてのマリーの門下生であり、二年前トリステンから旅に出たヨーゼルの婚約者だ。


 エルザはヨーゼルと目が合うとすぐにその胸元へ飛び込んだ。軽い衝撃とフワリと香る彼女の匂いがヨーゼルの鼻をくすぐる。


 エルザはヨーゼルの背中に手を回し、二年間の空白を埋めるかのように強く抱きしめた。



「よーくん、大きくなったね」



 ヨーゼルもエルザの背中に手を回す。体を近づけたおかげで互いの鼓動がよく聞こえた。異なる二つの鼓動が、次第にそのリズムを合わせていく。



「貴女は……少し痩せましたか?」



 背中に回した手の感触からそんな風に思ったヨーゼルが、心配したように言う。



「そうかも。よーくんのご飯食べられなくなったから、食べすぎなくなったし」


「そうですか。ところで、また急に帰ってきましたね。もしかして、」



 エルザはある目的のために旅に出た。ヨーゼルよりも強くなる、という目的が。



「いや、よーくんよりは強くなれたとは思ってないんだけど……よーくんに用事があって帰って来たの」


「用って?」



 ヨーゼルの問いに「後でね」と答えたエルザは一度ヨーゼルの肩を叩いて体を離す。そして、ゴードンとミシェルに向き直った。



「ゴードンさん、ミシェルさん。お久しぶりです!」


「エルザさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」


「ええ、それはもちろん。大きな怪我も病気もありませんでした」


「君は昔から変わらんな。まずはよくトリステンに戻って来てくれた。二年間の旅で色々な経験をしただろから、時間があればぜひ聞かせてくれ」


「はい、もちろんです。ですけど、それよりも前に」



 エルザがもう一度ヨーゼルの肩を叩いて教会の入口に目を向けるように促した。そのタイミングでクラウスが2人の人間を連れて聖堂の中へと入ってきた。


 扉をくぐるように聖堂の中へと入って来る筋骨隆々でスキンヘッドの大男と、その大男に押されて入って来る10代後半から20代前半ほどの見た目の車椅子に乗った少女。少女は空気に溶けそうなほど煌びやかな銀髪の持ち主で、一目見てヨーゼルと同じく北の人間の生まれであることが分かる。


 クラウスが連れて来たその奇妙な組み合わせの2人は、セリス聖教の祭服を着ておりその耳には高位聖職者の証である白銀色のピアスをつけていた。

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