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第11話

「ったく、あそこまでしなくてもいいだろうが。おまけに俺の楽しみも邪魔しやがって」


「お主がわしの言うことを聞かないのが悪かろう」



 悪態をつくヴェンダーを困ったような顔でヒビキが窘める。場所はトリステン地方の端っこの森の中。ヨーゼルたちが追ってきていないことを確認しながらヒビキは前を歩くヴェンダーを見た。


 激しい戦闘を行った直後にも関わらず、重心のブレは無く大したダメージを受けた様子はない。骨すら溶かす炎をその身に受けたのにも関わらず火傷の痕すらない。


 相変わらず化物染みた耐久力じゃな、とヒビキは苦笑した。



「っと、この辺でいいかの?」



 もうヨーゼルたちが追って来れないほどの距離を取ったと判断したヒビキにヴェンダーが頷く。ヴェンダーは、懐から小型の通信機を取り出した。未だに据え置きの通信機が主流である現代において、ほとんどお目にかかることができない非常に高価な携帯型の通信機をヴェンダーが起動させる。



「───博士、こちらの状況は終了した」


『随分と連絡が遅かったな、ヴェンダー』



 通信機から発せられたのは深い知性を感じる男の声だった。博士、と呼ばれた男は言葉を続ける。



『君に加えて炎王がついているのにも関わらず予定より大幅に時間がかかったということは、何か面白いものでも見つけたのかね?』


「あぁ、ヨーゼルの母親が随分と腕が立つ奴でな。俺の攻撃を全て受け流す上に……ありゃあたぶん物質を操る魔技の使い手だな。大気を操って俺にダメージを与えられる程度に重みのある攻撃を繰り出してきやがったぜ。聞いていた以上だ」


「おまけに私が放った炎すらも薙刀で触れるだけで完全に制御下において打ち返してきよった」



 ヒビキの言葉に驚いたのが通信機越しに伝わって来る。



『それは本当か。にわかに信じがたい話だが、その話が本当ならば直に見たかったな』



 興味津々といった様子の博士だったが、すぐに真剣みを帯びた声色に変わった。



『それで、頼んでいた件はどうだった?』



 ヴェンダーとヒビキは顔を見合わせた。先に話せ、というヒビキのジェスチャーに従いヴェンダーが口を開く。



「ヨーゼルにタイプAをぶつけてみたが、素手だけで圧倒していた。魔獣も必死に抵抗しちゃあいたが、攻撃をかすらせることすらできていない」


「ヨーゼルが刀を持った状態では、大人と子供じゃな。風の魔獣も一瞬で真っ二つにしておった」


『あのクラスの魔獣では相手にならないか。力はどの程度使っていた?』


「それがまだ何の力も発現しとらんようじゃったぞ」


『まったく、か?』


「……まったくだ」



 博士の問いにヒビキはそれほど間を置かずに答えた。だが、その直後にヨーゼルが最後に繰り出した頭突きを思い出す。



「(技を放つ前とはいえ、わしの周囲はかなりの高温を帯びていたはず。そこに頭を突っ込めば普通は生きとらんはずじゃが……)」



 ヨーゼルの力はすでに発現しつつあるのかもしれない。ヒビキはそう思ったが、自分の気のせいである可能性があったのでわざわざ口にはしなかった。


 それに、博士には何も言わない方が面白いかもしれない。博士から自分たちが見えないのをいいことにヒビキはこっそりと口元に笑みを浮かべる。



『そうか、炎王たる君が言うのであれば間違いないのであろうな……』



 しばらく博士は押し黙る。この突然の沈黙は博士が熟考したときの癖であることを知っている2人は口を挟むことなく博士の声を待つ。



『記憶を失っている、というのは知っているが。10年経っても力が発現していないということは、マリー・ドレアが随分と上手くやっているということか』


「で、あろうな。あやつはバレンの存在すら母君から聞かされてないらしい」


「博士、必要があるならもう一度ヨーゼルのところへ行ってきてやってもいいぜ」


『君はヨーゼルと戦いたいだけだろう』


「あたぼうよ。それで、必要があるのかないのか。どっちなんだ?」


『ヨーゼルは英雄だ。我らが手を出さぬとも、他でもない彼自身の運命が彼を引き込んでくれるさ』





 それから気を失ったヨーゼルはすぐにトリステンの教会に運び込まれた。その教会にいるクラウスという医学に長けた神父に命の別状なしとの診断をもらった直後にヨーゼルは目を覚ます。


 すぐに動こうとしたヨーゼルをマリーが鬼の形相でベットに押し込んだ。クラウス神父からも「しばらくは安静にしなさい」と言われたヨーゼルは教会にて療養を余儀なくされることとなったのだ。


 結局、ヨーゼルはそれなりの傷を負ったが、ヴェンダー、ヒビキという2人の強者に魔獣という怪物が襲来したのにも関わらず目立ったけが人は他にはいなかった。それは正に不幸中の幸いと言える成果だ。


 しかし、ヒビキたちがやって来たことで様々な問題が浮上した。


 まず、孤児院が半壊したせいでゴードンたちの寝泊りする場所が無くなったのだ。この件の解決に手を挙げたのは教会がだった。普段は使っていない教会の一室を孤児院の子供たちとゴードン、ミシェル夫妻の宿泊場所に使って彼らを一時的にい受け入れてくれたのだ。


 そして、次の問題は再びやってくるかもしれないヒビキや魔獣たちの対策だ。仕事のためにトリステンの外に出る人間もいる。何の対策も取らずにいればトリステンの外に出た瞬間に魔獣に襲われる可能性だってある。そのような不安を解消するために手を挙げたのがマリー以下門下生たちだ。彼らはしばらくの間ヒビキたちが現れた森の巡回と街の警備を行うことにした。


 そのようにできるだけ対策を取ったのだが、肝心のヒビキたちのその後の足取りや魔獣の情報を得ることはできなかった。ヒビキたちが去っていた方向を探索に出るも手練れである彼らは痕跡を残さず撤退する術も身に着けいた。そして、魔獣の情報を得ようと思ったが孤児院を襲った魔獣は灰となりヨーゼルたちの家を襲った魔獣の死体も無くなっていたのだ。


 このような体制を敷いたことや襲撃者の正体不明さ。そして何より、トリステンが狭い田舎であることもあって襲撃者の一件はトリステン中に知られることになった。


 そのためトリステンの住民たちは緊張感をもって生活をするようになったのだが、襲撃者を撃退した立役者のヨーゼルは療養を言いつけられたことで暇を持てあましていた。





「───ヨーゼル、具合はどう?」



 ヨーゼルが寝泊りする教会の一室に美味しそうな焼けた小麦の匂いを放つ紙袋を持った女性がやって来た。彼女のなまえは、レルヒェ・ドレア。ヨーゼルがトリステンの街にやって来た頃から何かと世話を焼いてくれる三つ歳上の姉のような存在だ。


 ベッドの上に座って本を読んでいたヨーゼルはレルヒェを笑顔で出迎える。そのまま立とうするヨーゼルの肩にレルヒェは手を置く。



「わざわざ立たなくてもいいから。怪我してるんでしょ?」


「これぐらいなんてことありませんよ」



 そう言ってヨーゼルは自分の肌を見せた。一番のけが人であったヨーゼルの傷も治りつつある。ヨーゼルの傷の治りが早いのもあるが、そもそもが軽傷だったのだ。



「あら、ほんと。ここに運びこまれたって聞いてたからすごい重傷だと思ってたけど、やっぱりさすがね」


「運がよかっただけですよ」



 自分の傷が軽いのはヒビキに手加減されていたからであることをヨーゼルは理解している。そのことに表現しようのない悔しさを感じつつも表情に出すことはしなかった。



「かもね。でも、いくら傷が浅くても私は心配なの」



 レルヒェは持ってきた紙袋をヨーゼルに渡した後、近くにあった椅子に座る。ヨーゼルが紙袋を開けると一気に部屋の中に焼けた小麦のいい香りが広がる。


 中にはヨーゼル好みの味の濃いパンが入っていた。



「味の薄い病人食ばかり食べてるんじゃないかと思ったから持ってきたけど、食べて大丈夫そう?」


「ええ、体はピンピンとしてますから。いま食べてもいいですか?」


「どうぞどうぞ」


「では、いただきます」



 ヨーゼルがパンに口をつけるとほどよい塩味と口と鼻を刺激する香辛料が通り抜けていく。美味しそうに食べるヨーゼルを見たレルヒェから笑顔がこぼれる。



「相変わらずあなたが作ったパンは美味しいですね。一番好きです」


「私が作ったって言ってないのによく分かったわね」


「あなたのパンを世界で一番食べたのは誰だと思ってるんです? 分かりますよ、当然」


「あんたは人が一番言われて嬉しいことをスラスラと言ってくれるわ。この人たらしめ」



 レルヒェはヨーゼルの頭をわしゃわしゃと撫でまわした。見て目こそ荒々しいが、触り方は丁寧でヨーゼルの体を気遣っていることが伺える。



「思っていたよりも元気そうで安心した。例の事件から2日経っても、教会から出てないみたいだからもっと重症なのかと思ってた」


「あまり外に出ないように、とクラウス先生に言われたのでそれに従っていただけですよ」


「あんたならそれでも暇にしていたら隠れて外に出るでしょうに」


「それがですね……」



 ヨーゼルが困ったように笑う。



「教会にいる孤児院の子供たち、とくにレイドとアリスが俺のことを心配してずっと部屋の外で見張っているのですよ」


「あぁ、そういうこと」


「俺が帰ってきたときにすごい泣いていましたから、俺の怪我は自分たちのせいだと思っているのでしょう。部屋に入ってこないのは俺と顔合わせる資格が無いと思っているからかもしれません」


「そっか……」


「子供たちがいない時間は、リルティが俺が暇しているのを知って話し相手になりに来てくれています」


「……うん」


「子供たちもリルティもいない時間帯は先生が顔を見に来ます」


「そう……」


「みんな、俺のことを心配してくださっているのは分かっているのですよ。ですが、いま俺は一人になりたい気分です」



 ヨーゼルの言葉にレルヒェは首をかしげる。



「私、今日ここに来てよかったの? リルティからヨーゼルが私を呼んでるって聞いたからここに来たけど。1人になりたいならまた別のときに来るわよ」


「いえ、リルティにあなたへ言伝を頼んだのは間違いない。あなたに、聞いて欲しいことがあるのです」



 何かを悟ったレルヒェは咄嗟にヨーゼルの手を握った。怪我をしているせいなのか、ヨーゼルの手がいつよりほんの少し冷たいのを感じ取ったレルヒェは両手で優しく包み込んだ。



「レルヒェ。昔、俺とあなたとラウルの三人で俺の過去について。調べたのを覚えていますか?」

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