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第12話

 それはヨーゼルがトリステンの街へやって来て一年が経った頃。マリーとともに家と道場の改修が終わり、街に友人や知り合いがたくさんできたことでヨーゼルがトリステンにすっかりと馴染んだころのことだった。


 ルディウス共和国では子供は教会で勉強するのが習わしだ。ヨーゼルもその例に漏れず15歳までは教会で学問を習った。


 あるとき、教会の歴史の授業の中で白色系の髪色を持つ人間のルーツは北であるという話が出た。それまでヨーゼル自身あまり気にしていなかったのだが、自分のルーツが北のライヤ連盟にあると聞いたとき再びある疑念が思い浮かんだ。



「ヨーゼル、君は自分の過去が気にならないのかい?」



 授業が終わりベンチで噴水を眺めながら頭に浮かんだ疑念についてヨーゼルが考えていた時、隣に3つ年上のラウル・ドレアが座った。彼はゴードンたちが経営する孤児院の子供の1人でありレルヒェとともにヨーゼルの世話をよく焼いてくれる男だった。


 暇さえあれヨーゼルにべったりとくっついてあちこち連れまわすレルヒェとは対照的に、物静かで文章を読むのが好きな男だったが、レルヒェと同じぐらい自分を気にかけてくれていることをヨーゼルは理解していた。


 そんな他人のことをよく気に掛ける男だったから、ラウルは自分のマリーに対する疑問に気が付いていたのだろうとヨーゼルはこのときのことを思い返すたびに考える。



「君が気になるなら僕も手伝うから、どうだろう?」


「なになに、何の話よ」



 2人が噴水の見えるベンチで話している後ろからヨーゼルに抱き着くようにレルヒェが現れた。



「もう、いませっかくヨーゼルと話をしてたのに」


「なによ、ヨーゼルは別にラウルのものじゃないでしょ。もしかして、私を仲間外れにしようとしてた?」



 マリーが何故自分の名前を知っていて何故その理由を教えてくれなかったのか。過去を調べれば望まぬ事実も知るかもしれない。だが、それを理解した上でヨーゼルは自分の過去を調べることを決めた。


 どんな事実が出てきたとしてもレルヒェとラウルは味方になってくれる。目の前で兄妹のように言い合う2人を見てそう思えたから。





 それからヨーゼルはラウルとレルヒェに協力をしてもらい自分の過去を分かる範囲で調べることにした。幸いにもヨーゼルの髪は特徴的な白色であるので出身はライヤ連盟であることがすぐに予想がついた。


 シルバーやプラチナブロンドなど白色系統の髪色を持つ人種のルーツとしても知られているライヤ連盟は、ヨーゼルたちが暮らすルディウス共和国の北にある小さい国の集合体だ。結成されたのは比較的最近のことで工業などの発展には乏しいが世界最大の資源大国としても有名である。


 資源を他国に輸出することで多くの利益を得ることができるはずのライヤ連盟だが、その財政と治安は言葉にできないほどひどいものであることをヨーゼルたちは調べていく中で知った。


 もともとライヤ連盟がある北の大地は寒い土地柄ゆえにろくな作物は育たず国も発展しなかったので手つかずの自然が残る美しい土地であった。その状況が変わったのは、現代において重要なエネルギー資源である輝晶が北の国々に大量に眠っていることが判明してからだ。


 あまりにも莫大な富を生み出す輝晶たちを管理するために作られたのがライヤ連盟だった。しっかりと管理することで長い間安定した利益を生み出してそれぞれの国民を豊かにするという目的を掲げたライヤ連盟は、当初は上手くいくかに思われた。


 だが、北の大地に資源がたくさん眠ってるとはいえ、その産出量やもともとの経済力は国によって大きく異なる。経済力に乏しい国はライヤ連盟に加入したことで他の国からの支援を受けることで大きなメリットを得ることができたが、経済力のある国は他の国を支援しなければならなくなったりとむしろデメリットを被ることもあったのだ。


 他にもどの国がライヤ連盟の主導権を握るのか、など。ライヤ連盟に加入した国同士で敵対関係が築かれたせいでライヤ連盟の輝晶による収益は安定せず、それどころか危機的なレベルにまで大幅に落ち込んでしまったのだ。


 国が新しい体制に移り変わっている中でそのようなことが起きたせいで輝晶の収益に頼っていたライヤ連盟の国々では失業者が出始めた。それがきっかけでライヤ連盟の治安は悪くなっていった。長い間平和な土地であったこともありライヤ連盟はその治安の悪化に対応ができず、さらに治安が悪化。


 その治安悪化原因でさらに、といった具合に。ライヤ連盟は崩壊の一途をたどっていった。


 その治安の悪化に重なる形でおよそ10年前、作物が全く育たないほどの大寒波がライヤ国内で起きた。それがきっかけでライヤでは多数の餓死者が生まれたのだ。



『生きるために自分の子供を食べた』



 ライヤ連盟のことを調べる中でヨーゼルたちが見つけた雑誌の端っこに載っていた記事のこの一文が当時の凄惨さを表している。


 そんな国の状況に嫌気が差したライヤの多くの人たちが国を出る決意をした。脱北者、と呼ばれる彼らが向かったの暖かく作物に恵まれ経済的に豊かなルディウス共和国であった。だが、不法移民である彼らは正規の入国経路を通ることができない。


 そのため輝晶の輸出に使われる貨物にまぎれたり国境警備隊のいない危険な場所を通り抜けるのが彼らの生き残るための唯一の道。


 真冬の山脈───ヨーゼルが倒れていたというボレア山脈も脱北者が使うルートの1つだった。


 そこまで調べればヨーゼルの過去が見えてくる。ライヤ連盟の脱北者でボレア山脈を通ってルディウス共和国に辿り着いた不法移民。それが、ヨーゼルの過去であり正体であるとヨーゼルたちは推理した。


 だが、それでも未だに疑問が残っていた。ルートが限られているとはいえ、地元の山に慣れた人間でも遭難する真冬の山脈に足を踏み入れるなど自殺行為だ。逆に言えばそれだけ当時のライヤ人たちが追い詰められていたということだが、それでも子供1人が国を隔てる山脈を越えることなどできるわけがない。


 だから、ヨーゼル以外にもボレア山脈を一緒に越えようとした人間がいたはずなのだ。一緒に命がけの山脈越えをする人間。家族以外に、そんな人間がそうそういるわけがない。


 もしかしたらヨーゼルの家族は一年中雪が積もるボレア山脈で未だに眠っているのではないか。そんな推測が容易に浮かんだ。


 ★


「もちろん覚えてる」



 忘れるわけはなかった。調べていけばいくほど判明していくヨーゼルが経験してきただろう苦しい過去を想像するだけで、レルヒェは涙が出そうになる。


 ヨーゼルが、目の前で楽しそうに笑う最愛の弟が、どれほどの地獄を見たのか。ヨーゼルの家族が未だに雪山で眠っているかもしれないと分かったとき、レルヒェは思わずヨーゼルを抱きしめた。


 あのときのように、レルヒェは優しくヨーゼルの手を握る。おかげでヨーゼルの手の震えが止まった。



「そのときに、ボレア山脈を俺のような子供が1人で通って来れるはずがないから一緒に誰かと来ようとしていたのではないかという話になったのを覚えていますか?」


「そりゃあ、もちろん……まさか」



 ヨーゼルの手が震えていた。その異常の原因を理解したレルヒェは驚きのあまり口を抑えた。



「どうやら俺にはバレンという名前の兄がいるようなのです」


「うそっ……あんたにお兄さんが。でも、仮にそれが本当のことだとしてもどうしていまごろそんなことが分かったの? だって、あんたは身元が分かるものなんて何一つなかったんじゃあ……」


「俺たちを襲ってきた人間の1人、ヒビキと名乗った男が言っていました。最初は俺を動揺させるために言っていたと思っていたのですが、状況的にそれはないと思いまして」



 ヒビキがバレンのことを話したのはヨーゼルが地面に倒れたときであった。実力差があり、かつヨーゼルが満身創痍という圧倒的に有利な状況で動揺を誘う言葉を言う意味はない。



「ヒビキと名乗った男は、俺が記憶を無くしていることを知っていました。他にも俺の過去を知っているような口ぶりでしたから、本当に俺には兄がいるのかもしれません」


「マリーにこのことは?」


「まだ言っていません……レルヒェ!」



 椅子から勢いよく立ち上がってレルヒェが部屋から出て行こうとするのをヨーゼルは声を張って制止しようとする。


 しかし、



「まッ───ケホッ。ゴホッ!」



 炎の熱でヨーゼルの気管は傷付いている。火傷が軽かったのとヨーゼルの回復力のおかげでだいぶマシになっているものの、咄嗟に大きな声を出そうとしてヨーゼルは咳き込んでしまう。


 レルヒェは急いでヨーゼルの元に戻って背中を手でさする。すぐにヨーゼルの咳はおさまった。



「ヨーゼル、まだ喉が」


「ふぅ、もう大丈夫です。それよりも、いまどこに行こうとしたのですか?」



 ヨーゼルは自分の背中をさすってくれたレルヒェの手を取る。ヨーゼルが握る力は優しかったがどこにも行くなという意思がこもっていることをレルヒェは感じ取った。



「……マリーのところに行こうとした」


「どうして」


「マリーは絶対にヨーゼルのお兄さんのこと知ってるはずでしょ! ヨーゼルの名前を知ってたんだから!!」



 初めて会ったとき、マリーはヨーゼルの名前を知っていた。身元も分からず肉親も見つからない人間の名前をマリーは知っていた。


 マリーは誰からかヨーゼルのことを聞いたのだと、そう考えるのが自然だった。そんな前提があったからボレア山脈を越えるとき誰かがいたという考えが浮かんだし、ヒビキの言葉を嘘だと断定ができなかった。

 


「……かもしれませんね」


「ヨーゼルは、あんなにマリーのことを信じて大事にしてたのに。なのに、マリーはヨーゼルのお兄さんのことを隠して、そんな裏切るようなことをッ」



 レルヒェは大量の涙を浮かべた。何故自分が泣いているのか分からない。誰かに聞かれる可能性を考えて声を抑える程度の冷静さは保っていたものの、ヨーゼルのことを思うとマリーへの怒りが沸き上がった。


 ヨーゼルはそんなマリーを宥めようとする。



「先生にも事情があったのだと思います」


「事情がなかったからって何なの!? ヨーゼル、あんたすごい悩んでいたじゃない……マリーがもしかしたら自分の過去を知っているはずなのに、黙っていたのはどうしてなのかって。それでもマリーが自分のことを大事にしてくれてるからそれだけで十分だってあんたは言うかもしれないけど、それだってすっごい悩んで自分を納得させてたじゃないの……なのに本当にマリーはヨーゼルに隠し事をしてるってそんなの、そんなのあんまりよ……」



 顔を真っ赤にしたレルヒェはとうとう涙を流した。ヨーゼルは人差し指でレルヒェの目元を拭う。



「ヨーゼル、あんた怒ってないの?」


「俺の分まで怒る人がいるので、怒るに怒れないだけです」


「なにそれ。いつからそんな生意気なことを言うようになったのよ」


「ハハハ……でも、ありがとうございます。俺の為にそこまで怒ってくれるあなたに俺はいつも救われています」


「ふん、どうせ私はそんなことしか出来ない不出来な姉ですよ」


「そういうつもりで言ったわけではないのですが……もう大丈夫そうですか?」


「大丈夫。当事者のあんたがそんなに冷静なのに、私が感情的になってたらせわないわ。ごめん」


「謝らないでください。あなたが怒ってくれたこと自体はとても嬉しかったですから」



 昔からレルヒェは自分よりも他人のことで怒る人だった。そんな人だからヨーゼルは信頼しているのだが、レルヒェ自身は「感情的すぎる」と思っているらしく自分の長所を理解してくれない。


 ヨーゼルが笑うとつられてレルヒェも笑った。



「ヨーゼル、これからどうするの?」



 マリーに直接聞くのか、という意味であることを当然ヨーゼルは理解する。



「頃合いを見て先生と話をしてみようと思います」



 そうする他ないからヨーゼルはそのように答えた。しかし、



「(───エルザ、俺はどうしたらいいのでしょうか)」



 数年前、旅に出た婚約者のことを思い出すぐらいにはヨーゼルはひよっていた。

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