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10/10

三日目午前、水族館前にて。

10話です。

「着いたぞー!」

「おー」


 駅から20分ほど揺られたバスを降りた途端、高橋が叫ぶ。久しぶりに公共交通機関に乗ったからか、少し疲れた。開放感は分かる。叫ぶのは分からない。

 休日ということもあって少し混んだ車内では、のんびり話すことも難しければ皆で並んで座るということもできなかった。

 僕と高橋が吊革に捕まり、女子二人は座席に。


 周りを気遣ってこしょこしょ話をする二人は妖精か何かのような可憐さだった。

 途中から体幹トレーニングと称して棒立ちしてた男子たちとはえらい違いである。そして多分、それはトレーニングではない。



 水族館前の停留所では僕らと同じ目的で降車する人も多かった。目の前に聳える大きな建物は、わらわらと歩く人波をどんどん吸い込んでいく。

 入り口前の噴水広場には何かのイベントでもやっているのか仮設テントが設置され、子ども連れが群がっていた。


「何かやってるみたいだ。先に調べてくればよかったな」


 結局、昨夜は前野さんの助言を受けて下調べはロクにしていない。


「隣のアウトレットモールのキャンペーンをしてる。券かレシートで、どっちか割引」


 僕と違って準備していたらしいのは奥山さん。頼もしい限りだ。ちょっとした縁日みたいな催しもしているようで、子どもたちには風船が配られている。


「なら、折角だし後でモールも行こっか。いいかな?」

「無論構わん!」

「うん、大丈夫だよ」

「ん」

「よし、決まりだ。高橋は風船貰ってこなくて大丈夫か?」

「貰えるのか!?」

「あはは……小学生までって、書いてるみたいだね」


 ガッカリと肩を落とす高橋。お祭りの時でもお面に水風船に吹き戻しにエトセトラに、フル装備を貫く男だ。楽しい方がいいのは間違いがない。

 落ち込む高橋の背中を、ポンポンと奥山さんが慰めていた。なんだ、何もしなくても良い感じじゃないか。


 僕も負けてられないな。


「大人数で列固まってもなんだし、僕がチケット並んでくるよ。呼べる位置で待っててくれる?」

「うん、一人で大丈夫?」

「任せたひゅーた!」

「よろしく」

「大丈夫、任せて」


 学割があるので学生証が必要なため、まとめて買ってくる、までの気遣いは出来ない中途半端さ。

 でも、風船は貰えなくても何かしらの催しはあるし、高橋たちをフリーにすべきという判断は間違ってないだろう。


 呼べば聞こえる位置に三人を置いて、長蛇の受付へ。



 うまくいきますように、と願いを込めて三人に視線を送ると、目が合った雲梯さんがなぜか二人から離れてトトトと僕の方に駆け寄って来た。サンダルだからいつもより歩幅が短い、癒される。


「あれ、どうしたの?」

「え?二人きりにしよう、って合図かなって思ったんだけど……もしかして、違った?」


 コテンと首を傾げる雲梯さん。

 その仕草がナチュラルに可愛くて、違うんだけど、肯定したくなる。

 考えたらその方が目的にも合致している。


「そこまで考えてはなかったかな。でも、上手くいきそうだしその方がいいかも。流石雲梯さん」


 早とちりに気付いて、雲梯さんが少し頬を染める。

 それに僕としては、二人が二人きりになるのはもちろん、もう二人が二人になるのも大歓迎だ。


 二人で列に並んで、進み具合からして少なくとも5分はかかるだろうか。話し相手になってくれるのは正直助かる。

 しかし、ということは、だ。


「ところで雲梯さん」

「うん、なにかな?」

「あの二人を二人にするってことは、僕らも二人になるわけだけど、大丈夫?」


 雲梯さんがありありと目を見開く。

 一人一人で別行動をするのもおかしな話。つまり僕は精一杯のアピールタイムにしていいんだろうか、という問いだ。


「もし迷惑なら、あまり気にならないように普通にするけど」


 奥手な彼女には、押し付けがましい好意なんて迷惑千万だろう。勿論、下心がある、という事実はどうにもならない。どんな行為にも裏が透けるし、不快に思われるかもしれない。それでも嫌だと言われればそこまで、これまで通りただのクラスメイトととして振る舞える自信はある。二人きりにならず、高橋に絡んでグループとして奥山さんを助けるような方法もある、と思う。


「えっと……その……っ」


 ずっと目を合わせていた雲梯さんがすいっと視線を逸らす。居辛そうに身を捩る様は、暴力的に女の子らしい格好と相まってとてつもない破壊力だ。

 平常通りに、というのはやっぱり無理かもしれない。


「……あのね、色々考えたんだけど」


 やがて言葉がまとまりつつあるのか、雲梯さんが少しずつ透き通った声を紡ぐ。


「私も、分からないの。あの、春田くんのことは嫌いじゃないよ?ほんとに。でも事情も事情だから、その」


 確かに惚れ薬だとかややこしい問題を持ち出したのも僕で、雲梯さんも巻き込まれた(というか僕が巻き込んだ)立場である。

 だからこそ、惚れ薬にしても、まして当然惚れた腫れたにしても、こればっかりは雲梯さんが気を使うのは間違いだ。迷惑なら迷惑と一方的に拒絶する権利が彼女にはある。


「嬉しいけど、付き合うとかではないから……。どうすればいいのか分からないから、その……あれ?何て言えばいいんだっけ」


 雲梯さんが力なく笑う。自分自身を励ますような、僕に助けを求めるような、弱い笑みだった。

 そんな顔をさせたい訳ではないのだから、片想いというのは難しい。


「いやいや!そりゃ友達からこんなこと言われたら困って当然だって!迷惑なのは承知千万!一回ばっさりフってくれてもいいし、今日は奥山さん優先だから!」

「あ、違うの、今すぐダメってわけじゃなくて!その……私もどうしたいか分かるまで、待ってもらえますか?ごめんね」

「もちろん!さしあたって今みたいに二人になるのは大丈夫?気まずかったら、僕は高橋付きのサポートに徹する所存」

「ううん、二人になるのは大丈夫。雲雀ちゃんはちゃんと応援したいから。でも、その……」


 彼女が少し言葉を詰まらせる。

 こういう時は、きっと雲梯さんからは言い辛い何かがある時だ。

 そして困らせているのは僕なので、思い当たる節はいくつかある。


「あんまり意識しないように、だよね」

「う、うん。普通に、普通にお願いします」

「了解!よろしくお願いします!」


 過度な褒め言葉や、意識させる言動はしないように。普通に友達にするような態度を崩さないように。

 正直出来るか不安だ。あまりにも今日の彼女が可愛すぎる。


「ただ、流石に好きな人を意識しないのは難しいので、もし僕がうまくできてなかったらその時はごめん!あ、こういうのもだよね、ごめん!!」

「ううん、私こそはっきりしなくてごめんね。……そうだ、春田くんと一番仲の良い女の子の友達って、やっぱり芽亜里ちゃん?」

「仲のいい……仲のいい?芽亜里か……まぁ、芽亜里になるの、かな……?」

「あ、そこ疑問系になるんだ」

「仲良しこよしって言うより、腐れ縁だからなぁ。でもなんで芽亜里?」

「あの、もしだったら私のことは芽亜里ちゃんみたいに普通の女友達だと思えばどうかな、って」


 なるほど。

 あくまでそこにいるのは雲梯さんだけど、芽亜里みたいに、か。

 確かに雲梯さんを雲梯さんとして意識すると、どうしても見栄(・・)を張ってしまう。芽亜里なら前野さんや奥山さんより気軽に接する身内で、異性を感じさせず色恋の「い」の字もない存在という要素も大きい。

 普段芽亜里を扱うように、というのも簡単だと思う。

 間違いなく僕と奴の間には色っぽいやり取りなんか存在しない。流石雲梯さん、僕では到底気付かないことを考える思慮深さだ。


「芽亜里みたいにか。よし、それでいってみるか」

「う、うん。試しにね。お願いします」


 雲梯さんがペコリと頭を下げる。芽亜里はそんなことしないので、少しずつ違和感はあるが、大丈夫だろう。


 芽亜里対策の基本は、まず芽亜里の機嫌を損ねないようにすること。

 ことあるごとに注意を逸らして変な話題に深入りさせないようにすること。

 そして何より、適度に放っておくこと。


 つまり、子どもをあしらうに等しいのだ、芽亜里への態度というのは。いざ実践。





 チケットを買っていざ入ろうとする前に、皆に声をかけて噴水前で記念写真を撮ることにした。大きな建物がバックに映る、人気スポットでもある。

 そして写真を撮る行為自体、芽亜里といる時に頻繁に行うルーチンだ。記念というより観察記録の意味合いが強いけど。


「自撮りだと四人じゃ難しいな」

「引っ付けば問題ないだろ!」


 意外にこういったことが上手いのが高橋だ。奴も僕同様、芽亜里の相手で慣れている。

 構えたスマホを高橋に渡し、カメラマン交代。


「ほら、女子は中入れ!」


 高橋が大きな半円アーチを描くように腕を伸ばす。

 手足が長いので、身一つでも遠ざけると僕より大きな画角を作れる。羨ましい。


「じゃあ二人とも、詰めて詰めて」


 少し強引でも、戸惑う二人の肩を押し込む。あまり記念撮影とかしなそうな女子組だ。


 奥山さんは高橋の横にポジショニングしてるので、距離を詰めさせる作戦だ。となると必然、高橋とは反対端に来る僕の隣は雲梯さん。


 意識しないように。芽亜里みたいに。


「じゃ、眩しいし高橋きっちり頼んだ」

「おう!」


 芽亜里は自分が写ることを嫌う。というより、第三者でいたがる。

 僕と高橋が被験者になった記録写真も、必ず芽亜里を置く。絶対置く。僕らが妙ちきりんな姿になってる横に、一人だけ真っ当な姿の芽亜里を置く。旅は道連れ、ではないが。自分だけ蚊帳の外にさせてたまるか。


 だから動物を抑えるみたいに、両肩を掴む。


「っ!春田くん!?」

「ほら笑って笑って。高橋の数学のテストの点は?せ〜のっ」

「2〜!誰が2点だ!12点だ!」

「……っ変わんない」


 お、奥山さんの笑顔。レアショットだ。

 きっちり自分で突っ込んだ後の差分も適当に撮影する高橋。より自然な笑顔が写っていることだろう。散々仕込まれたからな、僕も高橋も。


「春田くん、あのっ」


 撮り終わったら雲梯さんから、あせあせとしたご意見が入った。


「い、今のって、いつも芽亜里ちゃんにしてるの?」

「お!確かに白鷺捕獲の時のポーズだ」


 僕のスマホの写真を見てた高橋が口を挟む。


「……どれどれ?」


 奥山さんも覗き込み、目を丸くした。


「アイツこうしねーと写真逃げんだよなー」

「……ぅ」


 僕が答える前に、高橋から証言が入る。

 ちなみにこれをすると芽亜里は露骨に嫌な顔をする。僕らはそれで笑顔になる。


「もしかしてマズかった?」

「う、ううん。びっくりしただけだから。そっか、芽亜里ちゃんだもんね、そっか!」

彪太レポート:奥山さんはしっかり高橋の懐に収まってパシャリ。サポートいる?

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