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2日目昼、ピロティにて。

5話です。

 戻ってきた前野さんと雲梯さんの顔は赤く、夏の暑さのせいだけじゃないように見えた。


 その前野さんが、鼻息を荒げながらしかし小声で器用に捲し立てる。


「ちょいちょいちょい春田っち、つゆにコクって惚れ薬飲んだってマジ??全然そんな素振りなかったじゃん!?」


「告白した訳じゃないよ。惚れ薬の話するのに好きとは言ったけど」


「一緒だろ!え、ガチ?マジでつゆのこと?とんだ台風の目だわ!」


「好きだよ」


「ッカーーー!!サラッと言うなし!え、マジか!?」


 小声で話すために顔を近付ける前野さんからは、制汗剤のシトラスの香りがした。芽亜里以外の女子と接近することないので、不必要にドキドキしてしまう。

 バンバン叩かれながら、別の女子にドギマギしてしまうことに申し訳なくなって雲梯さんを見ると、隣の席の少女は両手で顔を覆っていた。耳が赤い。は?かわいい。


「そんな訳で僕の方は地道に頑張るからいいんだけど、残った惚れ薬どうしよって話なんだよね」


「いやいやいやスルーできっか!」


「お願い前野ちゃん、スルーして……!」


 顔を半分隠したまま、前野さんに縋り付く雲梯さん。無限に見ていられるがご希望に添えないのは本意ではない。


「雲梯さんにも相談してたんだけど、前野さんも誰に使ってもらうとよさそうとか案ない?」


「弄りてぇ……こんなネタ後方に抱えたまま過ごせってぇのかい!」


「どうどう」


「だーれが馬女か!分かった、やめとくよ、今日のところは!」


 あけすけに物を言うのは前野さんの魅力だ。

 僕も歯に絹を着せないというか、馬鹿正直にしか物を言えないのだが何が違うのだろうか。特に色恋沙汰みたいなのは前野さんほど人から相談を受けることはない。

 餅は餅屋だ。こういうのは少なくとも僕なんかより女子の方が力になってくれるだろう。


「それで、使い道なんだけど」


「私もこういう話題って詳しくないんだよね……」


 前野さんの目は相変わらず僕と雲梯さんをロックオンしたままだが、話題を逸らそうとする様子を察してくれたのかやっと標的を惚れ薬に移してくれた。


「話はつゆに聞いたけどさ。好き好んで使いたいって子いるかなぁ」


 少なくとも自分じゃ使わないし、と前置きして悩む前野さん。それはそうだろう。前野さんこそ春先に誰かにフラれたと聞いた覚えがある。惚れ薬なんかに頼らず、自力で突き進むタイプだ。すごい。


「いつもみたいに高橋あたりに使えればいんだけどね。物が物だからさ」


「タカーシ?あー……」


 前野さんは基本的に人をあだ名で呼ぶ。高橋のことはタカーシと呼ぶ。高橋貴志(たかし)の姓名どちらにも対応する呼び方だ。


「高橋くんって、好きな人とかいるのかな?」


「高橋のそういう話は特に聞いたことない……っていうか、いたら絶対一発で分かると思うよ」


「確かにタカーシとか春田っちって分かりやすいもんね。……いやいやいやそれさっき発覚した人が言う!?」


 信じられないという顔で前野さんにガンを飛ばされるが、話の流れが良くない方向に行くのでスルー。

 雲梯さんもあわあわしかけている。


「僕は確かにあんまり言わなかったけど、高橋はどうだろうなぁ。いたら真っ先に当たって砕けると思うんだ」


「砕ける前提なんだ……」


「確かにタカーシなら当たるわ。砕けるわ」


 奴も嘘を吐けない人種である。というより思ったことを包み隠せない人種である。僕もあまり隠し事ができるタイプではないが、正直者のベクトルが違う。

 僕は秘密にするべきことくらいは守れるが、高橋は脊髄で物を言う。


 端的に言えば、好かれるバカだ。


 数学のテスト中に計算式を呟き始めて先生にぶっ飛ばされるような男だ。


 打算がないので気持ちいい。本能で生きているから楽しいことに目がない。好き嫌いもはっきりしているので付き合いやすい。


 祭好きなので、僕諸共に芽亜里の発明品に進んで巻き込まれるような男だ。


 そんな高橋だが、エロい話はしても誰が好きなんて聞いたことはない。

 間違いなく、猪突猛進を地で行くだろう。


「タカーシかー。んー、ちょっと考えてみる」


 思案する前野さんがいつになく頼もしく見えた。

 素晴らしい提案をしてくれた雲梯さんと、手伝ってくれる前野さんに感謝だ。持つべきものは友人である。


「ありがと。僕も色々当たってみるけど、勿論高橋じゃなくてもいいし、急ぐ物でもないから」


「急ぐと言えば春田っち、机の上の真っ白いそれは何だい?」


「あ、前野さんもやっぱり忘れてた?」


 きっと僕もだろう、前野さんの顔からA4プリントよろしく少しずつ血の気が引いていく。


「一限、数学だね……」


 やはり手付かずだったか。あ、あと5分で予鈴。


「「急げ!」」


「二人とも頑張ってね」





 昼休み。

 お昼は日替わりで高橋達男子組で食べたり芽亜里に連れ去られたり、近くの前野さんや雲梯さんと食べる僕だが、今日は前野さん達とピロティ飯だ。相変わらず蝉は元気だが日陰は涼しい。


「というわけで連れて参りました」


「……連れられて参りました」


 男は僕一人に、女子が三人で前野さんと雲梯さん、そして。

 前野さんに連れられて来たのはクラスの奥山(おくやま)雲雀ひばりさんだった。

 確か美術部の、雲梯さんに負けず劣らず物静かな人だと記憶している。絡みはない。


「なんで奥山さん?」


「ばりひー、タカーシ好きなんだよね」


「うそん」


「え、雲雀ちゃんほんとに?」


 高橋のことが好きな女子なんていたのか!

 驚きが先行し、一瞬でイメージが物好きな人に変わってしまった奥山さんを不躾にジロジロと見てしまった。

 ショートカットというか、ボブカットの少し重めの髪。少し垂れ気味で眠そうな目の、見るからに文化部の華奢な女子だ。

 正直、高橋とは真逆のタイプに思える。


「……ほんと」


 ぼそりと一言呟き、頰を染めてこくりと頷く奥山さん。

 控えめな性格もあるだろう、その仕草に雲梯さんぽさを感じてちょっと可愛く見えた。


 なんだ高橋あいつ。


「高橋め、羨ましい……!」


「えっ?」


「ちょ、春田っち!?」


「……?」


 思わず嫉妬の声も漏れてしまう。


「男子ってやっぱモテたいの?」


 前野さんの言である。奥山さんは不思議そうな顔をしているが、雲梯さんが微妙な表情でこちらをチラチラと見ている。

 ……誤解が生まれている!?


「違う違う!モテた……くない訳ではないけど!僕は雲梯さん一筋だから!ほら、奥山さんって控えめっていうか、落ち着いてる系なのがちょっと雲梯さんに似てない!?だから羨ましいっていうか、あ」


 雲梯さんが水色のお弁当箱で顔を隠してしまった。

 奥山さんも眠そうな目を見開いている。


「前野ディレクター、話進めましょうか」


「お前ら早くくっつけよ」


「ち、違うから!私はそんな、違うから!」


「僕としては頑張る次第」


「……露葉ちゃんたちって、そういう」


「な、ない!違うからないから!」


 それはそれでショックではある。



 閑話休題。



 曰く、奥山さんが高橋のことを好きなのは本当らしい。

 自分からグイグイ行く人でもないので、遠巻きに楽しそうな高橋を眺めている内に気付けば、とか。真逆だからこそ惹かれる部分があるのだという。憧れと言われれば、確かにそういうものかも知れない。

 聞いていると、僕でも知らないような高橋の確かに男前はところなんかを拾っていて、よく見ているのだなと思った。


 奥山さんの一歩進みたい気持ちと、薬を飲ませる相手が高橋という丁度良さとを、上手く前野大明神が取りなしてくれたのか。

 本当は奥手であろう彼女の勇気を引き出してくれた前野さん、流石。


 皆で弁当を広げながら、話を続ける。


「流石前野さん。奥山さんも高橋みたいなのが好きなんて、良いところ見つけるの上手いんだね。すごい。でも僕から発端振っといてなんだけど、いいのかな、惚れ薬で?」


 念のため、本人の意向を再確認。僕はどうしてもらしく(・・・)使うことが出来なかったので雲梯さんに確認の上で自分で飲んだが、奥山さんはどうなのだろう。


「…………高橋って、好きな人いないんだよね」


 奥山さんが僕の方を何となく見ながら聞いてくる。

 確かにクラスで高橋と一番仲がいいのは僕だろう、お互いにキャラがキャラすぎて全然そんなこと話したこともないけど。


「直接聞いたことはないけど、いないと思うよ。聞いてみるか」


 食事中に行儀が悪いが、高橋にメッセ。


『春田彪太:高橋って好きな人とかいんの?』


『たかはし!:いねぇ!」


『春田彪太:そっか、サンキュー』


『たかはし!:おう!』


 スマホをしまう。


「いないってさ」


「はやっ!男子ってそんな30秒のノリで情報伝達済むの!?」


 多分こんなので通じるのは僕と高橋くらいだろう。恐らく普通はもっと理由とか聞いたり裏を取ったり面倒くさい。


「伊達に三馬鹿って呼ばれてないから……三馬鹿関係あるかな?兎に角いないみたいだけど。いいの(・・・)、奥山さん?」


 奥山さんの目を見つめると、彼女は人と目を合わせるのが得意ではないのだろう、少し視線を外しながらも見つめ返してくる。

 三人で固唾を飲んでいると、確かに奥山さんは小さく頷いた。


 倫理的な問題や価値観、手段だとか後先だとか、考えることは沢山あると思う。


「……一週間で、終わってくれるんだよね」


「うん」


「……他に好きな子いると、効かないんだよね」


「そうだね」


 ほっと息をつくと、奥山さんは安堵したように少し垂れた目を真っ直ぐに僕に向けた。


「……ダメだったら、ダメなんだよね」


「不義理なことには出来ないって」


「じゃあ、大丈夫。惚れ薬、高橋に使わせてくれるといいなって思う」


 こうして、二本目の惚れ薬の使い道が決まった。

彪太レポート:意外過ぎるけど高橋か……高橋かぁ。

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