表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/10

1日目夕、校舎裏にて。

2話です。

「それで、どうしたのかな?」


 放課後、部室棟とは反対方向の特別教室棟の裏。

 ホームルームが終わってすぐに、人気のない校舎裏に雲梯さんを呼び出していた。



 放課後でも日が高い季節なので、今は物陰に二人。



 朝からうるさい蝉の声は、この辺りでは遠くに聞こえる。



「実は朝のこれのことなんだけど」


「あ、芽亜里ちゃんの?それって結局なんだったの?」


 ポケットから取り出した茶色の小瓶を見つめても、ラベルなどが貼ってあるわけでもない。

 指同士が触れながら心臓を高鳴らせて渡してみれば、日に透かすなどして未知の液体をしげしげと眺めている。


「これ、惚れ薬らしいんだ」


「惚れ薬?」


 全く予想していなかった言葉が出たからか、雲梯さんが目を見開いた。長いまつ毛と大きな目の中に、きれいな黒真珠が浮かんでいる。


「惚れ薬。飲めば一週間、相手のことが好きになるらしい」


「そんなことあるんだ……」


「それで、他に好きな人とかいなければ効果はないらしいんだけど、雲梯さんって今、好きな人いる?」


 腫れ物でも扱うように惚れ薬を眺めていた雲梯さんが、ばっと普段の落ち着いた様子と似つかわしくない俊敏さで顔を上げた。

 困惑しながらも、しかし質問には応えてくれる。


「えっ、好きな人?いないけど……」


 その返答に、自然と胸が高鳴った。

 雲梯さんはガードが硬いので、普段の会話では中々聞けない情報だ。これだけでも、思い切って良かったと思う。


「そっか、良かった!それで、こういうのってこっそり飲ませるものなのかもって思うんだけど、流石にそれは卑怯っていうか、ルール違反だと思うからさ」


 雲梯さんの目鼻立ち整った顔が、困惑をより深めた色に変わっていく。

 出処からして怪しいのは重々承知。僕も真剣に言葉を選ばなければならない。



「だから、出来れば雲梯さんに飲んでもらえたら嬉しいんだけど、どうでしょうか」



 雲梯さんが、パチパチと瞬きをした。こんなに雲梯さんと目線を合わせることもあまりなかった気がする。



「えーと、春田くん。ちょっと考えさせてね?」



「もちろん。そんなすぐに飲んで欲しいなんて言わないよ」


「あ、そういうことじゃなくて。えーと」



 雲梯さんは考え込むように惚れ薬を抱き込むと、キョロキョロと校舎の陰から周囲を確認している。その動作が小動物じみていて、とても可愛い。



「つまり、間違ってたらごめんね?えーと……春田くんは、私に惚れ薬を飲んで欲しいってこと?」


 段々と、その顔が赤くなっていく。日差しの強い夏といえど、女子たちは手間暇惜しまず白い肌を維持しており、雲梯さんも例に漏れず美白美人だ。だからこそ、肌の色が朱に変わっていくのがとても分かりやすかった。


 今更ながら想い人と二人でいる状況と夏の気温に、僕の体温も上がっているようことに気付いた。汗がやばい。



「そうだね。雲梯さんが好きになってくれたら嬉しいから、雲梯さんに飲んでほしい」


「……っ!それって、あの、ごめんなさい、私のことが……好きってこと?」


「そうなんだけど、告白じゃなくって、まずお試し的に惚れ薬を飲んで欲しいなって」


「ちょっと待って、春田くん!」


「うん?」


「まずこっそり飲ませたりしなかったのはありがとう。でも、惚れ薬で私に春田くんを好きになってほしい、ってこと!?」


「そうだね。惚れ薬だし」


「それって、私のことが……っ、どうして?……冗談じゃなくて?」



「雲梯さんのことが好きだから」



「そしたら、これって、……告白じゃないの?」


「そう、告白じゃなくて。この惚れ薬は使わないといけないから、よければ雲梯さんに飲んでもらえたらなって。騙し打ちみたいなのはいやだから、本人に頼むのが一番いいだろうし」


 雲梯さんは言葉を交わすごとに目を回していた。


 僕も途中から何を言っているのかよく分かっていない。

 思うままに言葉が口を出てしまっていた。悪い癖だ。


「なにかおかしい気がするよ……。今まで春田くんにそんなの全然考えたこともなかったし…………でも、惚れ薬は飲めません。こわいし。ごめんなさい」


 雲梯さんが、殊勝に頭を下げて惚れ薬を突き返してくる。

 僕も負けじと頭を下げて、茶色の小瓶を受け取った。


「いえいえ。そうだよね、ありがとう。僕も正直、こういうのってあんまり人に飲ませるものじゃないと思ってたから。無理言ってごめんね」


「ちょっと色々と頭の整理が出来てないんだけど……」


「だよね。あんまり芽亜里の薬って人に勧めるものでもないし。じゃあこれ、どうしようかな……」


「そこじゃないんだけど……捨てれないの?」


「捨てたら芽亜里が怒って何するか分からないんだ」


 思い返せば、ひどい記憶ばかりが甦る。おかげで丈夫な体になってしまった。

 こんな目をもし誰かに遭わせるのも忍びない。



 優しい雲梯さんは申し訳なさそうにしているが、悪いのは全て芽亜里と僕だ。


「仕方ない、僕が飲むか」


「えっ?」


「人に使うのもなんだし、今飲めば雲梯さんに恋することになるから変わらないし」


 言いながら蓋を開けると、密封が解けた小気味いい空気の音が響いた。どうやって加工してるのか、謎の技術力だ。


「え、ほんとに飲むの?大丈夫?」


「芽亜里の薬は失敗してても目的の大筋を外すことはないし、基本的に健康とかには何もないから大丈夫。それじゃ、いただきます」


「え、ちょっと春田くん!?」


 雲梯さんが心配そうに見つめてくれるが、どうせ他に充てもない。



 ええいままよと、瓶を煽る。



 スポーツドリンクのように薄く甘塩っぱい液体が喉を通り過ぎていった。

 小瓶程度と構えてたより、一息で飲むには量がある。



「大丈夫!?春田くん!」


 エナジードリンクでも飲んだ時のような、心臓の鼓動が強くなる感覚。

 何ともなさそうだが、近しいものとしては元気の出る清涼飲料水を飲んだのとあまり変わらなそうだ。


 嚥下の間は無言になってしまうが、雲梯さんは心配そうに僕の様子を見ている。

 完全に私情で巻き込んでしまって申し訳ないが、迷惑をかけても雲梯さんは僕のことを心配してくれている。


 なんて優しいんだろうか。


 彼女のそういう奥ゆかしい気遣いに惹かれて、クラスメイトの自然なままの関係が居心地良くて、今まで何も積極的にしていなかったんだ。



「……っん、大丈夫大丈夫。雲梯さんを好きなのは変わらないっぽいし。むしろ惚れ直した気がする」


「大丈夫じゃなさそうなんだけど……」


「心配してくれてありがとう。なんか、いつもより雲梯さんが可愛く見えるよ」


「あ、これ大丈夫じゃないね」


「芽亜里にはあんまり効果なさそうって言っておくか」


「あの、私が言うのもおかしいんだけど、効果ばっちりじゃないかな……?ほんとに春田くん、大丈夫?」


 とは言われても、僕の中ではあんまり何か変わった感覚はない。


「ほんとに大丈夫。何ともないよ。あんまり美味しくないから、雲梯さんに飲んでもらわなくてよかった」


「美味しくなかったんだ……えーと、でもそういうことじゃなくて」


 言い淀む雲梯さん。彼女がこうして言葉を選んでいる時は、相手を不快にさせないように気をつけている時だ。僕は彼女の暴言や悪態を聞いたことがない。


「いつもの春田くんなら、あんまりそういうこと言わない、よね……?」


「そういうこと?」


「その、……かわいい、とか。……好きとか」


 言われてみれば確かにそうかもしれない。いや、確かにそうだ。雲梯さんは奥ゆかしい方なので、意識させるようなことを言うのも好まないかもしれないとセーブをかけていた。


 今、僕はとても口に出している。


「心の中ではめっちゃ思ってるけどね。あんまり言ったら迷惑だったかなって」


「迷惑とかじゃなくて……私、かわい、くないし。地味だし。あんまり面白くないし」


 言いながら、雲梯さんが俯いていく。


 さっきから混乱させっぱなしな上に、こんな顔までさせてしまった。

 最低だ。


 でも、これだけは譲れない。


「雲梯さんは可愛いよ。それに、僕が知ってる中で一番優しい。目立つ方じゃないかもしれないけど、人混みでも僕は真っ先に雲梯さんを見つけられる自信あるよ。それに雲梯さんの声ってすごく綺麗だから話しててすごく、なんだろう。嬉しい?」


「ストップ!ストップ春田くん!もういいよ!ちょっと色々暴走してるよ!?」


 雲梯さんがぱたぱたと手を振って止めてくる。言いすぎたかもしれない。面と向かってこんなことを言ったこともないので、失礼だっただろうか。


 でも言われてみればなぜだろう、さっきから言葉を止める栓がない。


 もしかして、惚れ薬のせい?

 いやでも考えてることは変わってないし、元から僕は思ったことは口に出すタイプだ。今まではあまり雲梯さんへの好意は意識的に出してなかったけれど。


 夏のせい?


「うん、大丈夫。惚れ薬のせいかも知れないけど、ちょっと雲梯さんと二人きりで緊張してたのかもしれない」


「そ、そう?いつも教室でも喋ってるけど……。大丈夫なら良かった。でもその、大丈夫なんだろうけど、大丈夫?」


 真っ赤な顔の雲梯さんはとことん優しい。


「雲梯さんって、底無しに優しいよね。尊敬する」


「え、どうしたのいきなり。ううん、今日はいきなりでもない、かな?」


「はー、なんか、すごい好き。やばい。かわいい」


「春田くん!?ほんとに大丈夫!?」


 一周回って自分でも何を考えてるのかよく分からなくなってきた。

 今はただ、目の前の雲梯さんが可愛い。確かに彼女はあまり目立つ方ではないが、でも、可愛いものは可愛いのだ。輝いているのだ。


「春田くん、大丈夫じゃなさそうだから、今日はもう帰ろ?ね?私もちょっと、よく分かんなくなってきちゃった」




 結局、雲梯さんは校門を出て別れるまで終始心配してくれていた。

 その優しさに触れるたび、どんどん好きになっていく。


 なんだかよく分からないことを色々口走った気もするが、雲梯さんとたくさん話せて良かった。

 迷惑千万な惚れ薬にも感謝かもしれない。芽亜里には説教だけれど。



 あー、雲梯さん、好きだ。

 明日の学校も楽しみである。

彪太レポート:味は微妙。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ