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2日目午後、廊下にて。

6話です。

「じゃあ授業終わりー。他のクラスまだ授業してっから廊下静かになー」

 

 教師の言葉を皮切りに、6限の体育の時間の後。



「高橋、自販行こう」


「自販!!スポドリが俺を!呼んでいる!ダッシュだ!」


 バスケの後の汗だくの時間、礼も終わってチャイムが鳴る前の僅かな時間に高橋を連れ出す。

 清涼用の飲み物買いに行くっていうのに走ってどうするんだ。

 溌剌とした浅黒い笑顔がうるさいほどに眩しい。ツンツン頭の短髪から、どうなっているのか重力に逆らって汗が迸っている。


「負けた方奢りな」


 乗るけれども。着替えもあるので、拙速が尊ばれる。

 二人して走り出そうとした汗だくの襟首を、誰かの手が掴んだ。


「「ぐえっ」」


 喉が潰れた。


「待ていタカーシ、春田っち!我らも行く」


「あはは……お邪魔します」


「…………しゃす」


「ッ何!?団体戦か!?」


「な訳あるか。ダッシュはなしだ。前野さん達もどうぞ、一緒に行こう」


 前野さんに思いっきり睨まれた。



 すぐにノるのは僕の悪い癖だ。

 早速、作戦も何もなくなるところであった。


 僕が高橋を誘い出す。

 前野さんが奥山さんたちと同行する。

 何とか高橋に惚れ薬を飲ませる。

 奥山さん()アピールする。


 ひどく雑だが、分かりやすく効果的な作戦である。

 何が最も重要って、高橋がきっと何も考えずに惚れ薬を飲んでくれるのは間違いないので、奥山さんがうまくタイミングを図って視界に飛び込めるかだ。

 多分大丈夫だろう。僕たちが消えればいいだけだ。


 しかしその僕と高橋が先立って暴走してしまうところだった、危ない危ない。



 というわけで、僕と高橋、前野さんと雲梯さん、そして奥山さんの5人で連れ立って歩く。


「ていうか前野さん、よく臆面なく捕めたね」


「?何が?」


「確かに!俺達汗ヤバくねぇか!?」


 言われて気付いたのか、前野さんが嫌そうな顔をしながら裾で手を拭く。


「きも……」


 豪快というか、大雑把というか。

 あからさまに気持ち悪げに呟いて微妙な空気を演出してくれたが、しかしそんな時に気を遣ってくれるのが雲梯さんだ。


「さっき、大活躍だったもんね」


「だろ!?見たか俺の連続スリーポイント!」


「スリーポイント?ごめん、それは見逃したかな」


「何!?まぁ女子も試合だから仕方ないか!どこ見てたんだ?」


「え、どこって。高橋くんもシュートしてて、春田くんもパス上手いなって。二人ともバスケ部みたいだった」


 褒め言葉が素直に嬉しい。

 僕も高橋も帰宅部だが運動は得意な方だし、ウチのクラスはバスケ部も少ないから、目立つのかもしれない。


「ふーん、へー」


 手を拭き終えた前野さんがどうでも良さそうな顔をしているが、何故か目がニヤニヤと笑っている。


「確かなタカーシはシュート目立ってたけど、春田っちのプレイはそこまで気にしなかったなぁ」


「攻めるのは高橋に任せてたからね」


「おう!俺とひゅーたがいりゃ千人力よ!」


 ガハハと高橋が笑う。


「僕ももうちょっと身長あればゴール下ガン攻めするんだけど。こればっかしは高橋に負けてるし、羨ましいな」


「いいだろう!毎朝牛乳飲んでるからな!」


 高橋は180を超える勢いで、僕は170台中盤。男子的にはデカければデカい方がいい。


「そっちじゃないんだわ。明らか目立たないプレイに注目してる誰かさんにもパス振れや」


「ま、前野ちゃん!」


「……あ」


 奥山さんが何かに気付いたように声を出したが、これまで彼女の発言はほとんどない。この調子で大丈夫だろうか。

 廊下を横並びに歩くのも忍びないので僕と高橋が並び、その後ろに前野さん、そして雲梯さんと奥山さんが続いている。位置的に話に混ざりづらいのはあるのかもしれない。


「目立たないのもいいことだ!ボール投げやすい!」


「確かに。囲まれても一回外出せると楽だからね」


 なんて、不自然に立ち位置を移動するのもなんだ。そのままさっきのバスケの反省をしていると、時々雲梯さんが焦り(可愛い)、前野さんが肩を落とす。奥山さんは相変わらず物静か。



 あっという間に自販機前。いの一番に体育館から逃げ出したので、他の人は未だ来ない。


「女子的には身長高い方がいいとかあるの?あんまり男子ほど高さでぶつからないよね」


「競り合いも何も、動く子がどんどんボール取りに行くからねぇ。私らみたいなのはおまけよ、おまけ」


「身長かぁ……」


 雲梯さんが僕の頭の上を見る。多分、僕の頭越しに高橋の頭も見えているだろう。ちょっと悔しいので、少し背伸びなんかしてみる。

 雲梯さんがそれに気付いて、ふっと微笑んだ。はい可愛い。バスケの時の頑張る雲梯さんも可愛かったが、というか何でも可愛いのだが、こういう穏やかな笑みの方が雲梯さんには似合っている。


「そんなこと言って前野もゴールしてたろ!乳揺れたぞ!な、ひゅーた!」


「ぶん殴っていい?」


 言いながら、前野さんがグルグルと肩を回す。何やら物騒な流れだ。


「待って僕はあんまり前野さん見てない。前野さんにそんな興味ないし」


「タカーシ、奢れ」


「なんで俺だけぇ!」


「だって春田っちは誰見てたんだよ!」


「え、そりゃうッ」


 言いかけて、後ろから背中にパシっと走った小さな衝撃で我に帰った。

 そうだ、高橋には言ってない。言えば絶対言葉が漏れる。それは、彼女が困る。


「そりゃ美人は目で追ってたけど」


 言い換える。

 嘘は言ってない、固有名詞がふんわり言葉に変わっただけだ。


 また後ろからパシっと手のひらの感触が走った。


 変なことを言えば、これもっと続くだろうか。欲が深くなってしまう。


 しかし流石に温厚な雲梯さんにも失礼だろう、後方にいた雲梯さんにチラリと目線で謝罪すると、彼女はぷいと他所を向いてしまった。

 あまりない表情、レアだ。今日はもう7限だけだが多分良いことがある。間違いない。


 ついでに横の奥山さんを見ると、彼女は神妙な顔で自販機を向いていた。何を考えているかは分からないが、他の人が来る前に済ました方がいいだろう。

 正直、僕らがいなくて上手くことを運べるか心配だ。


「じゃ、高橋は前野さんの奢りな。ほら、早く選べ」


「っだー!アクアリかポッカリ、どっちにしよう!」


「私午前ティーレモンでよろ」


 容赦ない、本気で奢らせる気だ。前野さんは財布すら出す様子がなかった。



 適当に飲み物を買って、一息。

 運動した後の汗も冷え、内も外も一気に涼しくなってくる。


 頃合いだろう。前野さんが射殺すような視線を僕に向けている。


「そうだ高橋、これやるよ」


 ポケットから、例のブツを取り出す。


「ん?何だこれ?」


「芽亜里の新作。なんか元気になるやつ」


「マジか!すげぇな!飲む飲む!」


 馬鹿である。なんか元気になるやつって何だろうか。


「あ、私とつゆと春田っちはちょっとトイレだから先行く。ばりひー、また後ね」


「……ん」


「運動後、スポドリ一気してから飲むといいらしいぞ」


「ひゅーたは飲んだのか?」


「飲んだ。あんまり差は感じなかったけど、高橋はどうだろうな」


「よし、いっちょいくぜ!まずはアクアリ一気だな!」


 言うが早いか、高橋がペットボトルをほぼ垂直に立てる。見る見る内に中身のアクアリはその容量を減らしていった。


「ほら春田っち、早く!漏れるよ!」


「ていうか前野さん、色々ヤバくない?」


「連れションなら仕方ねぇ、じゃーひゅーた、後でなー」


 既に前野さんと雲梯さんは廊下の曲がり角に近い。


 僕も足を下げる。

 交代に奥山さんが前に出た。


「頑張れ」


 と、高橋に聞こえないようにほとんど声に出さずに応援。


 奥山さんも、僕たちの方に視線を向けた気がした。

 ここから先は僕の時と違ってどうなるかは分からない。


 去り際に、高橋が小瓶の封を開けるのが見えた。


 高橋が本当に何も疑わずに芽亜里謹製の薬を飲む馬鹿で助かった。

 これからどうなるかは、奥山さん次第だ。


 高橋が奥山さんに意識を向けるのか、それとも何も変わらないのか。

 意識を向けても、期限のあるチャンスを奥山さんは活かし切れるのか。

 思わぬ結果になってしまえば、芽亜里以外は誰も得をしないだろう。それでも使うと決意した奥山さんを信じたい。


 二人から離れ、二人に合流しながら、そんなことを考える。



「春田っち、こっちこっち」


「ど、どうだった?大丈夫かな?」


 曲がり角の物陰に身を潜めて様子を伺う二人に呼ばれ、僕もその輪の中へ。

 近付くと、さっきまでは自分の汗の匂いで気付かなかったが、前野さんのみならず雲梯さんの香りも強くなっていることに気付いた。

 なんで女子って男子と違って臭くならないんだろう。不思議だ。


「きっと大丈夫。今ならいける気がする」


 僕が。


「今なら?」


「雲雀ちゃん、上手くいくといいけど……」


 奥山さんには頑張って欲しいけど、正直今はそれどころじゃなかった。

 壁に張り付いて、三人でほぼ密着しているせいで気になって仕方ない。


「それより僕、臭くない?」


 なんなら前野さんは屈んだ僕に肘すら置いている。さっきも直で掴みに来たけど、本当に強いな。流石にもう冷えてるが、汗で濡れてることに変わりはない。


「あー、汗?だいじょぶだいじょぶ。さっき制汗してたっしょ」


「うん、気にならないよ」


「よかったぁ」


 雲梯さんに臭いとか言われたら、使えるかは知らないけど部室棟のシャワーまで走れる。いっそ外の水道で水浴びまである。


「んなこと言ったら私らもどうよ。臭いって言ったらキレるけど」


「むしろさっきから雲梯さんの良い匂いがして落ち着かない」


 パッと雲梯さんが2、3歩距離を取った。それはそうだろう、今の発言は、ない。


「あの、えーと!なしっ、そういうのは、なしで!」


 パタパタと身振りで否定を意にするが、動く度余計に空気が届く。

 思考が限りなく変態だけれど、これは仕方ない。


「ごめん、キモかった。気を付けます」


「私は?匂わないならいいけど完全置いてけなんだけど」


「気になんないよ」


「どういう意味でだろうなぁ」


 そんなことを話していると、さっき僕たちが来た方向から、人の気配がした。

彪太レポート:運動後の女子はめっちゃいい匂いがする。

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