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朝、教室にて。

1話です。

 朝の教室の静かな時間から、人が増えて徐々に賑やかになっていくのが好きだった。




 ジジジジジジジジジジジジジジジジ!!!!!


「いや元気だな!蝉!夏始まったな!」



 思わず声も出る。

 今日は気温が真夏日に近付き、今年一番目のアブラゼミが校舎の壁でがなり立て始めていた。


 静かな時間から課題でもやっていようと登校して一息吐けば、これだ。雨の多い6月を終えて土から出て来た夏の風物詩。勉強に励むにあたり、うるさくないとは言えない声量である。

 しかし高気圧に消し飛ばされた梅雨前線の後釜の夏は、この喧騒が呼び込んでくれている気もする。そう思えば騒音が耳に障りつつも、弾ける季節の訪れを感じられて高揚する気持ちが湧いてきた。



今日も良い朝だ。



「惚れ薬が出来たぞ」


 面倒な課題から目を逸らしてかんかん照りの下の蝉たちに思いを馳せていると、気付けば机の横に立つ少女が一人。人が少ない朝の教室に、いつの間にかそこにいた白衣の少女が手を伸ばしている。その小さな手には茶色の小瓶が握られていた。



 白い手の差出人は学校の理科室を条件付きで出禁になったマッドサイエンティスト、自称錬金術師の白鷺(しらさぎ)芽亜里(めあり)だ。



 如何わしい言動だと感じさせない、背筋をピンと伸ばした堂々たる仁王立ち。彼女はさも自信作であると言わんばかりにその小瓶を僕に押し付けてきている。

 発明品とは名ばかりのよく分からない試作品の最初の被害者になるのは、決まって幼馴染の僕の役割だ。


「芽亜里、おはよう。惚れ薬?」


 聞き返すと彼女はうむと頷いた。体の動きに合わせ、乱雑にまとめた髪と纏う白衣がパサリと、小瓶の中身がチャプンと揺れる。かけた眼鏡も怪しげに光った、気がした。


「いいか、これを飲ませるとな、一週間だけ恋をさせられる。薬を飲んで最初に目に入った人間に、問答無用にだ」


「すごいな、漫画みたいだ。それってこないだ理科室で煙出してたやつ?」


「それはまた別物。これは知り合いの魔女に頼んで、特別に出来たサンプルだ。いいか、彪太(ひゅうた)。いつも通りこれは彪太に預ける。是非有意義に使ってくれ」


 昔から突拍子もなく、人の都合などお構いなしに決定事項だけを伝える幼馴染である。嘘八百も得意な彼女の言葉はどこまでホントか分からないが、作る物だけは確かに何かしらの効果はあるものだから人に迷惑をかけられちゃ幼馴染としてたまらない。


 腐れ縁の貧乏くじだと、回された鉢を誰にも渡せずに持ち続けていること10余年。僕はこの幼馴染の突拍子もない行動に驚くのをやめていた。芽亜里の行動は自然災害に等しいのだ。


 なので今回も惚れ薬なんてどう使おうかと、思考を停止してで状況を受け入れてしまっている。考えても無駄な幼馴染に毒され(文字通り毒を飲まされたこともある)、深く物を考えなくなったのは僕の悪い癖だとは自覚している。


 朝の内に課題を広げようかと思った机の上には、予備もあるらしい、二本の小瓶が置かれた。


「気をつけて欲しい、期限は一週間だけ(・・)だ。シンデレラと一緒で一週間すれば魔法は切れるから、上手く先まで持っていくんだ。では、レポートも頼んだぞ」


 当然レポートとは課題のことではない。惚れ薬の使用感についてである。

 レポートをそれなりに書き上げれば芽亜里は得意な理数系のノートをまとめてくれる。毎回巻き込まれる報酬としては、これが中々魅力的なギブアンドテイク。


「やってみるよ。危なくはないの?」


「少なくとも横恋慕に使えるような物ではないな。恋する程度は人それぞれだ。しかしくれぐれも気を付けて使っておくれ」


 さて惚れ薬なんかどうしたものか。使うとなれば、まぁ、そういう(・・・・)使い道しかないわけだ。

 やっと状況を理解し始めた頭を働かせながら、白衣をはためかせて颯爽と教室を後にする芽亜里の小さな背を見送った。


 相変わらず神出鬼没なやつだ。



晴田(はるた)っち、今のって……」


「うん、毎度お騒がせして申し訳ない」


 たまたま話を聞いていた前の席の前野(まえの)さんが、机の上の小瓶を見つめている。


「芽亜里のやつ、今謹慎中のくせに。キツく言っとくから、内緒にしてくれる?」


「クラスメイトが理科室の報知器ぶっ壊して自宅謹慎してるのもびっくりだけどそっちじゃないんだわ」


「ああ、惚れ薬(これ)?気にしないで……って言っても無理か。使いたい?」


 前野さんがブンブンと首を振る。横に。

 恋多き年頃の女子には、惚れ薬なんて格好の獲物だろうに。青春を過ごす吹奏楽部の乙女はしかし、先日理科室を塩と灰に染め上げたマッドサイエンティストの薬は使いたくないらしい。


「しかし、参った。どうしよう」


「捨てたら?」


「それはできないんだよ」


 使わない選択肢はない。託された物を突き返せば、処分してしまえばどうなるか、幾度となく身をもって知っている。



 話自体は簡単なのだ。

 要は惚れている女子に、あの手この手で飲ませればいい。



 しかし僕はそんな簡単なことも出来ないほど不器用であると自覚している。

 策を弄するような、頭を使うのが苦手なのだ。



「おはようございます。……どうしたの、二人とも?」


 前野さんと小瓶、二人と二瓶で睨めっこしていると、またしても現れた人物に気付けなかった。失態だ。



 透き通った、耳に馴染む素朴な声。



「つゆおはよー。さっきメアリーちゃん来てて、置き土産だとよ。課題やった?」


 前野さんに先を越されてしまった。


「現国の?終わってるけど、見せないからね」


 登校した彼女が近付くと、青いスクール鞄につけたキーホルダーがチャラリと音を鳴らす。

 今日はその音に気付けないほど蝉の声が煩かったようだ。


雲梯(うなて)さん、おはよう。ちょうど良かった。放課後時間ある?」


「放課後?うん、今日は図書委員もないから大丈夫だけど」


「やった!ホームルームの後、ちょっと付き合ってくれる?」


「うん、いいけど」



 朝の時間が好きな理由はもう一つある。彼女は8時より少し早い時間に登校してくるのだ。


 隣の席の雲梯露葉(つゆは)さん。

 藍を宿す濡羽色の髪を伸ばした彼女こそ、何を隠そう僕が密かに想う人である。



「そんなことより春田っち、現国やろうぜ」


「言っとくけど僕も終わってないからね」


「うっそマジ?一限間に合うかな……」


「あはは……二人とも、頑張ってね」


 芽亜里の惚れ薬のことは頭と荷物の片隅に一旦置いて。


 蝉の声が耳に気にならなくなる優しい声援を糧に、前野さんと二人で朝の時間を有意義に費やすのだった。

対戦宜しくお願いします。

息抜きの息抜きなのでたぶん短いです。

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