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第10話

ちょっと長めです

 未だに森に響く戦闘音を辿って、ヨーゼルはひたすらに走る。傷付いた体であっても風のように森を駆けるその姿は白銀の風のようであった。その後ろをアルバート、ニック、シーシャが追う。



「……師範代、あの体で俺たちより早くねえか」


「武器を持っていないから……って思いたいけど。さすがに悔しいわね」


「たぶん今回の騒動がひと段落したらぶっ倒れるぜ、あの人」


「もしそうなったらリルティに運ばせましょ。あの子、顔真っ赤にするわよ」



 ヨーゼルの後ろで三人はそんな軽口を叩き合う。現在の危機的状況を理解していないかのようなやり取りだが、強敵との戦いの前にあえて軽い話をすることには精神的な余裕を持たせるという意味がある。



「(早く向かわなければ)」



 だが、いまのヨーゼルには余裕を保とうとする余裕が無かった。


 ヴェンダーという傭兵だけでも厄介そうであったのに、一呼吸で地面を灰に変える力を持った男が加われば厄介どころの話ではない。


 そんなマリーの危機にヨーゼルは冷静さを失っていた。だが、ヨーゼルは冷静さを失ったことで傷付いた体が悲鳴を上げていることに気が付かず限界以上の速度を出すことが出来ていた。


 戦闘音が近付くたびにさらに速度が上がっていく。


 突如、空に火炎が舞い上がった。東方民族に伝わる龍に似たそれは天へと逆巻きながら突き進み夜空の黒と交じり合う。


 その光景を見たヨーゼルは呼吸を忘れて速度を一気に上げた。



★★★



 戦いの間に入る、というのは言葉で表されるほど簡単なものではない。


 真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である、という有名な軍略家の言葉が表すように戦いの基準に達していない人間は味方の邪魔にしかならない。


 まして、戦っているのはマリーとヴェンダーという人の身でありながら人の領域を超えた怪物。その二人の戦いに入っていける人間は限られる。


 結果を言えば。マリーの応援に駆け付けた二人の門下生リルティとゲイツはその基準に達していた。



「せいッ!」



 上空から襲うマリーの不可視の攻撃によって地面に足がめり込んだヴェンダーを横からリルティが襲う。手に持った薙刀を大きく振りかぶり遠心力を利用することで生み出される斬撃をヴェンダーの頸椎(けいつい)に叩きつけた。


 人間の急所である頸椎は首の後ろにありここを破壊されると人間の体は動かなくなる。


 だが、リルティの刃は青い光に阻まれておりヴェンダーの致命傷を与えることはできていない。鋭い一撃に口角を上げたヴェンダーが地面を力強く踏み込めば、地面が陥没してリルティが空中に投げ出される。


 ヴェンダーは右腕に力を込めて青い膜を纏わせた。それが攻撃の予備動作だと察知したリルティが≪空土(からつち)≫でヴェンダーから距離を取る。



「まずはてめぇからだッ!」



 しかし、ヴェンダーは関係ないと言わんばかりに咆えた。すると、突如としてヴェンダーの右腕が纏う青い膜が腕の形のまま膨張する。そうして、人間一人程度なら握りつぶれそうなほど大きな手が出来上がった。ヴェンダーの腕の動きに合わせて、巨大な手がハエをはたき落とすかのような動きでリルティに迫る。



「───なめないでッ!」



 リルティは空中で回転しながら薙刀を振り回した。そうすることで大気の気流を纏い、巨大な手を寸前のところでふわりとかわす。


 リルティに意識が向いていたヴェンダーの背後に巨漢の男が降り立った。門下生の1人であるゲイツだ。ゲイツはその巨漢から生み出されるパワーを効率的に伝えるために刀を野球の打者のように構える。



「キィエエエエ───ッ!!!」

 


 ゲイツはその体から似つかわしくない高い奇声を上げて、ヴェンダーの背後を思いっきり撃ち抜いた。ゲイツが背後にいたことに気が付いていたヴェンダーは、当然背中に膜を形成していたがゲイツのパワーに押されて上空へ打ち上げられる。



「本当に妙なのがいたもんッ───!」



 ゲイツの無茶苦茶な戦い方に、それでも笑みを絶やさなかったヴェンダーが驚いたように上空を見上げた。


 打ち上げられたヴェンダーよりもさらに高い場所で、マリーが薙刀を上段に構えていた。炎のような赤い髪が風に揺れたマリーの姿は美しい。だが、そんなことよりもヴェンダーはマリーの背後にある何かに注意を向けざるを得なかった。


 マリーの背後には星空と月があるだけだ。だが、その星の光や月の形が妙だった。星の光は点では無く横に引き延ばされ線のように、月はヴェンダーの記憶の中にあるものより横長くなっているように見えた。



「(まさか、大気が歪んでやがるのか)」



 マリーの不可視の攻撃の正体に気が付いたヴェンダーだったが、もう遅い。マリーの溜めは既に完了しており、あとは薙刀を振り下ろすだけ。対して、ヴェンダーには回避する時間は残っていない。



「文句は受けつけんぞ」



 下から聞き覚えのある声がした。ヴェンダーが咄嗟に体全体を青い膜を覆った直後、横を紅蓮の龍が飛翔していく。


 凄まじいスピードで天に昇る龍がマリーを飲み込んだ。「師範!」とリルティとゲイツが叫ぶ。



「ヒビキィ!!! 邪魔すんじゃねえ!!!」



 ヴェンダーは落下をしながら、下にいる赤髪の男───ヒビキに向かって怒鳴る。あまりに大きい声量は戦場に響き渡りヒビキは思わず耳を塞いだ。



「手助けをしたのに何という言い草じゃ、まったく───しかし、ヴェンダーよ。まだ、勝負は決していないようじゃぞ?」


「チッ、わーってるよ」



 ヴェンダーとヒビキは夜空を見上げる。ヒビキの炎は容易に人の肉を焼き骨を灰にする代物。しかし、マリーを飲み込んだあとは夜空の花となって散るだけの火炎の龍が未だにとぐろを巻いている。


 夜空を舞う赤い龍の中心に、薙刀を構えるマリーがいた。周囲を飛ぶ紅蓮の龍によって照らされたマリーは儀式を執り行う神官のように厳格で、炎の前で舞う巫女のように幻想的で美しかった。



「(信じがたい技量だ)」



 マリーが動かす薙刀に合わせて火炎の龍が動く。


 さらに薙刀を振るわれる度に巨大化していく龍の姿を見て、ヒビキは己の炎が完璧にマリーの制御下に置かれていることを理解した。マリーが何をしようとしているのか察知したリルティとゲイツがその場から離脱する。



「───お返しだ」



 マリーが薙刀を振り下ろした。たったそれだけで夜空を支配していた火炎の龍がヴェンダーとその下にいるヒビキを飲み込まんと直下してくる。



「───手を出すなよッ!」



 ヴェンダーはヒビキに忠告を飛ばしたのち地面に着地。腰を落とし背中を丸めて力を溜める。



「ハァああAaa……ウォオオOoooooo───ッ!!!!」



 一度大きく深呼吸をしたのち、猛獣のような雄叫びを上げる。≪戦場の咆哮(ウォーハウル)≫、理性の獣である人間を雄叫びによって本能とともに体内に眠る闘気を爆発させて獣と化す、傭兵特有の戦闘技術だ。


 森中に響いたその声に呼応するようにヴェンダーの体から青い闘気があふれ出た。その闘気を全身を覆うことで硬い鎧に包まれた青き二足の獣が誕生する。



「───フキトベ」



 強化された足でヴェンダーが地面を蹴って尋常ならざる速度で飛翔する。あまりの速度に物理現象すらも追いつかず、ヴェンダーの蹴り足によって力が加わった地面が彼が飛び立ったあとに思い出したかのように爆発した。


 空中で赤き龍と青き狼が激突して、夜空に青と赤と紫の花火を彩った。



「……もう撤退だということ忘れているのではないか? あの男は」



 戦場を空中に移動させたヴェンダーとマリーの戦いを眺めながらヒビキはため息を吐く。無理やりにでも連れて帰るか、と。刀を引き抜いたヒビキの前にリルティとゲイツが立つ。



「どくがよい、邪魔立てするならただではすまんぞ?」



 ヒビキを中心に濃密な死の気配を孕んだ風が吹いた。常人ならば触れるだけで体調を崩しかねない風に晒されながらも2人は一歩も引かない。



「そのような脅しに屈するわけにはいきませんな」


「私たちが相手になります」


「……実力差が分からぬわけではなかろうに。よい気迫じゃ、やはりここには素晴らしき焔を持つ者たちが集まっておる。しかし、」



 ヒビキは刀を鞘に納めた。そして、ヒビキの敵意も同時にかき消える。先ほどまで濃密な死の気配にさらされていたリルティとゲイツは、ヒビキ放つ気配の急激な変化に戸惑った。



「如何せん、実力差は埋めがたい」



 リルティとゲイツが困惑したことで生まれた隙を突いたヒビキは、炎を推進力に空へと駆け昇る。リルティとゲイツが慌てて追おうとしても、2人の≪空土≫による飛翔よりはるかに速い。


 空中で激しい火花を散らしていたマリーとヴェンダーはヒビキの接近に即座に気が付いた。



「手ぇ出すなっていったろうが!」


「やかましいわ、お主は黙っとれ」



 空中でヒビキが構えた刀から炎が吹き荒れる。マリーはヒビキの攻撃に備えた。



「───ヴェンダー、私の忠告を無視したお主が悪いのだぞ」



 人を炭にする大火力をヒビキはヴェンダーへと放った。突然の行動にヴェンダーだけではなく、マリーすらも驚愕に顔を染める。



「うぉおおおお!?」



 だが、そんな炎すらヴェンダーの青い膜に阻まれてろくにダメージを与えられない。その代わり炎の衝撃を殺すことはできなかったようで、間抜けな声を上げながらヴェンダーははるか遠くへと吹き飛んでいった。



「何の真似だ!?」



 未だにヒビキの名も知らないマリーだが、状況から見てヴェンダーの仲間であることは理解していた。だからこそ、仲間であるはずのヴェンダーに攻撃をした意図が分からずマリーは混乱する。



「いやなに、既に目標は達成しているから撤退しようとしておるのにあやつが戦いを止めるそぶりを見せなかったのでな。強引に帰らせたまでよ」


「目標を達成……? まさか、貴様ヨーゼルをッ!!!」


「殺してはおらん、安心するがよい。それよりも───お主、随分と腕が立つようじゃな」



 ヒビキの刀が緋色に輝く。先ほどヨーゼルに放った全てを灰塵に帰す絶技、その予備動作だ。マリーはその赤き刀身から発せられる温度と殺意に身を震わせ、ヒビキは刀を振り上げた。



「お主ならば溢れ出した激流を止めること(あた)わずとも、その行く先を変える程度はできるやもしれん。ゆえに、」



───灰塵と帰せ



「───火響せッ」



 刀を上段に振り上げたことで空いたヒビキの胴体目掛けてヨーゼルが空に打ちあがる花火のように飛来する。先に地面から跳んだリルティとゲイツを抜き去ったスピードと≪鋼皮功≫で硬度を上げた頭が合わさった頭突きを喰らったヒビキは思わず技を解く。



「───ぐっ」


「ヨーゼルッ!」



 渾身の頭突きを放ったヨーゼルだったが、ヒビキから放たれる熱と炎によって酸素の薄い場所へ突っ込んだことでむしろヒビキよりも深いダメージを負ってしまった。


 それまでの戦闘のダメージと呼吸をせずにここまでやって来たことによる酸欠不足が重なり、ヨーゼルの体勢は大きく崩れる。そのまま地面へと真っ逆さまに落下していくヨーゼルを見たマリーは、血相を変えて助けに向かった。


 仕方ないこととはいえ、マリーは目の前に尋常ならざる敵がいるにも関わらず背を向けてしまった。それは、戦場で死んでも行ってはいけない愚行。その愚行をヒビキが見逃すわけもなく刀に炎が宿る。



「(ヨーゼルが射線上にいるか)」



 普通ならば背中を撃たれかねない行動だったが、ヨーゼルを巻き込んでしまう可能性を危惧したヒビキは炎の放つ向きを変えた。



「───さらばだ」



 ヒビキは背中から炎を放出してヴェンダーが吹き飛んでいった彼方へと消えていく。その後ろ姿へヨーゼルは薄れゆく意識の中で手を伸ばす。



「まてッ、お前は何を知って───」



 言葉の途中、ヨーゼルの意識は途切れた。

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