3-6 空の旅路
「ここが【ヘルメー山脈】かぁ」
金色ポータルを抜けた先、そして【ポータルステーション】から外に出たその先で、目の前に広がる景色を見あげながらレイは感動したように呟く。そこには見上げるほどの巨大な山々が雲をも突き抜けながら悠然と佇んでいた。
「なんかこう……壮大だね」
「ぎゃう~」
・分かる
・綺麗
・すごいよね
その圧倒的な迫力を前にレイは上手いこと言葉が出てこない。隣ではじゃしんもその景色を見ながらぽかんと口を開けており、しばらくその景色を眺めていると後ろにいたウサが声をかけてくる。
「【ヘルメー山脈】は『ToY』で最も広いフィールド。そうなるのも分かる」
「あ、そうなんだ。まぁ納得できる――って、まさか次の街に向かうにはこれを越える必要が……?」
「ぎゃう!?」
納得して頷いていたレイはふとある可能性を思いついてぽつりと呟く。それを聞いたじゃしんがうへぇと嫌そうに舌を出していたが、ウサは首を振りながらそれを否定した。
「大丈夫。あれを見て」
「あれ?」
ウサが指をさした方向は何と空だった。初めは特に何も見えなかったものの、だんだんとそれは大きくなり、やがてレイの視界にも映るようになる。
「うわっ、飛行船だ!」
・かっこいい!
・ロマンだよなあれ
・これぞファンタジー
そこにはまるで風船のように丸みを帯びたボディに小さな尾翼とプロペラをいくつかくっつけた空飛ぶ船だった。それを理解したレイは子供のようにはしゃぎながら興奮気味に叫ぶ。
「もしかしてあれに乗れるの!?」
「そう」
「マジ!?うわ~、すごい楽しみ!」
ゆっくりと近づいてくる飛行船を前にしてレイは興奮冷めやらぬ様子で目を輝かせる。そうしてズゥン……と重低音を響かせながら着地すると、中からぞろぞろとプレイヤーが下りてくる。
・ん?なんか顔死んでいる人多くない?
・確かに……
・でもあっちの人はそうでもないよ?
そのプレイヤー達の様子に視聴者から疑問の声が上がる。
「あー、この先の街はそういう場所だから。そんなことより!早く行こ!」
「ん」
それにレイが少し言葉を濁しながら返答すると、ウサに声をかけて飛行船へと駆けていく。
「これが飛行船の中……!」
・おぉ
・思ったより殺風景じゃね?
・言いたいことは分かる
簡易的にできた階段を駆け上がると思いの外簡単に中に入ることが出来る。
ただ、その中は体育館ほどの広さにいくつか窓が備え付けられているだけであり、椅子の一つすらない簡素なつくりとなっていた。
「ま、まぁ中はメインじゃなくて飛ぶことがメインだから!」
若干がっかりしながらもレイは良く分からないフォローを入れる。そのうちにも続々と他プレイヤーが入ってきており、レイ達はその邪魔にならないように窓際へと移動した。
『まもなく離陸いたします。衝撃に備えてください』
「お、くる!?」
「ぎゃう!?」
しばらくしてアナウンスが聞こえるとレイとじゃしんはワクワクが抑えきれない表情をしながら窓をのぞき込む。そしてその数秒後にズシンと全体が一度大きく揺れると、窓からの景色がみるみる高くなっていった。
「うわー!すごい!」
「ぎゃうー!」
「可愛い」
・可愛い
・可愛い
・可愛い
その光景に大喜びしながら窓の外を食い入るように見つめるレイとじゃしんの様子にウサと視聴者の気持ちが一つになる。その間にも飛行船はぐんぐんとぐんぐんと高度を上げていき、すぐさま雲の付近へとたどり着いた。
「ウサ、ありがとね」
「ん?」
少しして外を眺めていたレイがウサの方向を振り返るとあらためて感謝の言葉を口にする。
「そんな大したことはしていない」
「あぁこれじゃなくて。いやこれもそうだけど、さっきのポータルステーションでのこと」
「あぁ」
言葉の意味を理解したウサにレイは照れたようにはにかむと言葉を続ける。
「ウサみたいに味方になってくれる人もいるって分かって嬉しかったよ」
「それこそ大したことない」
レイの言葉にもう一度否定するように首を振ると、レイの目を見ながら何でもない事のようにウサは言った。
「私は約束を守っただけ」
「約束?」
「そう。何があっても守る」
ウサが自信満々にむふ~と息を吐きながら言った様子に一瞬だけきょとんとしたレイだったが、意味を理解するとお腹を抱えて笑い出した。
「はははっ!そっか、じゃあこれからもよろしくね」
「ん」
レイが笑いながらも右手を差し出す。それをウサが取ろうとした――まさにその時、なぜかレイの顔面に勢いよくじゃしんが張り付いた。
「うわっぷ!?」
「ぎゃう!ぎゃう!」
・じゃしんくんさぁ……
・折角のてぇてぇを……
・許すまじ
あまりにも急な出来事に視聴者からはじゃしんに対してヘイトが向き、レイも驚きながら顔からじゃしんを引き剥がす。
「なに?……あぁあれ?」
・なんだ?
・ドーム?
・にしては禍々しくない?
じゃしんが鳴きながら窓の外を指さしているためレイがその方向を見ると、そこには山に囲まれた中で唯一窪みともいえるような開けた場所に円状のドームのような建物があった。
その建物は真っ黒に塗り潰されており、また端々にあるとげのようなでっぱりが時折赤く光っており、その普通ではない様子に視聴者からも疑問の声が上がる。
「あぁ、あれは監獄だよ。次の街で悪さをするとあそこがリスポーン地点になるらしいよ」
「名前は【フォーゲルケーフィッヒ】」
一方でレイは心当たりがあったようで、コメントに対して説明を始め、それをウサが軽く補足する。
「そうそう【フォーゲルケーフィッヒ】。なんかほとんどの人が出られずに辞めていくんだって」
・まじ?
・らしいね
・ヤバくねそれ?
・入ったら終わりって事?
あくまでネットで調べた噂話を視聴者に教えると、視聴者から心配する声が上がる。しかし、レイにあまり気にしている様子は見られなかった。
「ま、大丈夫でしょ。悪いことしなければいいだけだし!それに、ウサもいるしね」
「任せて」
・本当かなぁ……
・う~ん不穏……
・なんかフラグが立った気が……
そう言って楽観的に笑うレイに頷くウサ。しかしそんな当人達の思いと異なり、視聴者はどうにも嫌な予感を感じているようだった。
[TOPIC]
WORD【飛行船】
【ポータルステーション】と【ゴールドラッシュ】の空を結ぶ乗り物。
片道五分で地点の行き来を可能にしており、その間魔物に襲われることはなく移動できる。
莫大な燃料とコストが要求されるため、現在は一か所でしかその存在は見られない。




