2-44 死を孕む病の群れ⑧
「……まぁ厄介なのを処理してくれたから良しとするか」
大声を出したからか多少スッキリした表情を見せたレイ。だが、その視線は天を仰いでおり、未だ遠い目をしていた。
「お前はっ!お前等は一体何なんだッ!」
「ん?」
ニエンテは立ち上がると鬼の形相でレイを睨み付け、唾を飛ばしながら叫び出す。
「どうして俺の邪魔をする!?貴様等さえいなければ今頃ッ!!」
「今頃、何?」
ニエンテの叫びに反応したレイは冷めた目をしながら言葉を返す。
「さっきの見てなかったの?レドに全く効果なかったよ?あの調子じゃラッキーにも効いたとは思えないけど」
「そんなはずはない!私の研究は完璧だった!貴様らが邪魔をしたせいに決まっている!」
「じゃあ何でこんな状況になってるの?本当は気付いてるくせに目を逸らすのやめなよ。あなたのやっていたことは全部なーんの意味もない無駄なことだったんだよ」
「うるさい!黙れ黙れ黙れェ!」
レイの言葉にこれ以上ないほど取り乱したニエンテは懐から注射器を取り出すと自身の首元に当てて中の液体を押し流す。
「あーあ、そういうタイプだったか……」
「ぐぁぉぁぁァォォォ!!漲るゥ!迸ルぞォ!」
レイの呆れるような声とともにニエンテの姿が変貌していく。血管はドクンドクンとはち切れんばかりに脈動し、骨が砕けるような鈍い音がして骨格ごと変容していくと、ついに痩せ細った体が2メートルを超える巨漢へと生まれ変わった。
「ふはハハはッ!コレが力と言ウモノかッ!今なら何でも出来ル気がスルぞォ!」
「はぁ……」
急激に得た力にトリップするニエンテをレイは哀れみを込めた目で眺める。それに対してニエンテはギロリと睨み付けた。
「何だその目ハ!?何故貴様如きニ馬鹿にサレねばなラン!?」
「いやもう見るからに負けフラグしかしないんだよね……大丈夫?まだ脳味噌ちゃんと動いてる?」
「マタ馬鹿にしたなッ!俺の方が天才ナのにッ!お前だけは殺スッ!」
レイの挑発に目を真っ赤に充血させたニエンテはその丸太のような両腕を揺らしながらレイに肉薄する。
「ぎゃう!」
「じゃしん、とりあえずいいよ。そこで見てて」
その様子を見て心配そうに鳴いたじゃしんにレイは手で制しながら半身で戦闘態勢に入る。
そして目の前まで迫ったニエンテに対して冷ややかな目を崩さずに、その大振りの攻撃を難なく躱すとお返しと言わんばかりにその無防備な土手っ腹に弾丸を叩き込んだ。
「グァ!?貴様ァ……殺す殺す殺スゥ!」
「単調過ぎる。初心者とやってるみたいだ」
見た目通りタフなニエンテは攻撃に構わず突進を繰り返す。ただレイはそんな様子に全く心惹かれず、呆れたようにため息を溢した。
「対人戦なんてさ、他ゲーでやり尽くしてるんだよね。あんたみたいな脳筋パワータイプの闘い方なんてとっくの昔に対策済みなんだよ」
「ガァ!?!?」
大振りの攻撃に懐へ飛び込んだレイが右の太腿に向けて5発弾丸を打ち込むと、ニエンテは片膝をつく。その隙を逃さずにレイは顔面に向けて蹴りを叩き込んだ。
「ヒュー!ご主人やりますねェ!」
「いや、相手が弱いだけだよ。まだ【ビッグフット】の方が手応えあるかな。…ねぇ、コレでおしまい?他に隠し玉ないの?」
「殺ス殺ス殺スコロスコロスコロスッ!」
「ありゃダメみたいですねェ……」
「そっか、コレで打ち止めか。正直拍子抜けだな」
レイの問いかけに殺意以外の反応すら示さなくなったニエンテにイブルは哀れみの声をかけ、レイは憐憫の目と共にガッカリしたような、それでいて寂しそうな声を出す。
「じゃあ、終わらせようか」
「了解でさァ、お気を付けて」
「ウォォォァァアァァア!!!」
雄叫びを上げながら飛び込んだニエンテは両腕を振り回しながらレイに攻撃を続ける。だがその無造作な攻撃がレイを捉えることは無かった。
「さっきと同じ状況だけど。本当に知能を失ったんだね」
レイは先ほどと同じように懐へ潜り込むとまたも足に5発の弾丸を打ち込み片膝を突かせる。次は先ほどと異なり顔面に照準を合わせるとその両目に2発打ち込む。
「ガァァァァ!?!?」
「コレでしばらく見えないんじゃない?」
目を押さえながらのたうち回るニエンテから少し距離をとったレイは【Crescent M27】を構え直す。
「【黒月弾】」
レイが呟いたスキルはかつてラビーが使用して月喰龍を屠った一撃であり、【Crescent M27】の武器スキルの名でもあった。【星空の修道女】によってレイでも発動可能になったその弾はゆっくりと、そして真っ直ぐにニエンテへと向かっていく。
着弾。そして黒の暴力がその場に拡散する。
「ナァァァァ!?!?」
周囲の物を構わず引きずり込む程の圧倒的引力によって一瞬で取り込まれたニエンテは何とか這い出ようとその場でもがく。しかし目も見えず、バキバキと体中の骨が折られていく状況の中、彼に助かる手段はもう残されていない。
「ぐぁああああああ!!!嫌だ嫌ダ嫌ダ!私は天才ナンだ!選ばれシモのなンダ!こんな所デ朽ち果テルわケニは――」
ブラックホールの中から手を伸ばすニエンテを見ながら右手に持った銃をホルスターに仕舞う。
レイがくるりとじゃしんの方を振り返った時にはブラックホールは既に閉じており、ニエンテの姿はもう見えなくなっていた。
「対戦、ありがとうございました」
[<ワールドアナウンス>プレイヤーネーム:レイがワールドクエスト【死を孕む病の群れ】を初クリア致しました。※これは全プレイヤーに伝達されます]
[称号【聖獣の良き隣人】を獲得しました]
[ITEM【ハクシの教典】を入手しました]
[ITEM【DDD-448】を入手しました]
[ITEM【子の紋章】を入手しました]
[ACCESSORY【聖獣のお守り】を入手しました]
[レベルが上がりました。ステータスより確認して下さい]
レイの呟きと共に終わりを告げるファンファーレとアナウンスが鳴り響く。その立役者は人知れず小さくガッツポーズをした。
[Topic]
SKILL【黒月弾】
月の重力を凝縮した特殊弾。その黒点は全てを飲み込み無に帰す。
効果①:着弾点にブラックホールを発生させる
消費MP:100
・ブラックホールの仕様
⇒継続ダメージ(30dam/1sec)
⇒周囲の人、物問わず吸引する




