クビになりました
おやっさんの口から出た「職員のリストラ」という驚きのワード。
なんでそんな事になったのか理由を聞いてみたら、当たり前の理由が帰ってきた。
魔王が討伐された事で、各国ようやく自国の復興に本格的に取り掛かれるようになり、その予算を確保するために組合への支給額を減額したいという申し出が多く出されたという。組合としてもそれを拒否できるわけもなく、少額が少額が積み上がり相当額の減額となってしまった。
初めは慣れない節約から初めてみたものの中々経費を抑えることが出来ず、組合内にある不要と判断した装飾品を売却しても月々マイナスを計上していたそうだ。
そして、ついには組合の正規職員を切らなければという状況になってしまった、と。
「んじゃさ、俺切ってよ」
「な、なんだと⁉︎何を言うアッシュ!」
「だって、俺の給料高いじゃん。俺が辞めればだいぶ浮くでしょ」
「お前の給料が高いのは、一人で何件もの仕事を!」
「いいの、いいの。おやっさんは、ここまで頑張ってくれた職員の首切りたくないんでしょ?」
俺がこう言うと、ブンブンという音が聞こえそうな程首を縦に振るおやっさん。
ここ、ケルパラスは終戦直前までは魔族との戦争の最前線だった都市だ。その職員ともなると、最盛期は休みなどほぼ無く仕事詰めになるのだが、誰も彼も魔族に対抗する人々の為に働き続けた。
そんな職員たちだからこそ、おやっさんは誰かの首を切る判断が出来ないでいた。
頭としては甘いだろうが、それがベニザメという男なのだ。
ただ、60を超えた男が涙をこぼしながらこちらを見るのはやめて欲しい。
「それに、貯蓄はいっぱいあるし!外の世界をゆっくり見た事ないからいい機会だし!」
「アッシュ……」
これは俺の本音だ。
幼い頃におやっさんに拾われて、冒険者となるように育てられた訳じゃないが、頼られて働く父親の背中に憧れない訳がなかった。自分のやれる事、やれるようになるために努力を続けたら、今の地位まで上り詰めることができた。
ただ、俺もずっと仕事仕事で世の中楽しんでいる余裕などなかったから、折角平和になったのだから旅の一つはしてみたい。
「すまん……すまんな……」
おやっさんは涙を流して俺の肩を掴む。
ずっと謝り続けるおやっさんに、「いいよ。分かってる」と俺は言いながらその背中を摩ってあげる。が、頼むおやっさん、鼻水を拭いてくれ。このままだと、揺れて俺の服に着くからぁああああああ!
「すまない、アッシュ。必ず、また問題が解決したら呼び戻す」
無事におやっさんの鼻水を回避できた俺は、正式に組合を辞めることが決定し、必要な書類をその場で書いて組合長室を出た。
家に帰るついでに、旅に必要になると思う物資を購入して旅支度を進める。
翌日。
組合に顔を出した俺は、いつもより騒がしいロビーの中掲示板に一枚の紙が貼られていることを確認した。
ーー以下職員を解雇する。 アッシュ・ベラクル
この日を持って、俺は正式に組合員では無くなった。
ちなみに掲示板に記載されている「ベラクル」とは、姓ではなくこの都市に名誉ある活動を行なった者に渡される勲章のようなもの。俺が持ってるのも“ダンジョンで帰還困難になった冒険者を救助した功績“という形で渡された。
本当は、表立って表彰出来ない仕事をこなしていた俺に少しでも役に立てるものをと市長が気にかけてくれた結果らしい。
しかし、それは事情を知らない多くの冒険者たちからは反感を買ってしまった。そりゃー、有名でも何でもない奴が冒険者を助けたってだけで表彰されれば、反感の一つや二つ買いますわな。
「おい、あの穀潰しついにクビになったみたいだ」
「ようやくかよ。組合長のお気に入りってだけで職員になったようなヤツだもんな」
「あの人の働いてるところ私みたことないんだけど」
「それみんな思ってる」
すればこのように、依頼のために集まっている冒険者たちには嫌われる訳です。……辛い。
だがこれで!晴れて自由の身になった俺は、組合を後にした。
「よし。んじゃ行くか!」
一度自宅に戻ると、質素ではあるが準備していた旅用の荷物を持って長年住んでいた家を出た。
外へと出るための門に向かいながら、この風景もしばらく見納めかと目に焼き付ける。長年いた街だが、いざ離れるとなると存外愛着があったのだと実感する。
門をくぐり外へ出れば、いつもの外の景色も何だんだか違うように映った。そして、ワクワクとドキドキを抑えるために息をいっぱい吸って両腕を突き上げて腹の底から声を出す。
「「自由だぁああああああああ!!」」
え?
「「え?」」
隣から声がするからそっちを見れば、そこには知り合いが自分と全く同じ格好をしてフリーズしていた。