3-5 煩い羽虫の黙らせるたった一つの冴えたやり方
コンコンッ
・誰か来た
・おーいレイちゃん
・戻っておいで~
不意にドアをノックする音が聞こえ、ぶつぶつと自分の世界に入り込んでいるレイを視聴者が呼ぶと、ハッと我に返って顔を上げ、そのままドアの方を向く。
「危ない、闇に引き込まれるところだった……入ってきていいよー」
「大丈夫?」
レイの声にドアの隙間からひょこっと顔を出したのはウサだった。
「大丈夫大丈夫、ごめんね心配かけて」
「そう、よかった」
レイが近づいていくとウサはほっと胸を撫で下ろす。
表情からは分からないがどうやら心配していたようで、レイはそれを見て少し申し訳なく思った。
「それで、もう行く?」
「あぁうんそうだね」
・行く?
・どこ行くの?
ウサとのやり取りに疑問を投げかけた視聴者に対して、レイは人差し指を顎に当てながらうーんと悩むとそのまま口元に指をもっていく。
「内緒かな。行ってからのお楽しみってことで」
「内緒」
「ぎゃう」
・可愛い
・天国かここは
・待ち受けにしたい
レイと同じようにウサとじゃしんも口元で人差し指を立てると、視聴者から一斉に絶賛コメントが流れる。
それにどこか気恥ずかしくなったレイは照れたように笑いながら感謝の言葉を言う。
「あはは、ありがと……うん、じゃあ行こうか」
「了解」
ぱたぱたと手で顔を仰ぎながらウサに声をかけると、レイは足早にクランハウスを後にする。
そのままキーロの街の往来を歩くと、しばらくして以前とは違う、明らかな違和感に気付く。
「なんか、周りの人の視線が厳しい……?あれ、気のせい?」
レイがちらりと周りを見ると憎悪の込もった目で見つめられたり、目が合った瞬間さっと逸らされたりしている気がした。
・本当だ
・逸らされてるね
・何事?
「だよね?これってやっぱりアレ?」
「十中八九、『八傑同盟』のせい」
レイの半ば確信めいている疑問に、ウサが横から答える。それを聞いてレイはガックリと肩を落とした。
「やっぱしかぁ……意外ときついね、これ」
・敵意向けられるのはなぁ……
・レイちゃん悪いことしてなくない?
・それはそう
「セブンさんって大体こんな感じなのかな。それは光栄……いや、面倒が勝つな。これ余計な因縁付けられたりしない?」
「大丈夫。私が守るから」
想像するだけで辟易して顔を顰めるレイに、ウサは自信満々に、彼女の目を見つめながら至極真面目なトーンで言葉をかける。
「あ、ありがと」
・これはてぇてぇ
・イケメン!抱いて!
・やっぱウサレイ、なんだよなぁ……
その余りにもストレートな言葉に先ほど以上の照れを感じ、レイの口から咄嗟に感謝の言葉が出る。
視線を逸らすようにコメント欄をみても、顔が真っ赤のレイを茶化すコメントで溢れており、その流れを変えるようにレイは大声を出した。
「あーもううるさい!ほら、早く行くよ!」
「照れてる。可愛い」
「ぎゃうぎゃう」
一人で先に進むレイの後ろをウサとじゃしんはニヤニヤとした生暖かい目で見つめながら付いていく。周りの視線はとうの昔に気にならなくなっていた。
◇◆◇◆◇◆
「ハァ~、道中平和だと思ったらこれだよ……」
「ぎゃう~」
「おい何なんだその態度は!」
キーロの街を抜けたレイ達は次の街へと進むために【ポータルステーション】を訪れていた。
ちらちらと様子を窺う視線はいくつかあるものの、声をかけてくる事はなかったのでさっさと進もうとした……その時だった。
「で、なに? 別に暇じゃないんだけど?」
呆れたように肩をすくめたレイは目を細めながら面倒臭そうに問いかける。
その視線の先には豪華なゴテゴテの鎧を着たプレイヤーに、その傍にはそのパーティメンバーと思しき魔法使いや戦士の姿があった。
「チッ……お前アレだろ?確かレイとかいう運だけの女だろ?」
レイの態度に一瞬だけ顔を顰めた鎧の男だったが、すぐにニヤニヤとした気持ち悪い笑みを浮かべるとレイに向けて難癖をつけてくる。
「そもそもどこ行く気だ?ちゃんと『八傑同盟』の許可は取ったのか?」
「はぁ?」
・うわ……
・やっぱこういう輩も出てくるか
・テンプレの雑魚感やばw
意味不明な言いがかりにレイは思わず眉をひそめる。ただ、それと同時にまぁ出てくるだろうなとどこか諦めの気持ちもあった。
「なんでそんなことしなくちゃいけないの?」
「当たり前だろうが!存在しているだけで迷惑なんだよお前等は!」
・意味不明だろ
・なんだこいつ
・押し付けキモすぎる……
・コイツ配信されてるの知らんのか?
全く聞く耳を持たずにがなり立てる男にレイのイライラが増していく。コメント欄でも同じように男に対する罵倒がすごい勢いで流れていた。
「なぁ、お前等もそう思うだろーが!さっさとこのゲーム辞めちまえよ、なぁ!」
「やめろ!やめろ!」
そう周りに声をかけると、パーティメンバー達が手を叩きながらコールを始め、それに感化されたのか野次馬をしていた一部のプレイヤーも面白半分でそれに加わり始める。
・おい、いい加減にしろよ!
・全員通報してぇ
・悪質すぎる
・テメェらがやめろや!
あまりにも最低な行いにコメント欄もヒートアップし罵詈雑言の嵐が吹き荒れる。
レイもとっくに我慢の限界がきていたので、そろそろ黙らせようか――とした時、それよりも早く動いた人間がいた。
「やめろ!やめ――あぇ?」
笑いながら手を叩いていた鎧の男の胸に、突如として円状の空洞ができる。それを認識した時には既にポリゴンとなって消えていた。
「何だ!?」
「あいつよやったの!」
残されたパーティメンバーが指をさした方向には空中に【しゃーくん】を展開したウサの姿があった。
「えーと、ウサさん?」
「大丈夫、害虫を駆除してるだけ」
恐る恐るレイが尋ねると、ウサいつもの平坦な声で返す。しかし、それがかなり怒っているであろうことが容易に窺えた。
「私は私の好きを馬鹿にされるのが嫌い。ましてやしょうもない事しか出来ない奴なんて、百害あって一利なし。視界に入れておくのも耐えられない」
そう話しながら【しゃーくん】のスキル【ハイドロビーム】を発射させ、目の前の二人も先ほどと同じように一瞬でポリゴンに変える。
そのまま【しゃーくん】の姿をいったん消すと、新しい【しゃーくん】を呼び出し、面白半分でコールに乗ったプレイヤーをもポリゴンに変えていった。
「終わった。行こう」
「そ、そうだね」
そうして余すことなく駆除を終えると、くるりとレイに振り返って声をかける。
一瞬でその場を地獄絵図に変えたウサの姿に頼もしさを感じつつも、彼女だけは怒らせないようにしようとレイは強く誓った。
[TOPIC]
WEAPON【しゃーくん】
ウサの所有している装備の一つである自立行動人形。
見た目はサメのぬいぐるみだが、空中を遊泳することが可能。遠距離攻撃に特化している。
要求値:<技量>300over
変化値:-
効果①:協力NPCとして行動
効果②:SKILL【ハイドロビーム】
SKILL【ハイドロビーム】
使用したエネルギーによって効果の異なる光線を放つ。
CT:1ゲージ/60sec
効果①:1ゲージ消費⇒貫通力重視の高水圧の光線
効果②:2ゲージ消費⇒拡散力重視の広範囲の光線
効果③:3ゲージ消費⇒火力重視の必殺の光線




