3-7 事の顛末。その始まり
ぴちゃんぴちゃん……
「ぎゃう~……」
水の滴る音が響き、それに合わせて囚人服を着たじゃしんが気を落としたように鳴いている。それをチラリと見たレイは一言も声をかけることなく視線を下に落とす。
「はぁ……」
ため息を溢すレイはじゃしんと同じ黒と白の縞模様の服が見える。そして少し手を伸ばした先には銀色に輝く鉄格子の姿が見えた。
「あか……ないよねぇ」
ガシャンガシャンと目の前にある鉄格子を揺すっても、意味のない音を鳴らすだけでいっこうに開く気配は見えない。その事実にレイはもう一度大きくため息を溢す。
「もうなんでこうなるのさ~~~!」
大声で叫ぶものの、嫌に静かな空間に声が響くだけで状況が変わる様子はない。そもそもどうしてこうなったのか。それを語るには彼女が【ゴールドラッシュ】の街に辿り着いた所まで遡る必要があった――。
◇◆◇◆◇◆
「ようこそ!欲望の渦巻く街、【ゴールドラッシュ】へ!」
飛行船から降りたレイ達に1番に声をかけたのはバニー服を着た女性NPCだった。
そのままレイ達の首にハワイアンレイを首にかけると、次のプレイヤーに話しかけていく。
「NPCとはいえすごい格好だね……」
「ここには沢山いる。むしろ普通」
露出が多くかなり際どい恰好をしたNPCを前に、少し理解ができないレイが目を細めながら言うと、ウサは至極当然と言った口調で答える。
「そう言われてみると確かに……」
ウサの言葉にレイが辺りを見渡すと、そこにはカラフルな光を放つ大小様々な建物が連なっており、その様はまさしくカジノの都ラスベガスのようであった。
また、そこにいるNPCもウサの言葉の通り派手なドレスやスーツを着た人間が大多数を占めており、鎧やローブなどを着ているプレイヤーに方が浮いている。
・俺も行きたい
・楽しそう
・レイちゃんの装備はドレスっぽいから意外と違和感ないね
・でもスタイルは大違い……
「おうこら誰だ今私と比べた奴。名前覚えておくからな……それで、これからどこへ行くの?」
失礼なことを言うコメント欄を睨みつけて黙らせると、レイはウサの方に向き直る。
「少し準備がいる。だから一度、別行動したい」
「あーそうなんだ。了解了解、じゃあ適当に過ごしておくよ」
・ちょっと待って、どういうこと?
・これから何が始まるんです?
・説明ほしいっす
レイとウサの中だけで完結している話に対し、置いてけぼりになっていた視聴者がたまらず声を上げる。
「そっか、説明してなかったね。みんなはさ、【Gothic Rabbit】のクランハウスでぱうんどさんが言ってた言葉、覚えてる?」
・パウンドさん?って誰だっけ?
・あのメイド服着てた人じゃない?
・いや皆着てただろ
・あっ、ワールドクエストの情報があるって!
その問いかけに対して視聴者から正解の解答が出ると、レイはにやりと笑って説明を続ける。
「ご名答。これからワールドクエストの情報とやらを教えてもらおうと思ってね」
「と言ってもまだ可能性の話。確定ではない」
レイの言葉にウサが保険を掛けるように言葉を付け足す。
しかしたとえ可能性であってもワールドクエストの情報というのは価値が高く、それゆえ視聴者から心配する声も上がった。
・配信していいの?
・また変なの突っかかってくるよ
・大丈夫?面倒なことにならない?
「あぁそれについては別に。そもそも情報を独占するつもりなんてないんだよね」
それらの声に特に気にしていない様子を出しながら、レイは自分の思いの丈を述べ始める。
「まぁ今までは偶然私だけクリアしてるけどさ、もっと競い合ったほうが楽しいと思うんだよね。まぁだからと言って懇切丁寧に全部教えるわけじゃないけど……要は追い付けるものなら追いついてみなって感じ?」
・なるほど
・かっけぇ……
・その上で先を行くんですね分かります
レイ自身も上手く纏められていない感情だったが、視聴者には伝わったようで納得するような声がちらほらと増え始めた。
「ま、そういうこと。私は何時でも相手になるし、スタンスを変えることは基本的にないよ」
それを見たレイは満足げに頷いてそう言い切ると、改めてウサの方に向き直り声をかける。
「それでウサ、どれくらいかかりそうなの?」
「そこまでの予定。ゲーム内で1時間ほど」
「オッケーじゃあ――」
これからどうしようかとそう言う前に、今まで辺りをきょろきょろして様々なものに目移りしていたじゃしんがレイの肩に飛び乗ってきた。
「ぎゃう!ぎゃう!」
「あー、じゃしんがあそこ行きたいみたいだから行ってくるね。集合場所はここでいい?」
「ん。じゃあ1時間後」
じゃしんが『もう我慢できねぇ!』と言わんばかりに目の前にあるカジノと思しき大きな建物を指さしており、その様子を苦笑しながら見たレイは申し訳なさそうにウサに声をかける。
それを聞いたウサは特に気にした様子もなく頷くと、この後の準備のためか別方向へと歩き出した。
「ぎゃう!」
「あーもう分かってるって!そんなに急がなくても逃げないよ!」
ぐいぐいとレイの腕を引っ張るじゃしんに連れられながらレイはカジノの入口へと向かう。
その扉の前にはカジノのディーラーのような恰好をした女性が立っており、中に入ろうとするプレイヤーに声をかけていた。
「カジノ【ゴールデンマイン】へようこそ!こちらのご利用は初めてでしょうか?」
「あ、そうです」
「分かりました!では簡単にご説明させていただきますね!」
レイ達が中に入場しようとした際も当然のように声をかけられる。その話を聞くにどうやら説明用のNPCだったため、レイはおとなしく足を止めて話を聞く。
「【ゴールデンマイン】では様々なギャンブルをお楽しみいただくことが出来ます!ポーカー、スロット、ルーレットなどなど……多種多様のゲームがありますのでお好きなゲームでお楽しみくださいね!」
「へー、色々あるんだね」
・すごい
・ヤバい、やりた過ぎて手が震えてきた…
・それは病院行きな?
レイは種類が豊富なことに感心するような声を出すと、そのまま続きを促す。
「ゲームを始めるにはコインと呼ばれるアイテムが必要となります。こちらはお客様のポケットマネーから自動で変換されますので、面倒な換金作業はしなくても大丈夫ですよ!それと、たとえ持ち金がなくなったとしても借金という形でコインを借りることが可能です!ただしご利用は計画的にお願いしますね?」
・借金…
・レイちゃんダメだよ?
・破滅しそう…
「いやしないから!私意外と堅実なんだって!」
借金という単語に視聴者から警告のコメントが来たが、それに対してレイは心外だと言わんばかりに声を荒らげる。そんな様子に少し驚きながらも、女性NPCは説明を続けた。
「そして最後に、本施設内は不正防止のためスキルの使用が不可となっております!また、施設内の乱闘行為などは処罰の対象になりますのでくれぐれも起こさないようにして下さいね。ここまでで何か質問はありますか?」
「ううん、大丈夫かな」
少し考えこんだレイだったが、特に思いつかなかったのでその旨を伝える。すると対面の女性NPCが笑顔で扉を開いた。
「ではいってらっしゃいませ!楽しんで!」
「ぎゃう!」
「あ、ちょっと待って!」
女性NPCの声援に応えるようにじゃしんは元気よく鳴くと、扉の奥へと飛び込んでいき、それに続く形でレイはその後を追う。
――後にレイはこう語る。ここに来るんじゃなかった、と。そして、もっとしっかり言い聞かせるべきだったとも。
[TOPIC]
AREA【ゴールドラッシュ】
別名『欲望の渦巻く街』。
その町並みはまるでラスベガスのようで、昼夜問わずきらびやかなネオンが眩しいくらい輝き、キーロとは違う意味で眠らない街とも言えた。
町の中心部にあるカジノ『ゴールデンマイン』は数多くのギャンブルを行うことができ、数多くのプレイヤーをその沼へと追いやっている。




