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三日目朝、駅前にて。

9話です。

 蝉の声が突き刺す快晴。


 遠くでは、入道雲が宇宙に向かって背を伸ばしている。



 昨日の夜から熟睡し、バッチリ目を覚ましてから軽く筋トレして汗を流し。シャワーを浴びてから余裕を持って支度をしても午前9時。



 持て余して待ち合わせの駅前広場に予定より30分ほど早く到着した僕とほぼ同時に、奥山さんもやって来た。


「……待った?」


「僕も今来たとこ。私服の奥山さん、新鮮だ。似合ってる」


「……ありがと。春田も制服より、良い」


「男なんて余程じゃなきゃあんま変わんないって」


 丸っこいスニーカーを履いて紺のショートパンツはゆったりめの白のトップスと合わせ、黒いキャスケットを乗せた悪山さん。

 いつもの大人しい風とは違い、ボーイッシュな印象だ。こじんまりと背負ったリュックが可愛らしい。

 不覚にも、華奢な体躯と細く眩しい白い手足が艶かしいな、と感じてしまった。


 僕はスキニーに綺麗めなTシャツを着て、少し髪を整えオシャレ用のシンプルなネックレスを下げたくらいである。普段より身嗜みを少し気をつけたくらいで、まぁ、つまりどうでもよい。


「高橋も女の子女の子してる格好より、気楽な方が付き合いやすいと思うよ。あ、可愛くないって意味じゃないから」


「アドバイス通りにした、助かる。春田も素が悪くないから、イケメン風」


「やった!……って、風か」


「格好良過ぎるより、いいよ」


 そう言って奥山さんは垂れ気味な目を細めてふわりと笑った。僕も釣られて、ちょっとだけキザに見えるように笑ってみせた。

 それが可笑しかったのか奥山さんが吹き出すものだから、僕もそれ以上キメ顔を維持することが出来なかった。


「なんか、僕たちが付き合ってるみたいなやり取りだな」


「絶対、高橋とは無理」


「嘘だあ。褒めるくらいそんなの、デート誘えるのに?」


「それは勢い。春田は?慣れてる感じする」


「雲梯さんに言えるかって?むしろどんな格好で来ても同じようにベタ褒めしちゃいそうだから、ボキャ貧で困るよ。慣れてるように見えるのは、ほら、我の強い幼馴染に散々言われてるから」


「春田ほんと意外。白鷺じゃないとは思わなかった。でれでれ」


「なんか最近吹っ切れちゃって。あ、高橋には内緒ね、うるさいから」


「りょ。露葉のどこがいいの?変な意味じゃなくて」


「優しいとこ」


 勿論他にも色々あるのだが。

 奥山さんは珍しいものを見た顔で、首を傾げている。


「白鷺じゃダメなの?」


「芽亜里?」


「すごい、仲良い」


「腐れ縁だよ。それに奴も僕のことなんかそういう目で見ないし、僕だって」


 幼馴染なんてそんなもんだ。関係が深い人間にしか恋が出来ないなら、奥山さんも高橋とは毛色が違う。


「でも、やっぱり意外。優しいのは分かるけど、よりによって露葉なんだ」


「他の人が優しくない訳じゃないよ?そうだな、例えば去年––––」



 そんな感じで、先日より会話が続く。


 お互いにこれから本番の相手が控えているからか、逆に今だけは昨日よりも気楽に話せていた気がする。

 浮き足立った心と夏の高揚感がそうさせているのかもしれない。


 押し付けがましく惚気てしまい、代わりに高橋の好みなんかを教えてあげつつ、待ち遠しく少し長い時間を過ごした。



「––––露葉、愛されてる」


「一方的だから良い迷惑だけどね。匙加減が難しいんだ。高橋にはじゃんじゃん迷惑かけていいから、今日は頑張ろう」


「……おう」


 どうか、良い日になるといいな。




 次に現れたのは高橋と雲梯さんは、二人同時に。

 どうやら途中で一緒になったみたいだ。

 近くでイベントでも始まったのか人通りも多くなって来たが、高橋の上背もあるが僕の雲梯さんレーダーで先に雲梯さんが視界に入った。我ながら気持ち悪い。


「おーい!ひゅーた、奥山!」


「遅れてごめんね」


 雲梯さんは制服の累乗増しで素敵だった。

 真っ白なデコルテが眩しい、淡い水色のワンピースは肩口がシースルー。お腹のベルトにリボンや裾の方にもレースと、細やかな女の子らしさが雲梯さんらしくて非常に可愛い。

 ローファーや上履きと違い、サンダルだと細い足の肌色が目に入る。

 藍を宿す長い髪は、高めのポニーテール。横から綺麗なうなじが見れそうな、普段より開放的な格好。

 お化粧もしているのか、いつもより唇の桃色が艶やかで、どこを見ても可愛すぎて気恥ずかしい。思わず目を逸らすくらいに。


 逸らした視線の先の高橋は七分丈のサルエルパンツにタンクトップといういつもの格好だ。どうでもいい。少し冷静になれた。


「おはよう!僕も奥山さんもさっき来たとこだよ」


 ぎょっとして奥山さんが僕を見た。


「……そう、さっき」


「そうか!」


 30分が長いかどうかと問えば怪しいが、奥山さんもさっきと言ってるからさっきだろう。


「高橋はどうでもいいとして、雲梯さんの今日の格好すごく可愛い!あ、服装だけじゃないけど!ポニテ珍しいし!」


 口を出たのは、そんな言葉だけだった。

 奥山さんとはあれだけやり取りしていたのに、いざとなるとどこまで褒めていいのか難しい。

 思ったままの頭の中が可愛い一色なのだから、可愛いしか言えなかった。可愛い。


「今日は暑くなりそうだから、結んでたの……ありがと。春田くんも、その、格好いい……よ?」


「よっしゃ!!」


 雲梯さんが少し気恥ずかしそうにしながらも社交辞令で応えてくれる。

 気遣い上手な雲梯さんが合わせてくれただけなのに、それでもやっぱり嬉しくなってしまう。合流したばかりでときめきが止まらないんだが、今日大丈夫だろうか、僕。


「なぁなぁ、俺は?」


「高橋くんは元気いっぱいだね」


「高橋の私服は見飽きた!」


「お互い様だろ!」


「見飽きてない子は?なんか言ってみろよ!」


「雲梯はなんつーか、らしいな!奥山は私服初めてで意外だが、俺はそういう方がいいと思うぞ!動けるし!」


 高橋の好みに合わせたんだから、そりゃそうだろう。奥山さんも楽な服が好みらしいし、案外アドバイスがなくても大丈夫だったかも知れない。


 褒められた奥山さんは、嬉しそうに頬を緩めている。

 高橋も雲梯さんへの感想より奥山さんへの言葉の方が多い辺りは惚れ薬の効果だろうか?

 そして奥山さんは高橋を見て、ぼんやりとした様子でその姿に釘付けになっていた。


「ん。高橋、筋肉すごい」


「おう!米俵くらいなら担げるぜ」


 そう言って力瘤を作る高橋の二の腕がボコリと盛り上がる。男の僕が見ても羨ましいほど逞しい。

 学校のジャージより露出が多いので、余計にガッシリした肉体アピールがすごい。


「良いよな、高橋は肉付きやすくて」


「ひゅーただって力はあんま変わんないだろ!肉質が違ェ、肉質が!」


 そう、高橋の方がガタイに出やすく、僕はあまり太くはならない。

 体質ばかりは仕方ないものなのだが。


「でも男に生まれたからにはマッチョ目指したいだろ!」


「全くだ!」


「二人とも、運動部じゃないのにすごいよね」


「俺は家の手伝いもあるからな!」


 高橋の家は農家で、力仕事だけじゃなくて畑が山の中にあったり、大変な環境も多い。僕も遊びに行って手伝ったことがあるが、かなりハードだ。移動だけでも足腰が丈夫になりそうなくらい。高橋の野生の原点だ。


「……触ってみていい?」


「ドンと来い!親父譲りの自慢の筋肉よ!」


 すごい、奥山さん。

 教室の大人しい彼女と同一人物か疑わしいくらい積極的じゃないか。


 ツンツン、ガンガンと自然にボディタッチをしていくが、これ本当に僕たちのフォローいるんだろうか。

 そんな気持ちで雲梯さんの方を見ると、彼女もおんなじ考えを浮かべたような顔をしていて、二人して苦笑い。気持ちが通じたようで、些細なことが嬉しかった。


「同じ人間とは思えない。すごい、不思議」


「俺は家の都合もあるからこれだが、ひゅーたはストイックに鍛えてるだけなのにやるぜ!雲梯も触ってみろ!」


 奥山さんに腹筋を叩かれながら、高橋がそんなことを言う。


「え!?わ、私はいいよ」


「いいからいいから!ガッチガチだぞ!」


「えぇ〜……」


 困惑する雲梯さん、そりゃ当然だろう。自分で言うのも何だけど、好きでもない男子の体なんて積極的に触るものじゃない。

 それでも、雲梯さんは伺うように僕を見ていた。これは、チャンス?


「高橋ほど見応えはないけど」


 力を込めて晒した腕を差し出すと、雲梯さんは少しだけ手を伸ばし、引っ込め、を繰り返す。

 奥山さんは楽しそうに高橋の力瘤を揉み解そうとし、高橋も自慢の肉体を弄られて満更でもなさそうだ。サイズ感から、ぶら下がり遊びをする親子や兄弟のように見えて微笑ましい。

 そんな友人を見た雲梯さんは興味の方が勝ったのか、控えめに指を突き出した。


「その、いい……?」


「もちろん!」


 僕史上最大の力を込める。

 しかしすすっと撫でるような指先がくすぐったく、まずい、顔と一緒ですぐ弛緩してしまいそうだった。


「わぁ……かたいね」


「だろ!なんたってひゅーたは当たり(・・・)で俺と張れるくらいだぜ!」


 先日のバスケではないが、リードされてるのは高さだけだ。お互い物理的にも張り合いがあって、だから高橋といるのは楽しい。


「……春田は、どうして鍛えてる?」


 控えめな質問は触り終えて満足そうな奥山さんから。いいな、高橋、チヤホヤされて。

 しかし今の僕だってちょんと雲梯さんの指が触れている状態、負けていない。


「そりゃナヨっとしてるよりいいだろ!」


 なぜか僕より先に高橋が答える。概ねその通りなのだが、それよりも切実な理由もある。


「それに、どっかの頭良いバカのせいで死にかけてるからね。鍛えてなきゃ一番やばかったのは、中学の時の遠泳かな」


 非常食の効果検証をしたいからと、夏休みに数キロ離れた離島まで泳がされて島籠りさせられたことがある。

 多分あの時に見た星空が人生で一番綺麗だった。

 そもそも非常食の実証だけならわざわざサバイバルにする意味がない。芽亜里に許可出す親も親だ。自分の身は自分で守らなければならないと決意が強くなったのを覚えてる。



 そんなことを話していたら、女子二人にはドン引きされた。解せぬ。

彪太レポート:直近のバス逃したのに気付いたのは雲梯さん。

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